最近、週末に天気が悪かったり、仕事が入ったりで山に行けないでいるから、少しだけ山について呟いてみることとした。
登山にあまり詳しくない人には、「富士山に登ることが、山やを名乗るうえでの登竜門であり、登ったことのない者は登山を語る資格が足りない」みたいな感覚がそれなりにあるみたいで、以前、職場の人に「山をやっているそうだね。富士山には登ったの」と聞かれ、登ったことがないことを告げると、「えっ?」みたいな反応が返ってきた。そんなとき、自分は、「富士山は見る山で登る山ではない」という言い訳を使っているが、富士山以外に高尾山くらいしか知らない輩たちは、それを言い訳ともギャグとも取れない不思議なリアクションと捉えるみたいで、それ以上突っ込むことなく、お互いに愛想笑いのような苦笑いが湧いて出てくる気まずい雰囲気になる。なんだか、そんなことを思い出した。
年の初めに富士山を見に山に行ったこともあり、富士山のことを少しだけ真面目に考えてみたくなったわけだが、まあ、そんなわけで自分は富士山を歩いたことがない。登頂にまったく興味がないわけではないが、なにぶん、あの人気である。新型コロナのせいで少しは登山者が減ったようではあるが、それでもやはり二の足を踏んでしまうのは、自分だけではないだろう。多くの登山者もそう思うだろうが、自分の場合、山歩きに期待する要素として、「静けさ」や「自然回帰」といったことも大事にしているので、そうなるとおのずと富士山は山歩き対象から除かれてしまう。それでも、やっぱり気になる。富士山は、山やにとってそんな山なのだと思う。
とはいっても、現実としては、登山者は2023年も20万人をオーバーしたようで、登山期間が3か月もないことから考えると、やはり異常な数字で、今後、富士山人気が衰える時期を待ったとしても、おそらくは自分の残り少ない山人生一生待っていても、その時期は訪れないだろう。思い起こせば、2013年に世界文化遺産に登録されたことが、富士山人気に拍車をかけたのだろうが、そのことから外国人観光客も増加し、挙句の果てには入山料徴収ですよ。まあ、あの風貌・容姿だ。昔の人も現代の人も、日本人も外国人も登りたくなる気持ちはよくわかる。
北斎や広重がとりこになった富士山。そしてその作品に魅了された芸術の都パリを中心としたヨーロッパの人々。特にひまわりで有名なフィンセント・ファン・ゴッホ、あの画家も浮世絵のフジヤマに魅せられた一人だ。そんなことを考えると、今の世のインバウンドの富士山人気も、今に始まったことではないということか。
そんなことを考えていると、富士山のことがいとおしくて仕方がなくなってくる。令和の時代の人間でさえ、そう思うのだから、娯楽や情報量が絶対的に少なかった時代の日本では、どれほど富士山という山が憧れや崇拝の対象となったのか計り知れない。今住んでいる町は、富士山まで直線距離でおそらく160km以上離れた場所に位置しているのだろうが、1月の富士見登山でも多くの観光客が富士山を見に来ていたこともそうだが、こんなに離れた土地でも富士山の影響は、いたるところに見られる。今から600年以上も前の室町時代前中期にはすでにこの町に富士神社が創建されていたらしいし、町名にも富士見町(不二見町)があるなど、この町にもがっちりと富士山の意識が根付いているのが分かる。また、偶然なのかもしれないけど、この町の公園には、富士山型の滑り台がたくさんあるらしい。つまり、昔も今の世も、この町は普段目にすることのない、遠く離れた富士山を少なからず感じているということなのだろう。
そんな、日本国民にも外国人からも愛されている富士山。果たして登るべきだろうか。
まあ、この問題、久々に考えてみたが、やはりいくら考えてもすぐには答えは得られそうもないので、もう少し、富士山をめぐる世の中の動きを見ながら、自身の年齢を重ねていこうと思う。もしかしたら、そのうち何らかの作用が起きて、富士山を歩く機会に恵まれるかもしれない。いつになるかは分からないけど、しばらくはそうしてみよう。
それにしても、果たして、富士山は登るべきなのだろうか。あっ、また考えてしまった(笑)。