参百壱拾壱(三百十一) | タイトルのないミステリー

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迅人の父親は目を見開いて花音を見返す。だがその表情はすぐに元に戻る。

「君、誰?本当に迅人の友達?」

「どうして?」

「私は迅人から君のような女の子の友達がいると聞いた事がない」

「だって、言わないでしょう」

「何故?」

「だって、あなたは本当のお父さんじゃないもの。あなたは、おじさんは迅人君を自分の子供だなんて思っていなかったもの。だから虐待して殺したんでしょう」

迅人の父親は、今度は表情を変える事もなく花音の顔を見てゆっくりと口を開く。

「君はさっきから何の話をしているんだ?迅人は自らの意思で命を絶ってしまったんだ。私だって辛い思いをしているんだ」

「辛い?おじさんが?」

「だいたい、他人を人殺し呼ばわりするなんて非常識極まりない。中学生にもなればそれくらいの事は分かるだろう。言って良い事と悪い事の区別くらいつく年齢だとは思うがね」

「じゃ、何をしたの?」

「何をした?」

「迅人君をどうやって追い詰めたの?何を言ったの?」

「君は金でもゆすりに来たのかね。最近の中学生はとんでもない事を考えるようだからね」

「お金を払うの?何もしていないのに?それはやっぱりおじさんが迅人君に何かしたからでしょう。そうでなければそんな事言わないよね」

「話にならん。良いか、今度そんな妙な言いがかりを付けに来たら警察を呼ぶぞ。子供だからって何を言っても許されるなんて思っていたら大間違いだからな」

そう言い捨てると迅人の父親は足早に花音の前から去って行った。その後ろ姿を見ながら花音は間違いがないと思った。

(間違いない…)

迅人が死んだ原因はあの男にあると。でも迅人は良い人だと言っていたのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。迅人の母親はきっと何かを知っている筈だと思う。一緒に暮らしていたのだ、何も気付かない筈はない。でもそんな事は話してくれないだろう。それにどうして迅人を助けてくれなかったのだろう、あの母親は迅人が死んでしまってどう思っているのだろう。平気なわけがない。迅人があんなに自慢していた母親だ。迅人は母親の話をする時はいつもとても嬉しそうだった。花音はそれまで母親という存在は自分の母しか知らなかった。よその母親とは少し違うという事は小学校上がる頃には何となく感じ取っていたが特に周りの母親を羨むという事も無かった。幼稚園でお迎えに来る他の母親がいつもニコニコしているのを見ても「みんな笑っているけど本当は何も嬉しくないのよ。子供なんてみんな面倒だと思っているのだから。でも外ではあんな風に笑っているの。ただの嘘吐きなのよ」と母がいつも言っていたから。花音は否、依智伽はその言葉を信じていた。依智伽には頼る大人は母しかいなかったから。

 でも迅人から迅人の母親の話を聞くようになって母が言っていた事は全てには当て嵌まらないのかも知れないと思った。迅人が嘘を言っているようには見えなかったから。迅人はきっと母親の事が大好きなのだと感じた。最初はお母さんの事が好きだなんて変わっているのではないかと思ったくらいだ。依智伽にとって母親は絶対的な存在ではあったが慕うような存在ではなかった。だから母親の事をいつも嬉しそうに話す迅人の母親とはどんな人なのだろうとよく想像していた。でも迅人の母親も依智伽の母親同様、学校の行事にはあまり参加しなかった。迅人は仕事が休めなくて来られないんだと少し寂しそうに言っていた「お母さん、来られなくていつもごめんね、ごめんねって言うんだ」とも。母親が子供に謝るなんて依智伽には想像すら出来ない事だった。だから迅人の母親も迅人の事をきっと大事にしていた筈だ、なのにどうして、そんな思いが湧いてくる。何があったのか知りたい。迅人の身に何があったのか。本当に自殺だったとしても、どうして迅人が自ら死を選んでしまったのか。そこまで追い詰められた何かがある筈だ。迅人がそんな簡単に死を選ぶ筈がない。「私は迅人に手を挙げた事は一度もない」彼はそう言っていた。嘘か本当か分からない。でも虐待は暴力とは限らない。寧ろ精神的に追い詰められる事の方が傷は深いだろう。目に見えない心の痛みを癒す事はきっと容易な事ではないと思う。その傷跡はいつまでたっても消えないで疼く。迅人はどんな傷を負ったのだろう。それはあの父親が与えた傷に違いない。彼と話して花音は増々その思いを強くした。

 花音はそれからもあの父親の姿を見に行った。家に行っても全く姿を見ないで終わる日もあったがそれでも時間のある時はそこに向かった。何度かそうしているうちに彼は花音の姿に気が付くようになった。花音は何も言わずただ迅人の父親の姿を見ているだけだ。あれから一度も声を掛ける事はない。ただ、黙ってその姿を追う。いつもつけ回しているわけではないがその姿を見付けると一定の距離を置いて観察している。もし迅人の父親が本当に警察に通報したり相談したりしたら注意されるか、もしくは補導されたかも知れない。でも彼はそうはしなかった。いつも花音の姿に気が付いているのに気が付かない振りをしていた。それはきっと花音を警察に突き出してあらぬ事を言われたくないという心の現れなのではないか、彼の中にある疚しさがそうさせるのではないかと思えた。

 そんな事が半年以上続いた。花音も休みの度に迅人の父親の家の近くに行っているわけではない。毎週毎週出かけていては流石にあの母親も不審に思うだろう。時には一ヶ月以上行かない事もあった。でも花音が行くとどんなに遠くにいても迅人の父親は花音の姿を見付けた。家から外に出る時はいつも周りを気にしている様に見えた。そうして花音の姿を捉えると落ち着かないような感じに見えた。時折姿を現してただ黙ったまま見ている花音に戦々恐々としているようだ。

 そうしてある時、彼は向こうから花音に近づいてきた。

「何が目的だ」

口を開くなり迅人の父はそう言った。

「何を企んでいる?」

花音は迅人の父親を見上げて口の嘴を持ち上げるようにして笑みを浮かべる。それに対して迅人の父は眉間を寄せる。

「警察に行かないのね」

花音がそう言うと彼は唇を舐めるようにして花音の顔を睨み返す。

「こ、子供相手にそんな大袈裟にする事も無いと思っただけだ」

「どうして、そんなに怯えているの?」

「わ、私は別に…」

 

 

   <参百壱拾弐(三百十二)へ続く>

 

*長らく空いてしまいましたショボーン毎日時間があっという間に過ぎてしまいます。

 

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なので取り敢えず電子書籍として出す事になりそうです。

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