東京国立近代美術館で開催されている、『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』を鑑賞してきました。

 

 

アニメ界の巨人である“絵を描かない演出家”こと、高畑勲をテーマとした展覧会。日本のアニメーションの歴史に興味があることもあって、足を運んできました。

 

館内では高畑が東映動画に入社してから、晩年に至るまでの業績を年代ごとに追う、という構成となっていました。

 

まず印象的だったのは、のちの『かぐや姫の物語』につながる『ぼくらのかぐや姫』という企画書(『ドラえもん』の企画書もありました)、さらには構想メモなど、アニメ制作関連の資料が数多く展示されていたことです。そのいずれもが、驚くほどにびっしりと小さく、綺麗な文字で埋め尽くされたことです。

 

東大卒で教養にあふれた人物であることは知っていましたが、制作に関するあらゆることを徹底して理詰めで行っていたようですね。言い方はアレですが、「理屈っぽい人だったんだろうな」と感じました。

 

また、彼の周辺には宮崎駿、小田部羊一といった優秀なクリエイターが集まっていましたが、人物相関図や作品の流れなどを目で解るようにしたテンションチャートにみられる図表を用意するなど、すべてにおいて綿密に進められていたようです。自分で描かないわけですから、作画スタッフに自分の“思想”を表現してもらうためには、こうしたほうが効率的、と考えたのでしょう。

 

超大作『太陽の王子』の興行的失敗などもあり、会社を移った後は1年間にわたる『世界名作劇場』に象徴される、連続テレビアニメの制作に着手。今も名作とうたわれる『アルプスの少女ハイジ』、『母をたずねて三千里』 、『赤毛のアン』など、私自身も幼いころに親しんだ作品(いずれも再放送時ですが)がセル画などの関連資料とともに紹介されています。

 

館内でOPなどが見れましたが、今見るとクオリティの高さが際立ちます。当時は、気が付きませんでしたが素晴らしいです。ハイジなどはわざわざ現地までロケハンに行ったらしいですが、細部に妥協せず、こだわりを持ってゴールを目指していたことが伺えます。

 

後半では『じゃりン子チエ』、『セロ弾きのゴーシュ』、さらにはジブリ設立後に演出を務めた『火垂るの墓』、『おもひでぽろぽろ』、『平成狸合戦ぽんぽこ』に関連する展示へ。背景、色彩…高畑自身はもちろん、制作に参加している優秀なスタッフたちも、高畑の(おそらく相当)厳しい要求に応えるために、さまざまに試行錯誤していたことが分かります。

 

そして『ホーホケキョ となりの山田くん』と遺作『かぐや姫の物語』の展示へと移るわけですが、ここに至って高畑のリアリティへの追求がさらに深まっていくことが理解できます。『山田くん』は手書きの線と水彩画で人物や背景が表現されているのですが、筆の質感のようなものが残されていて、その表現方法が新たな境地へといたったことが伝わってきます。

 

『かぐや姫』などは、その2秒間の疾走シーンだけで52枚もの作画が行われていたという事実に驚愕。作画の束も展示されていましたが、瞬きすれば見逃してしまうようなシーンにも妥協しない。そこまでするか、という感じですね。

 

展示を見終わって感じたこととして、原作付きの作品については原作を丁寧に読み解き、構想を練っていたこと。また音楽の才能もあり、作曲も手掛けていたことなど、その多彩さ、教養の蓄積にはただただ驚かされるばかりです。

 

ただ、アニメ演出家にも関わらず、絵は描かないのに自らの考えをカタチとして表そうとしたわけですから、理想や求めるものが高くなればなるほど、おそらく周辺のスタッフたちは相当泣かされたであろうと推察されます。私はアニメーターになりたいと思ったことはありませんが、展示資料を見る限り、一緒に仕事をしたくない人だなあ、と思いました。

 

また、アニメが好きでアニメの歴史に興味があるにもかかわらず、実はジブリ作品は苦手で、中でも高畑演出の長編映画はこれまで、しっかりと見たことがありませんでした。ただ、内容や世界観について伝え聞くところで、彼の演出作品が私自身が考える映画・アニメ=娯楽というイメージからかけ離れたものであろう、と勝手に思っていたのです。

 

そして、その予想は決して的外れではない、ということも今回の展示で確認できました。まあ、芸術家肌だったということでしょう。館内で見た作画が素晴らしかったので、『山田くん』と『かぐや姫』は機会があれば見てみようかな、と思いました。

 

ともあれ、高畑勲が現在の日本のアニメの隆盛に大きな功績を残した、という事実は疑いようがありません。偉大な人物の業績を知ることのできる、意欲的な展覧会でした。しっかりと展示に目を通したため、気が付けば入館してから2時間40分も経っており、常設展は見れずじまい。まあ、仕方ないですね。

 


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