パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

発表報道か、調査報道か

2020年09月25日 10時12分38秒 | あれこれ考えること

新城から豊橋に出かける時には、信号が少ないので庭野から八名、
そして柿の木街道を経由する事が多い
帰る時も同じコースで、帰ってきたなと感じる場所に待っているのが
道路の真ん中に道を分けてどんと居座ってる大木だ
きっと御神木かなんかで、無闇に伐れないだろう、、と思っていた
ところが、噂も聞いていたが今朝の新聞にこんなふうに出ていた

あの大木は、今川家にまつわる新城市の指定文化財のムクノキだったが
この度指定文化財を解除して伐ってしまうとの記事だ

最近、新城市では街路樹がバッサバッサと伐られている
自分のかかりつけ医院の前の街路樹のイチョウは、少しの間丸太切りの無残な姿を
見せ、その後影形もなくなってしまった
あの丸太切りにされたイチョウを見たときはこころに痛みを覚えた
生きているものをあんなふうに単なるものとして伐ってしまうとは、、、と

そのことがあったので、今回の決断を安易に喜ぶことはできないでいるが
今日気になったのは、この判断のことではなく記事の内容
そこには「地元住民が危険木として市に伐採を要望」の文字があることだ
記者さんは本当に地元住民のそのような声を聞いたのだろうか

他に考えられるのは「地元からこれこれの声があった」という市の発表を
そのまま書いたというものだが、今回はどっちなんだろう

報道は発表報道と調査報道とがあるそうだ
発表報道は文字通り「誰々がこのように発表したという事実」を伝えていて
その内容が本当かそうでないかはわからない

このように些細なことが気になるのは、以前にもこの手の記事で自分たちの
行動が無力化されてしまったことがあるからだ
それは思い出す度に怒りを覚えるが、新庁舎建設についての住民投票後の
実務協議の結果の発表で、このときは市の発表がそのまま記事にされて
あたかもそれが事実であるかのように報道されてしまった
(別の解釈もあったのに)

現在、世の中に出ている報道は圧倒的に「発表報道」が多い
時間がない大衆は、その報道を真に受ける
そして新聞に書いてあるから、テレビで報道しているから事実と思い込んでしまう

でも、そうばかりじゃない
疑い深くなったせいだけでなく、いろいろと情報を得るようにすると
記事とかテレビ報道はある一面を伝えているに過ぎないことがわかる

つまりは人は情報リテラシーを磨かなくてなあかんということ
だが、どうやって磨いていったら良いのやら


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