綾とり | BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

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ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

今の時代、手編みのセーターを着ているとすれば、
かなりの贅沢品ということになるだろう。
だけども、我が子供時代、買って着るものは贅沢品であった。
それゆえに母親の仕事の一つは手編み。
毛糸の束を買ってきては、それを編み針や鉤針などで編む。
そのようなものだった。
編むためには毛糸束から丸い毛糸玉にしてから編むものと決まっている。
私は4人兄弟の末っ子として育った。
おそらく、どの兄弟より自由に勝手で気ままに育ったと言える。
当時は家事も分担していた時代。子供と言えど、当時はそれぞれに役割があった。
小さい、できない、ということで、その役割から逃れていたところもあったが、
ただ一つ、逃れられないものがあった。
それは、座って、両手をグーにして前に差し出すこと。(?)
その時代を推察できる人は感づかれたことであろう。
その差し出した両手に毛糸の束がつけられ、母親が、その端の糸から巻き始め、
毛糸玉を作る。
この束が巻き取り終えるまで耐えなければならない。
時間にすれば10分程度なのだろうが、それがかなり苦痛だった。
当時、そんな風に、どの家庭にも家に中に毛糸があるのが日常だった。
毛糸メーカーのテレビコマーシャルまであり、よく流れていた。
♪編みたくな〜ったら〜〜 ○○○毛糸〜
(このコマーシャルソングが思い浮かんだ人は初老以上です)

そんな毛糸を少女たちは、長い首飾りのように首につけていた。
それはアクセサリーではなく、「綾とり」をするための道具として。
少女たちは、相手の手から、それを指を交差させて糸を受け取り、
その場で、次の新しいシンメトリカルな形状を作る。
たいてい川という形から始まり、鼓、月に叢雲、橋、朝顔などを作り上げる。
まるで循環する形状の永久運動のようでもある。
鞠つきやゴム跳びと同様、これは女の子の遊びであった。
女性は地図が読めなかったり、方向音痴であったりするのは
空間理解が乏しいからと言われるが、糸で空間を作る理解力に驚いた憶えがある。
綾とりを交換しあっている少女たちの姿は、ある面、
呪術の巫女のように思えた。
作られたものの中で遊ぶ現代人とは違って、毛糸の切れ端から、
遊びを生み育てていた。
あの時代こそ、心の豊穣さがあった、などと思ったりする。

こう思うのは、老人...?


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<了>