昔から、生きる気力というか、エネルギーがありません。


いい歳をして、夫や子供達もいるというのに、生きることに積極的になれずにいます。

かと言って、死ぬことに前向きというわけでもないのですが。

「生きているのはエネルギーを使うからしんどいけれど、アグレッシヴに死にに行きたいわけでもないなぁ、生きていてもなんの楽しみも感じないなぁ」と言った感じです。

生きるも死ぬも、どちらもエネルギーをとても使いそうで、気が進まないのです。


思い起こせば、子供の頃から人に合わせることが出来ず、一人で過ごしていました。


四歳上の姉がいますが、家庭の事情で一緒に暮らした記憶はありません。

両親は自営業で忙しく、あまり私と関わりを持ってはくれませんでした。

小学校五年生の時、あるスポーツを父親に強制されました。その結果、学校もあまり行かせてもらえず、特に親しい友達もいなかったせいか、たまに顔を出す教室にも私の居場所はすぐに無くなりました。


そしてその後、父親の一存で親元を離れ、北海道でそのスポーツの英才教育を行う男子ばかりの寮で生活をしながら、中学校へ通うことになりました。逆らうことなど許されませんでした。そのスポーツをやらないなら殺す、と父親に真顔で言われたこともあります。

寮はスポーツ界と言う同調圧力の極めて強い場所だったので人に合わせられない私が酷いいじめを受けるのには、そう時間はかかりませんでした。寮だけではなく、そのスポーツ界で、私は「嫌われ者」になっていました。

母親に電話で「いじめがつらい、帰りたい」と訴えても、聞き入れてはもらえませんでした。味方になってくれる人間は誰もいませんでした。私はただ下を向いて、黙り込んで耐えるしかありませんでした。


高校進学についても私になんの相談もなく、父親が決めてきました。

私にも夢があったので、何か手はないかと中学校の担任に相談したりしましたが、力にはなってくれませんでした。


高校では親元に戻りましたが、狭いそのスポーツ界、私の噂はそこにも広がっていました。

高校卒業まで私は、スポーツ界では存在自体を否定され、家ではスポーツをやめるなら高校を退学させると父親に恫喝され、どこへ行っても地獄のような日々でした。


その後、親と断絶して上京しました。が、私は気づいてしまったのです。

自分には何も無いことに。

やりたいことも、夢も希望も、楽しいと思えることも何にも無いのです。

どこに行っても馴染めない、誰も信用できない、心許せる友もいない。

私には、人間として大事な何かが無いような。この世の中全てがモニター越しに見ている風景のようで、現実味が無いのです。


流石に自分でも「自分はおかしいぞ」と思う事が他にも何度かあり、精神科に通い、発達障害とうつ病と診断されました。

カウンセリングも受けています。

家族の理解もあるのです。

薬もきちんと飲んでいます。

でも、この虚無感は無くならないのです。

何年も何年もこの「居場所の無さ、生きづらさ」が消えません。

家にいても、家族と過ごしていても、私は心から安らぐ事がないのです。


スクスクと育っていく我が子を見ても、なんだか現実味がありません。

どこか他人事に感じてしまうことさえあります。

こんな私は、果たして「生きている」と言えるのでしょうか?

「ワタシ、今生きてる!」なーんて思った事がないのです。

ただ死んでいないだけな気がします。

人生に意味などないと頭では分かっているつもりですし、これから有名になって皆に認めてもらいたいなどこれっぽっちも思ってはいないのですが、自分の人生の「あんまり感」と日々の小さな幸せすら見出せない「ダメダメ感」に打ちひしがれてしまいます。

こんな私でも生きる気力を持つ事ができるでしょうか?


そう言うことは主治医と担当カウンセラーに相談せえよ、と言われてしまいそうですが、貴殿の忌憚のないご意見をお聞かせ願いたいと、筆を取った次第です。