参百弐拾肆(三百二十四) | タイトルのないミステリー

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 母が死んで叔母の家に引き取られ、和は普通の暮らしが出来るようになった。何者にも脅かされない生活。不安が全て取り除かれたかのように思えた。でも、心が何も感じなくなっていた。どんな光景も同じに見える。人が何故、泣いたり笑ったりしているのかが分からなくなった。そういう感情が母の死と同時に死んでしまったのだと後になって思った。母を見殺しにする事は自分の心を殺す事と同じだったのだ。でもそれで良かったのだと和は思った。心などない方がどれ程楽か、どれほど平和なのか誰も知らないのだとさえ思った。

 それなのに、高校の入学式で浩太の姿を見かけた時、ドキッとした。何故、ドキッとしたのか今なら分かる。浩太が光の中にいるように見えたからだ。和は浩太の過去を知っている。もし浩太が、以前とまるで違っていたのなら、人と距離を保って近づかないようにしていたら、興味を持たなかったかもしれない。でも、浩太はそうではなかった。その胸の中には母親を殺した人間への怒りと憎しみを抱えているのに、彼は陽の光の中にいると思った。それは浩太が被害者側でずっといたからなのだろうか。和はもうただの被害者ではない。

 ただ見ていただけだ、でもあれは人殺した。母の事を思い出す度に和はそう思う。人を、母を見殺しにした。後悔をしているわけでもないのに、それは和の心に新たな闇を生んだ。

 そうしてあの光の中に、和はもう二度と戻れないのだと思った。戻る、資格もないのだと。戻りたいと思う心も失くしてしまっていた。ただ、浩太を眩しいと感じた。いつまでも変わらないでいられるという事は凄い事なのだと改めて思った。

そんな中で次に出会ったのが寧々だった。寧々には恐怖を覚えた。傍若無人に人の心の中に入ってこようとする、何も知っている筈もないのに、もしかしたらと思ってしまう。秘密を抱えるという事はそういう事なのだと和は改めて知った。誰にも心を開けない、安らげる場所はどこにもない。自分を守る為には頑ななまでに心を閉ざすしかないのだと。そこまでして手に入れた居場所が今の居場所なのだから。何もなかった昔に戻る事など不可能なのだ。これが和の選んだ生き方なのだと思った。

 用心しなくては、と思った。寧々の言動の端々に何かを知っているような素振りを感じてしまう。でも同時にどこか同じような匂いを感じた。でも、だからこそ、なおさら怖いという思いもあった。

 寧々からあの告白を聞いた時は、時が止まったかのような不思議な感覚が体の中を走った。母が死んだ時と同じだ。あの時も時間が止まったかのように感じた。目の前の母は、まだ確かに生きているのに、今、手を差し伸べれば助けられるのに、そう思っているのに、和の周りの空気だけが止まってしまって動けない、そんな感じだったのだ。

(死んでくれれば……)

そう思ってしまった事を、どこかで否定している。そんな事を願う自分がいた事を和自身が一番信じられないでいるのだ。でも、それが現実だ。自分の中に棲んでいた修羅を見付けてしまった。十三歳だった、その歳になっていてもその重圧は大きかった。でも寧々はそれよりも遙か幼い時から背負っていた。

だからなのかも知れない、あの一見して明るいという印象を人に与える事が出来るのは。そんな幼い頃から仮面を被って生きてきた、でも和には寧々の明るさは違和感でしかなかった。

 きっと、寧々も同じように感じていたのあろう。二人は違う仮面を被っていただけなのだ。仮面の裏に潜む秘密を隠す為に、本当は同じ顔を持っているのに。

 寧々も和に同じ匂いを感じて、あの事を打ち明けたのだろう。同類だと思ったのだ。

和は自分の秘密を一生誰にも話す気はなかった、この秘密だけは誰にも知られてはいけない、そう思って過ごしてきた。きっと寧々もそうなのだ、なのに互いにそれを話してしまった。話さない方が安全でいられる事はお互い、十分すぎるほど分かっていた、それでも話してしまったのは、ただ同類であるという安心感からだけではないであろう。勿論、それが大きい事も確かであるが、どこかで誰かと重荷を共有したいと思っていたのかも知れない。自分の中だけで抱えるには重すぎたのだ。でもこんな秘密を共有できる人間が他にもいるとは到底思えない、これは一人で抱えて行くしかないのだ。それが罪を犯してしまった者の報いなのだと和は思っていた。

 寧々の告白は衝撃だった、でも和は共感してしまった。同じなのだと思った。

そうして、今度は花音が現れた。花音の告白は和とまるで同じだと思った。母親の死を見ながら、死んでいくと分かっていながら手を差し伸べなかった。ただ、和と花音は違うと思った。何が違うのか、元々の資質もあるかも知れない。そして自分の中にある“覚悟”の違い。

 自分の中にあった殺意かも知れない。母の死は、母が自ら起こした行動が引き金になったのだ。母が何もしなければ、母はきっと今も生きていて、和はあの暮らしを今でも続けていただろう。母を重荷に思いながらも母と共に生きていた事だろう。

 でも花音の中には明確な「殺意」が存在していたのだ。他の誰かに殺されてしまったが、そうでなければ花音が手を下していた。花音ははっきりとそう言い切った。それも何の抑揚もない声で笑いながら語った。寧々と和とは本質が違う、怖いとも感じた。

 でも、安全だとも思った。きっと、善と悪がはっきりしている人間の方が罪悪感、という物を持ってしまうのだ。花音の中にはきっとそれがない、そう感じた。それは母親から受け継いだものなのだろうか、それとも親から放置され続けた中で生まれたものなのだろうか。おそらく、両方なのだろうと思った。感情を出さない事が自分を守る術だった、そしてそれは案外楽な事を彼女は分かってしまったのだ。否、元々、それほど感情というものを持ち合わせていなかったのだろうか。そんな風に感じてしまう事もある。あの子と和が腹違いとはいえ、姉妹だというのも不思議な因縁を感じる。

 和はもしかして始めた会ったあの日から、花音は和が姉である知っていたのではないだろうかと最近思っている。知っていて声を掛けてきたのではないか。でも、何故知っていたのかは疑問だ。初めで出会ったのは岳と再会したあの日だ。花音は姉の手掛かりは「和」という名前だけだったと言った。あの時、和の名前を知るすべなどなかった。何しろ駅の公衆トイレの中だったのだから。

 今度、花音に聞いてみようか。花音はきっと隠さず応えるような気がする。彼女はきっとどんな事も大した秘密だとは思っていないのだ。花音にとって隠さなければいけないという思いは存在していないような気がする。話さないのは話す必要がないからだ。だから、聞けば応える、勿論、話す内容によって、相手は選んでいるようには見えるが。人の心の裏を見抜く天使のようなものをあの子は持っている、そう感じている。

 

<参百弐拾伍(三百二十五)へ続く>

 

 

 

 

 RIVER SIDE CAFE 第3話 本日公開です

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 RIVER SIDE CAFE 「忘却の人」 ←こちらでナレーションの原文を確認出来ます。

 

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