弐百捌拾弐(二百八十二) | タイトルのないミステリー

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 その翌月、父が久し振りに家族で父の友人の紫園公洋の家に連れて行ってくれた。寧々の家だ。寧々は和の高校時代の友達である。花音は少し寧々に興味があった。花音は和の事を姉ではないかと思ってから和の様子が見たくてあの進学塾に通わせて貰った。明星の生徒達が利用しているあの駅前の進学塾に通っていればきっとまた和に会えると思った。その思惑通り、花音は和を何度も見掛けた。いつも声を掛けたりはしなかったが何度か話をした。でも話をする前にきっとこの人があの公園のおじさんの娘、つまりは花音の姉に当たる人なのだろうと感じた。何か根拠があるのかと尋ねられても答えられないのではあるが。和には特に親しい友人もいないようだった。自分から人と壁を作っているように見えた。何があったのだろう、子供の頃に親が離婚したという事が影響しているのだろうかとも思った。それなら花音の母親のせいである。でも二年生になってから寧々が明星に来て和は寧々とよく一緒にいるようになった。どうしてだろうと思った。それまで人との距離を置いていた和がどうして寧々とは近しくなったのだろう。何か共通点があるのだろうか。受けた印象では寧々の方が和に接近しているようだ。だから寧々に興味を持った。

 寧々の方も花音に興味があるようだった。寧々の部屋に行って話をした。寧々は和から花音が和の妹かも知れない話を聞いているようであった。親達がいないところの方が話し易いと思った。寧々もそう思ったのかすんなりと寧々の部屋へ行く事に同意した。花音は前の母親の話とかは今の両親にはあまり聞かれたくないと思った。

 寧々は前に母親と妹が死んだと言っていた。何故、死んだのかは聞いていない。きっと父は知っていると思うが何となく聞きそびれた。父がその事についてはあまり話したくないような素振りをしていたからだ。その様子にきっと普通の死に方ではないのだと思った。病死ならそんな感じではない筈だ。花音はそういう人達を何人か見てきている。

 寧々にその事を尋ねると事故だと言った。本当かどうか分からない、ただ、病死ではない事は確かだと思った。そして二人は同時に死んだのだと。花音は寧々に悲しかったのか尋ねた。寧々は勿論悲しかったと答えた。でも少し間があった。やっぱり何かあったのだと思った。それを答える時、寧々の周りの色が少し変化した。それ迄現れていなかった青い色が微かに浮遊したかのように見えた。今迄の経験上、青が現れた時の人は何かに動揺しているか嘘を吐いているかだ。寧々は母親と妹の死を悼んではいないのか。その反応に面白いと思った。きっとこれが和と寧々を結び付けた共通の何かなのだ。和と寧々の色は似ている、それが二人を共鳴させているのかも知れない。

 寧々と和には花音が人の色が見えると言う話を前にした。二人共半信半疑の様だった。普通はそうだ、いいや、そんな話頭から信じない人間の方が多い。でも今の母に一度だけ言った事がある。どうせ信じて貰えないと思っていたがそうでもなかった。母は「あら、そうなの」とまるで普通の会話をするように答えた。そして「それは素敵ね」と言った。そんな事を言った人は初めてだった。小さい頃は誰にでも見える物だと思っていたが幼稚園で言うと先生は変な顔をした。前の母は全く信じていなかった。仕舞いにはそんなくだらない嘘は言うなと言われた。人に色などないと言った。とても機嫌が悪くなったのでそれ以来誰にも言わなくなった。言えば嘘吐きと言われるのだと思った。他の人には見えないという事が分かった。だから今の母の反応はとても不思議に思えたが嘘吐きとかほら吹きとか言われなかった事が嬉しかった。本当に信じているのかどうかは分からない。その事について特に聞いてくる事も無かった。

 でもいつも見ているとその色はいつも一定でない事が分かる。感情が不安定だと変化する。そう言えばこの間会った迅人の色は依然と違ってきているように感じた。小学校の時は凄く綺麗な色だった。透明感があって色を全く感じない時もあった。でもこの間は違っていた。春に会った時とも変わっていた。中学生になったからだろうか。小学生の時と同じようにいかない。それにお母さんが再婚したとも言っていた、環境が変化したのだから変わるのも当たり前かもしれない。確かに寧々と和の色も変化していた。前はぼんやりしていた色が少しはっきりとした色に変わっていた。大学生になったからだろうか。花音はどうなのだろう、どうして自分の色は見えないのだろうと思う。もし見えたなら中学生になった花音の色も変化したのかどうか分かるのに。でももし、花音の色が変わったとしたらそれは今じゃなく、前の母親が死んだ時だろうと思う。あれから花音の生活は一変した。とても生き易くなった。自分の母親が死んだのに少しも悲しまない花音はどこかおかしいのかも知れないと思った事もある。でも悲しむ事など出来なかった。でもそれはきっと花音だけではないと今では思っている。世の中の子供達のみんな親が死んだからと言って悲しむとは限らない。そんな親ばかりではないのだ、そして子供もみんながみんな親に大切にされている子供ばかりではないのだ。

 ふと、寧々の部屋にあったあの奇妙な人形が頭に浮かんだ。寧々の部屋は殆ど飾りっ気のないすっきりした部屋だ。その中であの人形だけが場違いな雰囲気を醸し出している。寧々は妹の形見だと言った。花音は初めてそれを見た時、どうしてここに置いてあるのだろうと思った。寧々はあの人形が好きではないように感じた。そして妹の事も本当は好きではなかったのではないかと思った。理由は分からない、ただ、そう感じた。和と寧々、二人の共通点は何だろう。それはそんな遠くない日に分かるような気がする。

和と浩太は親しいのだろうか。浩太が明星学園に通っているのは知っていた。それに前に駅で和達と一緒にいるところを見た事もある。浩太は和と花音が姉妹だと知ったらきっと驚くだろうなと思った。ちょっと話してみたい気もあるがわざわざ言いに行く事でもないと思った。所詮浩太にとっては他人事だ。それにもう花音の事など覚えていないかも知れない。

(そうでもないかな…)

浩太は自分の母親を殺したのが花音の死んだ母だと多分気付いていた。自分の母親を奪った人間の娘の事はある意味、忘れないかも知れない。でも浩太を取り巻く色はどうしてあんなに奇麗なのだろうと思う。母親を殺されたのに人を恨んだり、憎んだりとかしないのだろうか。浩太の色は小学生の頃の迅人の色に少し似ていると思った。

 その年が明けて間もなく、花音は駅のホームに変な物が歩いているのを電車の中から見て思わず凝視してしまった。それはどこかで見た事があるような気がしたが分からなかった。暗い灰色のベールに覆われたそれは淀んだ空気を纏って歩いていた。

(人…?)

そう思った瞬間にそれは視界から消えた。それが何か確認する暇もなく花音を乗せた電車はそのホームから遠ざかった。花音は以前にもそれとよく似たものを見た事がある事を思い出した。

 

 

   <弐百捌拾参(二百八十三)へ続く>

 

 

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