永遠に完成しないめどみちゃんと | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 新美研(新美術研究部)は一応部活と名が付いているものの、私と先輩の二人しか所属していない。実際には部活として正式に認可されていない。同好会の扱いだ。というかこの設定、漫画とかでよく見るけれど、現実にやるとただ単なるゲリラ活動だ。放課後の特別教室を不法占拠しているに過ぎないし。
 ちなみに新美研は美術室の第二準備室を無断使用している。美術室は美術部が使っているし、第一準備室は美術関連の備品が置いてある。第二準備室はまったく普段使われておらず、埃が溜まって蜘蛛の巣が張っている。職員室から先輩が鍵をパクったため、第二準備室は先輩しか開けることができない。
 二人きりの秘密の部活というわけで、入った当初は私もドキドキしたりしていたものの、しかしこの部活には余計な闖入者がいるのだった。
 ホームルームが終わり、少しばかり自分の席で読書をして時間を潰した後、今日も私は第二準備室に向かう。入る時はいつも少し気を遣うが、第二準備室は美術室と隣接する第一準備室とは違い、かなり外れにあるので(本当に美術室の準備室として作られたのか疑うくらいだ)、ほとんど人通りはないのだった。
 私が扉を開けると、先輩が一人で机の前に佇んでいた。
 いや、正確には先輩一人じゃない。机の上にはめどみちゃんが並べられていたのだから。
「こんにちは、部長」
「ああ、君か。すまないねえ。今日のめどみちゃんはもう使ってしまったんだよ」
「いえ。めどみちゃんを使うのなんて部長くらいですから」
 私はついつい不機嫌そうな声を出してしまう。しまったと思う私と、不機嫌になる理由を先輩にわかってほしいと思う私が半分半分くらい。
 ただいまの新美研の活動内容って、要するに部長である先輩がめどみちゃんを毎日毎日使うだけなのだ。それを私が眺める。以上。
 そうなのだ。私が新美研に所属して活動する内容なんてないのだ。ゼロ。
 ぶっちゃけ、私は先輩目当てで部活に入りました。だからさ、本当に二人きりで誰も知らない部室で時間を過ごすってことにかなり期待を抱いていた。だけど、先輩はめどみちゃんにしか興味ない。正直、嫉妬してる。しかもかなり高いレベルの嫉妬だ。
 私は改めてめどみちゃんを見る。めどみちゃんは開かれていた。そうそう。私が部活に来るまでに時間を潰すのは、ある程度人払いをするためというのもあるし、先輩のめどみちゃんに対する作業時間を確保するためでもある。
 当たり前の前提としてめどみちゃんは全裸で、そう素っ裸で、開きだ。
 開きってわかる? アジの開きとかあるじゃん。アレ。
 人間の開きって表現として正しいのかわからないけれど、スパッて感じで肋骨の間からお腹にまで包丁が通っている感じ。
 胸の肉も削ぎ落とされていて、肋骨が丸見えになっている。ついでに包丁が肋骨の間に入っているから、ぐばあって感じで肋骨がダイナミックに展開しているのだ。
 おっぱいが切り落とされているのに、肋骨がむき出しだからエッチってなかなかの趣味の持ち主だと思わない? 先輩はやっぱりどうして人にはないセンスを持っていると思う。
 がしかし、足がM字開脚してるのはどうなんだろう? やっぱり、先輩も男子高校生なのねって感じがしてちょっと悲しい。だけど、今回は通俗的な方向性に振っているだけかもしれないけれど。
 ちなみにめどみちゃんの顔に目を移すと、唇から何本も指がはみ出している。どうやら右手と左足の指を切り落として口の中からうまい感じに覗くようにさせているようだ。
 目玉はくり抜かれ、ツインテールに結んだ髪ゴムにくくりつけられている。
 私は一通りめどみちゃんの観察をし終えた。そんな私を先輩はじっと見張っていたみたいだ。
「今回はどうだ?」
 その声は少し焦っているようにも聞こえた。
「全然ダメですね。なんか先輩らしさを見失っている感じがしますよ?」
 私は少し意地悪なことを言ってみる。ただ、これは私が感じていることから外れているわけではない。
 以前の先輩はめどみちゃんをうまく使えていた。
 めどみちゃんの死を、生きている人間よりも美しい人形のように成立させていた。
 だけれど、最近の先輩は残念ながら迷走している。
 この理由に私は心当たりがあった。
「何が悪いんだと思う?」
「めどみちゃんをどう使うか、どう並べるか、それ以前にめどみちゃんを使うことそのものに根本的な問題があると私は思いますけれどね」
「それではめどみちゃんを使うなというのか? それでは……僕は一体どうしたら……」
「好きにしたらいいじゃないですか。私がなんて言おうと先輩はめどみちゃんを使うんでしょうか。めどみちゃんを使いたいんでしょうから」
「そうだな……。ふむ、もうちょっと自分で考えてみるよ。いつも付き合ってくれてありがとう。響野」
 思い出したように私の名前を呼ぶ先輩に、私は「はーい」と生返事して、今日は帰ることにした。

 先輩は根本的に間違っている。
 確かにめどみちゃんは練習用の人間だから何度でも使うことができる。
 普段は物言わぬ人間であるめどみちゃんを、何回でも解体し、何回でも並べることができる。
 しかし、だからこそ、めどみちゃんは永遠に完成しないのだ。
 どんなに飾り付けに満足したとしても、めどみちゃんは一晩明ければ元に戻ってしまうのだ。
 めどみちゃんは一日一度使える。一日に一度死ぬ。一日の終わりに蘇る。
 だけれど、先輩が目指す死体の芸術というのは、その死が一回限りだからこそ映えるものなのだ。死が何度でも訪れるものならば、その一回性は損なわれてしまう。
 だからこそ、先輩の初期のめどみちゃんアートは素晴らしかった。そして、くり返す度にその精彩さを欠いていった。もう先輩はめどみちゃんを完成させることはできないだろう。

 私は先輩の死体芸術を完成させる方法を一つだけ知っている。
 それは私しか教えられない方法で、私だけが先輩の芸術を完成させてあげることができる。
 私のめどみちゃんに対する強い嫉妬心も満足させることができる。
 私は先輩と二人きりの部活に入った理由を達成させることができる。
 すべてを解決できるウルトラCを私は知っているんだ。

 私は近々告白するだろう。
 めどみちゃんの代わりに私を使ってほしいと。
 めどみちゃんと違い、一度きりの生命だからこそ、一回きりの死体だからこそ、先輩はきっと私を完成させることができるから。
 泣き叫び、狂い喚く私に、どうかトドメを刺して、きっと素敵な作品に仕立て上げてくださいね。
 でも、別に失敗してもいいですから。
 一回きりの私を、先輩が使い切って、作品を作るということに価値があるんです。
 どんな結果に終わったとしても、そこにきっと意味が宿って、先輩の芸術を、一歩先に進めてくれるはずだから。

 

 

 

あとがき

 

 以前の作品のリメイクです。

 偶然ですが、ちょっと自分のブログを読み返す機会がありまして、やっぱり最新の夜に沈むとかとは狂気の度合いが違う感じで好みだったので、ざっくり書き直してみました。

 やっぱり人を殺す話っていいと思います。

 というわけで以前のバージョンのURLも貼って、今回の記事を終わらせようと思います。

 

https://ameblo.jp/allaround999/entry-12179196615.html