駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

思わぬガス欠

2020年01月20日 | 身辺記

            

 

 仕事を減らして余暇が増えたら、意外なことが起きた。出来た余暇を生かすことが出来ないのだ。あれもやりたいこれもやりたいという気持ちが萎えてしまって、何だかぼーっと過ごしている時間が増えてしまった。

 欲張り爺さん欲張り婆さんが懲らしめに会うおとぎ話を幾つか読んだ記憶があるが、どうも欲というのはなくても困るなあと気付いた。勿論、欲だけでは駄目で体力がないと実践できないわけだが、責任を軽くしたら一緒に意欲も減ってしまい戸惑っている。

 新しいことを億劫に感じてしまう。絵は続けているのだが、棋力を上げる予定の碁は碁会所の敷居が高くまだ出かけられない。知らない人と会うのが面倒に感じられてしまう。ひょっとして軽い鬱なのかなとも思うのだが、仕事を減らして余った時間を持てあまし、あれあれこんなはずではなかったと思案投げ首だ。

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2 コメント

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先輩諸氏の話をふ~んと (warawa)
2020-01-21 14:51:07
聞き流しておりましたが、わが身となって、切実さ深刻さに動きが取れない現状です。足首の関節が悪くなり、年齢もあって退職しました。二年連続のオペと長期入院で当座はハイな状態でした。でも、騒ぎが治まると、無職の年金暮らしの現実が。後は死ぬのを待つばかりなのですが、そうなるまで日々生きていかねばなりません。どのようにして精神の充実を図ればいいのか、真剣に悩む毎日です。
warawaさんへ (arz2bee)
2020-01-22 09:24:29
 何と申しましょうか。生きるのは人智を越えた運命のように思います。抗いようがありません。難しいけれども某かの感謝の気持ちが救いになることもありそうです。僭越なことを書き申し訳ありません。

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