津久井やまゆり園の事件の植松被告から | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「存在」について。

皆さんは、自分自身が存在価値があると感じますか?

存在価値がないと感じますか?

 

津久井やまゆり園の事件の植松被告の行為は残虐でした。

相模原市の知的障害者施設で入所者19人を殺害しました。

 

逮捕後の表情からも。

供述からも、裁判での発言からも。

彼は知的障碍者に対して、絶対的に"存在価値"の否定をします。

 

その存在への否定は、自ら誇示するのみならず、

もっと世に問うているようでもあります。

かなり、"存在価値"というものに対して強固なのです。

 

他者に対して、存在価値を否定している姿を

私たちは客観的に見たとき、何を感じますか?

 

おそらく、

「なんて傲慢なんだ!!」

「自己中心的にもほどがある!!」

「どの位置目線なんだ!?」

などと、腹立たしい気持ちになるのではないでしょうか?(※A地点)

 

ところが…。

私たちの殆どの悩みが「人間関係」に起因します。

 

真摯に向き合う人、場合もありますが、

時々、嫌気がさす場合もあります。

そんなとき…。

 

「人間関係なんてなくていい。」

「私、結構ドライに(関係)切っちゃうんだよね。」

 

そんなとき、他者への"存在価値"はどうなっているでしょう?

 

自分自身に対しても、同じような問題が発生します。

同じコンプレックスを抱え続けたり、

自己肯定感どころか、ひどく自己否定感に苛まれる人は…。

 

「自分なんて消えていい。」

「私なんて、駄目なんですよ…。」

 

そんなとき、自己への"存在価値"はどうなっているのでしょう?

 

(※A地点)にあったような、植松被告のような人間に、

胸を張って怒ることができるでしょうか?

人間の"存在価値"は「行為」によるものなのか

自他ともに、人間の存在価値を"行為"で考える以上は、

評価によって必要であったり、必要でなくなったりしてしまうのです。

 

そこにあると世界が変わるのは、

万人に対しては難しくとも、少しずつでも"あなたがいるだけで"という相手を

自他を"愛"することを意識して、増やしていくことです。虹



いつも有難うございます。

 

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