参百質(三百七) | タイトルのないミステリー

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 大切とはどういう事なのだろう、母に言われてから花音はずっとその言葉が気になっている。今まで、何かを、誰かを大切だなんて思った事ないような気がする。そんな風な事考えた事もなかった。大切とはいったい、どういう気持ちになる事なのだろう。考えれば考えるほど分からない。

(大切って何…?)

どんなに考えても答えは出ない。

「ねえねえ、何考えているの?」

休み時間にぼんやりしていたら野崎遥が話しかけてきた。中学年の時に同じクラスだったが二年、三年とも別のクラスになって高校に入ってまた同じクラスになった。中一の時も何かと話し掛けてきたがそれほど親しくなった覚えはない。

「特に何も考えていないけど」

「嘘、絶対何か考えていたわよ」

「もし、考えていたとしても野崎さんには関係ないと思うけど」

「あ~、谷原さんって相変わらずねえ。中学の時と全然変わっていない。身長だけは全然変わっちゃったけど。中一の時は私と殆ど同じくらいだったのに、あっという間に伸びて」

花音は遥がこんな風に普通に話しかけてくるのがなんだか不思議な気がする。花音は自分から誰かに話し掛ける事はほぼない。話し掛けられたら普通に答えているつもりだが会話が続く事は殆どないに等しい。この間、万智が学校の友達とあまり話す事はないと言っていたが正直言うと花音も大して変わらないように思う。でも花音にとってはその方が楽に思えている。誰かと関わるのはとても煩わしく感じられる。

「でも頭が良いのも相変わらず。高校の入試もトップだったでしょう。東大でも狙っているの?」

「東大?」

大学の事など考えていなかった。高校を出たら大学へ進む。凰琳にいる子にとってきっとそれはとても当たり前の事なのだろう。万智は当たり前のように高校を出たら就職すると言っていた。生きている場所が違うと当たり前の事が変わってくるのだ。花音も産みの母のもとにいたら大学なんてあり得なかったかも知れない。そもそも私学に行く事すらなかったであろう。

「楽勝で行けるんじゃない?」

「そんな簡単なものじゃないでしょう」

「そうお?谷原さんってなんかいつも余裕って感じだけど」

「そんな風に見えるんだ」

「そんな風にしか見えないよ。なんか冷めている感じで、みんな近寄り難いって言っているよ」

「へえ~、そうなんだ」

「友達、欲しくないの?」

花音の脳裏に一瞬、迅人の顔が掠めた。

「友達って何?」

「何って、一緒に勉強したり遊んだり、どこかに行ったりとか。一緒に何かするって楽しいじゃない」

「そうなの?そういうのよく分からない」

「分からないって?」

「誰かと何かを一緒にしたいって思った事ない。勉強だって一人でした方がはかどるような気がするし。人に何か言われるのって面倒だし」

「いつも一人って寂しくない?谷原さんってお昼もいつも一人でしょう。私だったら耐えられない」

物心ついた頃から食事はいつも一人だった。浩太の家に行った時はみんなで食事をして母も家にいる時とは全然違っていてその様子が花音にはとても不思議な光景に映った。楽しいというより違和感を覚えた。でも確かに家よりは良かった。谷原の家に行って食卓は家族で囲むようになった。その時は花音も出来るだけ話をするようにしている。苦痛なわけではない、それなりに楽しいとも思っている。少なくとも幼い時、一人でひもじい思いをしていた頃とは天と地の差がある。学校では確かにみんなそれぞれ友達やグループを作って一緒に食べている。みんな楽しそうだ。でもそれを特に羨ましいと思った事もなければ、その仲間に入りたいと思った事もない。

「何ともないけど」

母が作ってくれる弁当はかなり美味しい。花音はそれを食べられるだけで十分な満足感を得ている。それ以外に何も考えた事はない。

「やっぱり、変わっているのね」

「私にはあなたの方が変わっているように見える」

「なんで?」

「どうして私に話しかけてくるの?」

「どうしてって…クラスメイトに話しかけるのに特別な理由がいるの?私、誰かに喋りかけるのに理由なんて考えた事ないけど」

「そういうもんなの?」

「多分、みんなそうだと思うけど。それに私、あなたに興味があるんだもん。中学の時は馬鹿にされたけど」

「馬鹿にした?私が?」

「そうよ、覚えていないの?」

「全然」

大体、遥と交わした会話の内容など全く覚えていない。それほど深く関わった覚えすらないのだから。馬鹿にするほど親しかった記憶もなければ遥自身の事もよく知らない、興味すら持った事もない。

「私がママの事を言ったら、ママ、ママって自分の意見はないの?って。私、あんな事言われたの初めてだった。偉そうな子だって思った」

そんな事あったのだろうか、全く覚えていない。多分花音にとってそれはあまりにも取るに足りない事だったのだ。

「全然、覚えていない。でもそれじゃ気を悪くしたって事よね。じゃ、私とは話したくないんじゃないの?」

「あの時はそう思った。大嫌いって」

「一度嫌いって思ったらずっとそうじゃないの?」

「うん、好きか嫌いかって言われたら多分好きじゃないと思うけど。でも高校入ってまた同じクラスになって何となく見ていたら相変わらず一人だなあって思って。私だったら学校来るの嫌になるのにって思うのに谷原さんは全然平気そう。なんでかなって段々不思議に思って、そしたら興味湧いてきて」

遥の言葉がなんだか面白くなって花音はクスっと笑った。嫌いだけど興味が湧く、そういうのは何となく面白い気がする。

「え?」

遥は花音を見てちょっと驚いたような顔をする。

「何?」

「谷原さん、笑うんだ」

 

 

<参百捌(三百八)へ続く>

 

 

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