参百弐拾(三百二十) | タイトルのないミステリー

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「はい、でもはっきりと言われたわけじゃありませんけど、こんな事を言っていました。親が死んで泣ける人は幸せなんだよって」

「和ちゃんはそれに共感したの?」

どう答えるべきか考えてしまった。イエスでもあり、ノーでもある。母親との思い出が何もないわけではない。父が出て行ったあと、母は和の事をいつも一番に考えてくれた。花音のようにひもじい思いもした事はない。あの男が現われるまでは母子家庭とは言え、普通の家庭だったのだ。何もかもが一変したのはあの男が来てからだ。サッカーなどしなければ、と思う事もしばしばあった。

「共感と言えるかどうか…でもその言葉の意味は理解しました。さっきも言ったように悲しくはならなかったので…私、お母さんに守られていた時期もあるのに…」

「心は辛い事の方を覚えてしまうから…」

「え…?」

やはり、この先生は何か知っている。心が警笛を鳴らす。

「花音ちゃんのお母さんの方はどうだったんですか?ネグレクトってやっぱり、子供に愛情がないからそうなるのですか?」

「そうとばかりは限らないわ」

「愛情があるのに、虐待するのですか?」

「中にはそういう人もいるの」

「花音ちゃんのお母さんは?」

「彼女は……」

鳴海はそこで言葉を止めた。何かるのだろうか。

「花音ちゃんのお母さんは上條君のお父さんが好きだったんですよね?なのに、どうしてうちの父と…」

「誰からそんな事を?」

「上條君が、自分のお母さんを殺したのは花音ちゃんのお母さんだって言っていました」

和の言葉に鳴海は少し驚いた顔をした。

「父が逮捕された時に、上條君とそんな話をしました」

「そう…」

鳴海は少し遠い目をした。彼女はいつも何に対しても否定も肯定もしない、それは鳴海が精神科医という職業からくるものなのだろうか。

「花音ちゃんのお母さんは少し変わった人だったわ。掴みどころがないというか…」

「じゃ、やっぱり、花音ちゃんと似ていますね。掴みどころがない」

「そうね」

「先生は…全部知っているんですか?」

「全部って?」

「…何でもないです。私、もう行きます。引き留めてすみません」

「私で良かったらいつでも話し相手になるから」

「はい、ありがとうございます」

思わず聞いてしまいそうになった、和の秘密を知っているのかと。でも、もし知っていると答えられたら、それは怖い。

 家に帰るのと同時に寧々から連絡があった。

「どう、最近」

「どうって、特に変わった事も無いけど。あ、でも今日、須藤先生に偶然会った」

「あの精神科のお医者様?」

「うん」

「何か、喋った?」

「花音ちゃんの事を少し」

「花音ちゃんの事?」

「あの先生、花音ちゃんのお母さんと面識があるみたい」

「お母さんって、産みの?」

「あ、そうそう」

「へえ、そうなんだ」

「どんな人だって?」

「掴みどころのない人だったって」

「ふーん。ねえ、和のお父さんはどんな人なの?」

「どんな人って言われても…小学校一年までしか一緒に暮らしていないからよく覚えていないわ。でも、普通の人だったと思う。どうして?」

「なんかね、私が考えている花音ちゃんのお母さんのイメージと和のお父さんって合わない感じがして。どうして花音ちゃんのお母さんは和のお父さんとそういう関係になったのかなって。だって聞いた限り、和のお父さんって、普通の人じゃない」

「それは、そうだけど…でもうちのお父さん、殺人犯だよ」

「でも、そうは思っていないでしょう」

「それは…あの人に人を殺す勇気があるとは思えないから」

「じゃあ、何で自分がやったって言ったのかな?あれかな、テレビとかでよくやっている自白の強要ってやつ?和のお父さんって気が弱そうな感じだもの。まあ、実際会った事ないから分からないけど、聞いた感じではね」

「確かに、そういう感じだけど、本当のところは分からないわ。分かっているのは事実だけ、私とお母さんを捨てた、それだけよ」

「まあ、そうだけどね」

「ところでさ、今度の日曜、暇?」

「日曜?何かあるの?」

「久しぶりに花音ちゃん一家が来るみたいなの。和も来ない?」

「私も?なんで?」

「特に意味はないけど、なんとなく」

「でも、昼間は仕事があるよ、私」

「来るのは夕方だから、終わってからで大丈夫だよ。うちで夕飯食べるの」

「うーん、ちょっと考えておく」

「なんか、花音ちゃんと三人でまた話したくなったんだ」

「行けたら、ね」

また、話したくなった――その言葉の中に寧々の中にある不安を垣間見たような気がした。

 もう大丈夫、何も怖い物はない、そう思っているのに時折訪れる不安。和と寧々と花音、多分、この三人の中で不安を感じていないのは一番年下の花音なのだろう。あの子の中には怖いとか、不安とか、そう言った感情さえないように思ってしまう。そしてそれをどこか羨ましく思っている自分がいた。

 

 

 

<参百弐拾壱(三百二十一)へ続く>

 

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