パンセ(みたいなものを目指して)

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戦場のピアニストを救ったドイツ軍将校

2020年03月27日 19時35分18秒 | 

やはり同じ様に感じていた人はいたようだ
何年か前、映画「戦場のピアニスト」を見た時に気になって仕方なかったシーンが有った
それは映画の最後あたりで、隠れていたシュピルマン(ピアニスト)を見つけたドイツ軍将校が
彼を捕獲するのはなく、ピアノを聴かせてくれと依頼して
それを聴き終わったドイツ人将校は、そのうちに救助が来るからと告げて去っていったシーンだ

映画が終わったあと、あのドイツ軍将校はどうなったのだろう、、
と気になって仕方なかった
それが今の今まで続いていたが、図書館でこんな本を見つけた

この本の訳者もあの映画のシーン(や彼の人生・その後)が
「喉に刺さった骨」のように心に引っかかっていたようだ

よくこんな本が図書館にあったな、、と思いつつ
コロナ対策で閉館中の図書館から借りてきた

気になる彼の名前は「ヴィルム・ホーゼンフェルト」
カソリックの信仰がベースにあるごく普通の立場の人間
その彼が歴史資料としてよく言われる「一次資料」なる手紙を
膨大な量残している
それは奥さんとの手紙のやり取りで、家族間のこともあれば
目前で起きている事態(残虐な行い)の報告やそれに対する嫌悪感
そして一人の人間として行ってきたことなどが書かれている
(ポーランド人・ユダヤ人の救出など)

手紙は深刻なものばかりではない
休暇で奥さんの元に帰ったときなどは、自然の中でホッとするところや
夫婦が会えないがゆえに互いに異性関係ができてしまわないか、、と不安に
思うところなどは、、ごく日常的であるがゆえに、同時に起きている
ドイツ軍のおぞましい行いが際立ってくる

この人の内面の変化、最初はヒトラーを否定はしていなかったのが
徐々に目前で行われていることを見るにつれ批判的に見るようになる
そして、ユダヤ人やポーランド人を(身内には)わからないように人道的に
(死から)救うような行為にいたる

そして威張りくさった態度でポーランド人やユダヤ人に相対するのではなく
人が人として向かうべき態度で、、最初から最後まで(それは彼の生き方として)実践される

フト、読んでて自分はこの立場になったなら、このようにできただろうか、、
気持ちやあるべき姿は理解できるが、果たしてできるかといえば、
正直なところとても自信が持てない
そうなると考えるのは、彼はその生き方のバックボーンに一体何があったのだろうか
ということになる
彼はカソリックの信仰が生き方に影響していたようだ
このカソリック(キリスト教)の信仰(の影響)は白バラ通信のショル兄妹にも共通することで
一神教はとかく争いを招きやすいと言われるが、このような人類愛に満ちた行動を導くのも
これまた事実のようだ

ユダヤ人の虐殺にローマカソリックは何もできなかった
との批判もある一方で、このような小市民の勇気ある行動もあるという現実
宗教は何をなしうるか、、、少し考えてしまう
一時期日本では実質的に無宗教だが、新渡戸稲造は日本には「武士道」があると
書いていたが、なんか少しばかり説得力のないものに思えてきた

歴史にはこうした表に出ることのない資料が必要だ
読んでいて連想したもう一つは、週刊文春で特集された赤木さんの詳細な手記のこと
これがあるとないでは後の歴史の検証が全く違ってくる
現時点では政権の都合でまともに扱ってもらえなくても、未来の一時期には
きっと重要な資料となるに違いない
赤木さんは少し意識して、ホーゼンフェルトは無意識に重要な資料を残した
時間はまるで意志があるかのように、その時々に少しだけヒントを与える
重要な資料を見つけるか、眠ったままになるか、、、

ホーゼンフェルトは普通の人格者で、シンドラーとか杉原千畝のような
ものすごいことをしたわけではない
だが、彼の行いを知ることは、、「人は生きるに値するか?」
とカミュがシーシュポスの神話で問うたことに
明らかに「是」の答えを出すべきだと思えてくる

まだいろいろあるが、とりあえず、、、

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