ふぶきの部屋

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日本一運のいい女ー新皇后の肖像 6

2018-10-17 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 メーガン妃は偉いわねー妊娠してもちゃんとご公務なさって。肌の色なんか関係ないわー要は覚悟よね。といいつつ、今回生まれてくるお子様は英王室の中で唯一肌の色が違う子なわけで。(さすがに白人と全く同じというわけではないでしょうし)

親同士は納得した上で結婚しているし自己責任だけどこの子が、兄弟が多ければいいけど一人ぼっちにならない事を祈ります。

それにしても「育児休暇1年」を要求したのに叶えられなかったからって「産後鬱」から適応障害になる日本の次期皇后ってなあに?だよね。

 1989年9月5日号

「皇太子お妃候補小和田雅子さん・25歳に怪文書が。

こんな馬鹿なことがあろうか。皇太子妃の第一候補の小和田雅子の祖父が、あの水俣病の水銀垂れ流しの原因株式会社チッソの、専務社長会長を歴任。しかも、水俣病の原因がチッソ工場排水と確定した37年に常務に就任した。その後41年に水俣病の原因アセトアルデヒトの生産中止するまで専務として、中止や損害賠償について何もせず。……≫(原文ママ)
 8月15日午後、本誌編集部に郵送されてきた“怪文書”はそんな書き出しで始まっていた。
 切手の消印は“名古屋中央”とあり、茶封筒の裏には“松本誠一”とボールペンで書かれていた。
 封筒にはワープロで打たれた19枚が同封されていて、現在、英国留学中の小和田雅子さん(25歳・外務省勤務)の周辺の人たちのことが克明に示されていた。
昭和48年までチッソの会長だった祖父のことを中心に、東大名誉教授、専修大教授、著名な評論家のおじから、雅子さんの父親のこれまでの行動等に細かくふれ、雅子さんが<皇太子妃にふさわしくない理由だ>というものだった。
 また、皇太子さまがファンでもある歌手の柏原芳恵が<小和田雅子の従姉妹>であり、<最近は下着一枚のセミヌードのビデオや週刊誌の写真に登場している>ことも“ふさわしくない”としている。
 雅子さんが最有力のお妃候補といわれて約2年。
 こんな“怪文書”が登場するあたりが“本命”といわれるところなのだろうか――。

 1989年9月28日。イギリスでマスコミに取材され「私は関係ありません」と発言。

 

 1989年10月 なぜかマスコミに満面の笑顔を向ける小和田雅子

 SPA1989年10月25日号

小和田雅子さんの母親が語った「お妃報道に娘は涙したこともあります!」

「皇太子殿下のお妃候補として、最有力とみられていた小和田雅子さん(25)が、「関係ありません」と自ら否定したことで、「お妃問題」は再び白紙状態に―。殿下の“意中の人”とまでいわれた雅子さんだったが、本誌の直撃取材に対し、雅子さんの母、優美子さん(51)も、同感した心中をのぞかせた」

 週刊新潮1989年11月23日号

「妃候補小和田雅子さんの線はこうして消えた」

雅子が皇太子妃になる可能性は全くありません。完全にゼロです

「「雅子が皇太子さまに四、五回お目にかかる機会があったということ。これは事実です。しかし、私が知る限り、小和田家としては、雅子がオックスフォードに留学する直前の昨年七月ごろに、東宮御所に対しては、しかるべき人を介し、皇太子妃ウンヌンはあり得ませんと、ハッキリお伝え申し上げてあるのです。もとより、それは御所から特別の意思表示がおありだったというわけではありません。」

「小和田さんがなぜあのような発言(私は関係ありません)をしなければならなかったかというと礼宮の婚約で興奮した日本のマスコミが「紀子さんの魅力に対抗できるのは雅子さんしかないとすっかり舞い上がってしまったからですよ」

「9月28日、自宅のアパートを出て図書館に向かった雅子さんを追いかけてインタビュー攻勢をかけたのですがその結果が案に相違して「私は外務省の研修生として研修が終わったら帰国し外務省に戻ります」という事実上のお妃拒否宣言。テレビ局としてはそこまでハッキリしや言葉ではなくむしろ、可能性をほのめかす程度の対応を想定していたようなのですがそれがすっかり裏目に出てしまったようなのですよ」

「それでまず起こったのが母親の優美子の心身耗弱。救急車で病院に運ばれて20日間程入院してしまったんです」

 どういうことかというと、皇太子がベルギー訪問をすることで、雅子さんとパリで会うんじゃないかという噂が立ち、マスコミが多数イギリスに押し掛けた。その結果母親の優美子が倒れ、アパートにまで押しかけられてSOSを発信した雅子さんはあのようなことを言ったというわけです。

 祖母の江頭寿々子も「雅子ちゃん、もうはっきり言いなさいよ」と言ったけど、

「本当は当人の口からはっきり言っておけばよかったのかもしれませんが相手が皇室だからそこまでは(話が)あったとは言ってはいけないしなかったとも言えない」ということで悩んでいたんだそうです。

 私はこれらの事から想像しますけど・・・・小和田家としては怪文書が出回るまではその気だったのではないかと。でもいわゆる怪文書に書かれていることは本当のことで、名誉に関わる、あるいは釈明せざるを得ず結果的に「私は関係ありません」になったのかなと思うんですね。でも妃候補である可能性は残したい。ゆえにはっきり「私は関係ありません」といいつつ、10月からはマスコミに笑顔を向けるようになったのではないかと。

さらに紀子妃の誕生が雅子さんに火をつけてしまったというか、この年にやたら雅子さんを持ち上げても意味がないと考えたのか、ほとぼりが冷めるまで妃候補から外れた振りをして、でも本当は「紀子妃なんかより上」と言いたかったのかなと。

 

 

 1989年11月 自分とは全く関係のないマートンカレッジ(皇太子がいたところ)を訪れた小和田雅子

雅子さんとしてはその気がないのは確かだけど、オックスフォードで修士論文を完成させられなかったことで挫折感もあったかもしれないし。回りの態度や目線を感じ、それを一掃するには「皇太子妃におさまる」ことが最も得だと考え始めたのかもしれません。

なんて計算高い女なんだ・・・・と思いますけどね。

 


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7 コメント

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Unknown (桜子)
2018-10-17 08:31:26
小和田雅子さんが計算高かったという今回のふぶきさんのまとめにはそぐわないコメントで申し訳ありませんが、雅子さんといえば一番影響が大きいのは外務省時代の不倫交際相手の存在ではないでしょうか。かなわぬ恋をされて、その気持ちを振り払うのが皇太子殿下とのご成婚への決意。そして、ご成婚後の交際相手の不慮の死…。そこからご公務がまともにできない精神状態への落ち込み。眞子さまの例を見るように、恋心というのは親でもどうにもできないものだと思います。皇太子とのご成婚は本来、小和田家にとっては娘の不祥事をすべてなしにしてくれるほどの事案だったのかとも思われます。まさか、精神面を病むほどのことだとは、想像もしていなかったのではないでしょうか。
学歴と家柄 (花物語)
2018-10-17 11:17:06
雅子様の華々しいキャリアの報道に接した時、「ああ、皇室は妃の選定方針を出自、家柄よりキャリア、という方向へはっきりと舵をとったのだな。」と、思ったのは私だけではなかったでしょう。
最高の血脈は皇太子にあるのですから、血脈をサポートする最高の才能を備えた妃に出自、家柄を求める必要は無い。と。
昔から言うじゃありませんか、「嫁は格下からもらえ」て。
「美智子様も皇太子妃が自分より家柄が上ではやりにくいからねー。でも、二代続けて庶民出身ではねー。
しかし、すごい人らしいし、何よりあの皇太子の嫁になってもいいというのだから、貴重よね。」
というのが、当時のおばさまがたの正直な感想であったように記憶しています。
でも、チッソには「雅子様本人が関わっていたわけではないし、本人がそれをどう捉えているかが問題。彼女のような明晰な方なら、きっと正しく捉えているだろう。」と、好意的解釈をした者たちの中にも、「三代前が不明。」と知っていたら、「それはない!少なくとも皇室にあってはならない。」と、反発する者はいたでしょうね。
私も、この時点で「三代前が不明。」と知っていたら、「うそー?!」と、今のKK母子に抱くと同じくらいの不安、と不快を覚えたでしょう。

当時は、本家の家柄ばかり報道されてましたから、まさか三代前が不明(公表できない?)とはね。
戸籍制度がしっかりしている日本では、どんなド庶民でも江戸末期の先祖(4~5代前)くらいは戸籍だけで解ります。

>なんて計算高い女なんだ・・・・と思いますけどね。


おっしゃる通りと思います。
雅子様一人ではなく、一家あげて、ですが。
あほな女でした (にゃんたろう)
2018-10-17 14:05:19
雅子だって、相手が良家では無理だろうけれど(調べられますからね)、それなりの戦後成金の家に嫁げば、それなりに好き勝手に気ままな奥様をやれたのだろうに。
雅子はあほだから、不倫したり堕胎したりして、妙齢の時期に自身を大事にしなかった。
学校や仕事は、お父様がどうにでもしてくれるから、テキトーに生きていればよかったしね。
江頭は、家の恥部を取り上げられるのが嫌で、祖母や優美子は、一瞬ひるんだものの、恒の野望はその程度ではなかったということ。
そして、美智子の意に沿ったということも大きかっただろう。
雅子はあほだから、なんだかしらないけど、お金持ちなんでしょ、皇太子さんって、わたし、英語話せるのよね、海外もたくさん行けるのだったら、まぁいいかもね。という程度だったでしょう。
そういえば、雅子と付き合った岡本行夫は、いまごろどんな気持ちでいるのだろうね。
普通にテレビに出ていますがね。
彼氏はふたり死亡 (満開彼岸花)
2018-10-17 16:40:16
外務省時代の不倫相手は、米国で不慮の死を遂げられていますが、大学時代のカレも「俺のマサコがお妃候補だって・・・?」と声を上げ、その後死亡しています。
どちらかは流れ弾に当たったようだったうろ覚えがあります。
二人とも単なる事故死だったんでしょうか。
確率としてはとても低いですよね。
江頭のお祖父様も、チッソのあと処理ではかなりヤクザふうな面をお持ちだったようです。
それを考えると口封じを疑ってしまいます。
外務省の方は自分の出世にも関わるので、決して自分から口に出すことはされなかったと思います。
でも雅子さんがあれほど神経を病んだのは、雅子さん自身思い当たる節があったのではないかと穿った考えをしてしまいます。
昭和天皇が御存命なら (みかんちゃん)
2018-10-17 16:57:03
ふぶき様
昭和天皇が反対なさっておいででしたよね。
御崩御なさった途端、外務省だの、東大だの、ハーバードだの、大持ち上げて大騒ぎのゴールインでした。
お妃教育も途中で放棄しましたよ。
理由がこれまた凄い。
英語でやってほしいと。
騙されましたね。
マスコミの報道とは、怖いものです。

皇太子妃になったら、
何のことはない。
ただの面倒くさがりの怠けグセのわがまま娘。
英会話もままならず、公人との会話で場を持たせることも出来ない。
せっかく赤ちゃんを授かったのに、海外に無理に行ってワイン飲みすぎて、流しておしまいになった。
日本の最高医療の権威と技術を駆使した試験管ベイビーでしたが、まさかの女の子。

覚悟も持たずに入内したから、潔斎が嫌だと。笑
神宮は聖域です。
不浄では、入れない神域です。
要職にある職員は潔斎しますよ。
そんな特別なものじゃない。
心と身体を清める儀式です。
それとも
違う宗教だから、鳥居は潜れないのかな?
神域は身の毛もよだつほど、お嫌らしい。
皇室を王室と間違えた?
どうかしてます。
日本は神様の国ですから。
祭祀王がいてこその日本ですから。
雅子さんは誕生日が来たら55歳ですね。 (ふらん)
2018-10-17 20:27:53
潔斎拒否の理由に生理を聞かれるのが嫌だとありましたねー。
そんな奥ゆかしいタマかよ!って突っ込みました。
さて、55歳になられる雅子さん、もう上がってらっしゃいますよねー。
なので、生理を聞かれるのはプライバシーがどうの、なんて言い訳できないですね。
Unknown (味彩)
2018-10-18 14:40:54
この人の記事は、〇〇の見通しとか〇〇に同行?とか~結局どれも無しでおわる。
やろうとしたけど無理だったイメージだけが残り、積み重ねて「可哀想な雅子様」が出来上がった。バンザイ、堂々休める!
何事もコツコツを、身体を張って教えて下さいましたね。

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