弐百捌拾(二百八十) | タイトルのないミステリー

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         三.

 

「美味しい?」

「うん、お母さんの作った物は何でも美味しい」

そう言うと母は満足そうに笑う。本当に美味しい、母の作った料理で不味いと思った物は何一つない。花音には好き嫌いはない。好き嫌いが言えるような贅沢な暮らしはしてこなかった。食べる物があるだけで十分なのだという事を知っている。だからと言うわけではない、母は本当に料理が上手だと思う。でも母は実家では殆ど料理をした事はなかったらしい。根っからのお嬢様育ちなのだ。母の実家は老舗の呉服問屋だ。花音も何度か一緒に母と訪れている。初めて行く時は少し緊張したがみんな優しかった。それでも家を引き継いでいるという母の弟のお嫁さんは少し苦手だ。何でもはっきりとモノを言う人で母とは真逆な性格だ。でも母とは一般に言う嫁と小姑のような感じではなく仲が良いようである。母は何を言われてもあまり感じていないようでキョトンとした感じだ。だから良いのかも知れない。そんな母が料理を出来るようになったのは前の前の結婚生活でお姑さんに仕込まれたからだと言う。でもその結婚は本当の結婚では無くて実際に結婚したのは前の旦那さんだけだと言う。なんだか複雑でよく分からないが父は全部承知の上で母と結婚したようだ。母は三度目の正直で今の幸せな生活を手に入れたという事だ。お陰で花音もこの家に貰われて今のような生活が出来ている。でも時々とても不思議な気になる。もうこの家に来て三年近くになると言うのにまだ仮想空間にいるような気がする時がある。

 花音は今日会った和の顔を思い出す。和は花音が和の妹だと聞いてもそんなに驚いていなかったかのように思う。予想していたというわけではなさそうだが妹がいるという事はどうやら知っていた感じだ。まさかそれが花音だとは思っていなかったであろう、驚いているとは言っていたがあまり態度には出ていなかった。もう少し吃驚してくれた方が面白かったのにと少し思った。でも和の反応は正直どうでも良い。自分が妹かも知れないという事をただ告げたかったのだ。何故告げたいと思ったのだろう、花音は和の事を姉だと思っているのか。そう自問自答してみてもよく分からない。お姉さんというのがどういう存在なのかピンと来ない。そう言えばあの子にも姉がいた。花音の脳裏に有田万智の顔が浮かぶ。あの子はいつも姉の自慢をしていた。万智の姉は勉強もスポーツも出来る上に顔立ちも際立った美人だったので小学生ながら目立つ存在だった。親もPTA会長だったから教師達も一目置いていた節もある。あんな姉なら自慢もするだろう、当の万智はお世辞にも綺麗と言える顔立ちではなかった。運動神経も鈍かったし勉強も後ろから数えた方が早いだろうという出来だった。二人で並んでいたらおよそ姉妹だとは誰も信じないくらいにあの姉妹は何もかもが似ていなかった。それが万智の唯一の、そして絶対的な悲劇だったのだ。

 万智のお陰で花音は自分よりずっと可哀想な子がいる事を知った。それまではあんな母親のところに生まれた花音は不幸だと思っていた。でも万智の事件の後、花音の方が断然ましだったのだと思った。そう思うと万智のお陰で花音は自分の人生を卑下しないで済んだような気がする。今の様な暮らしをするようになって花音は前より万智の事を思い出す回数が増えた。あの子は今頃どうしているのだろう。事件の後、施設に行ったという話を聞いた。きっと今もどこかの施設にいるような気がする。それでもきっとそれまでの暮らしよりはずっと良い暮らしをしている筈だと思う。花音がそうだったから。今までいた家と比べると施設はまるで天国のような気がした。何よりあの母がいないだけでも花音にとっては極楽のような気分だった。きっと万智もそうである筈だ。あんな家族のいないところの方がずっと良いと、そう思って暮らしているだろう。万智の両親は天罰が当たって死んだ。姉は生き残ったらしいが彼女もまた施設で暮らしているのだ。でも彼女にとっては施設の暮らしは決して天国ではないだろう。それまで何不自由なく我が儘に暮らしてきたのだから。

(やっぱり、罰が当たったんだ)

花音は心の中で納得したかのように頷いた。

「どうしたの?何か良い事でもあった?」

花音が無意識に笑ったのを見て母は尋ねる。

「あ、ちょっと前の小学校の友達の事を思い出していた」

「仲の良かった子なの?」

「うーん、そうでもないんだけど。途中でいなくなったから」

「いなくなったって?転校したの?」

「まあ、そんな感じ。でも面白い子だったんだ」

そう、嘘ばかり吐いていた可哀想な子。現実を知るとその姿は滑稽にさえ思える。

「そうなの。また会えると良いわね」

「うん、そうだね」

万智とはきっとまたどこかで会うようなそんな気がする。

「ねえ、お母さんって叔父さんと似ているって言われる?」

「晴治と?そうねえ、子供の頃は結構言われたかしら。でも大人になるとあんまり。やっぱり男と女って顔が変わっていくのでしょうね。どうして?」

「もしも私に兄弟とかいたら似ているのかなあってちょっと思ったの」

和と寧々は似ているのだろうかと思う。自分ではあまり似ているようには思わない。和はどう思っているのだろう。でも和とドラマに出てくる姉妹のように一緒にショッピングしたり出掛けたりという光景は浮かばない。今迄他人として暮らしてきたのだ。これからだって変わらないだろう。現に別々の生活をしている。それが重なる事など有りそうにない。結局は他人と同じだ。

「兄弟、欲しいの?」

「ううん、全然。今のままが良い。ただ自分の顔と似ている人がいるってどんな感じなのかなって思っただけ。だから双子とか凄いね。自分と同じ顔の人間がもう一人いるなんて。なんか想像出来ない、どんな感じなのかな」

「さあ、どうなのかしら。それはそれで楽しいのじゃない、きっと」

この母親ならどんな状況でも楽しみそうだと思った。だいたい怒っているところなど一度も見た事はない。父親もそうだ、母のする事なら何でも楽しそうに見ている。夫婦というのはこういう物なのだろうか。花音もいつか結婚するのだろうか、今はまだ想像する事も難しいが。

 

 

    

<弐百捌壱(二百八十一)へ続く>

 

 

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