Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月26日)  

2020年09月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,若年でも重症化するひとの原因,重症患者における消化器合併症の特徴,長期化する嗅覚障害と嗅球の萎縮,パンデミック後に片頭痛発作が減った患者,肺病変を伴わないCOVID-19髄膜炎,パンデミックが脳神経内科研修医に及ぼした影響,オペレーション・ワープ・スピードとワクチン開発成功の条件です.

7月に,重症化する35歳未満の男性の遺伝的要因として,X染色体上のTLR7遺伝子の機能喪失変異が同定されていました(JAMA. July 24, 2020. doi.org/10.1001/jama.2020.13719).この遺伝子変異により,ウイルス防御を司るⅠ型インターフェロン(IFN)反応が抑制されてしまうため,COVID-19に対する十分な免疫が働かないものと推測されていました.今回,Science誌に2つの論文が報告され,TLR7遺伝子以外の13の遺伝子変異により,もしくは自己抗体により,I型IFN反応が抑制される患者では重症化しうることが明らかになりました.つまり遺伝学的に,もしくは免疫学的に,I型IFN反応=ウイルス防御機能がはたらかない人は重症化することが示され,COVID-19に対するI型IFN反応の重要性が改めて確認されました.

◆I 型インターフェロン反応を司る遺伝子の変異は重症化を招く.
フランスや米国等による国際共同研究.インフルエンザウイルスに対してTLR3およびIRF7依存性 I 型IFN反応を司る13のヒト遺伝子座が知られている(図1).COVID-19患者において,重症例の659 名,および無症状または経過良好の534名を比較したところ,重症例において前述の遺伝子座に機能喪失(Loss of function:LOF)が生じると予測されるまれな変異体が密に存在していることが見出された.これらの13の遺伝子座を詳細に調べたところ,23名の患者(3.5%:17~77歳)において常染色体劣性または優性遺伝形式と考えられるLOF変異を同定した.さらにこれらの遺伝子変異を有するヒト線維芽細胞は,実際にSARS-CoV-2ウイルスに対して脆弱であることを確認した.TLR3-およびIRF7依存性I 型IFN反応の先天的なエラーは,COVID-19の重症化の原因となる.
Science. Sep 24, 2020(doi.org/10.1126/science.abd4570)



◆I 型インターフェロン反応に対する自己抗体は重症化を招く.
同じくフランスや米国等による国際共同研究.重症化したCOVID-19患者987名のうち,少なくとも 101名がIFN-ω(13名),13 種類のIFN-α(36 名),またはその両方(52名)に対する中和 IgG 自己抗体を有していたことが確認された.これらの自己抗体はin vitroの実験系において,対応するIFNがSARS-CoV-2ウイルス感染を阻害する作用を中和した.これらの自己抗体は,無症状または軽症のCOVID-19患者663名には認められなかったが,健康な1227名のうち4名にのみ認められた.自己抗体を有する101名の年齢分布は 25~87 歳であった.65歳以上は50名,65歳未満は51名で,65歳以上での頻度が高かった(オッズ比1.61).また95名が男性であり,男性がCOVID-19に脆弱である一員となる可能性が考えられた(オッズ比5.22).男性の12.5%,女性の2.6%において,先天的なI型IFN反応のエラーによるB細胞自己免疫のフェノコピー(表現型模写)が,COVID-19重症化の原因となる.
Science. Sep 24, 2020(doi.org/10.1126/science.abd4585)

◆COVID-19重症患者では消化器合併症(イレウス,腸間膜虚血)が多い.
米国からの報告.COVID-19に伴い急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈した重症患者と,COVID-19以外の原因によるARDS患者の消化器合併症の発生率を比較した.全患者は486名で,そのうち242名がCOVID-19 による患者,244名が非COVID-19(細菌性肺炎,誤嚥,インフルエンザなど)による患者であった.傾向スコアマッチングを行ったCOVID-19によるARDS 92名と,COVID-19以外のARDS 92名を比較すると,前者は消化管合併症を認める頻度が高かった(74% vs 37%;P < 0.001;発症率比,2.33).発生率の差は,3日目以降で明らかになった(図2).具体的な合併症としては,COVID-19を有する患者では,高トランスアミラーゼ血症(55% vs 27%;P < 0.001),重度イレウス(48% vs 22%;P < 0.001),および腸間膜虚血(4% vs 0%;P = 0.04)が多かった.
JAMA. Sep 24, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.19400)



◆神経合併症(1).長期化する嗅覚障害では嗅球の萎縮が見られる.
ギリシャからの報告.これまで,COVID-19による嗅覚障害を長期的に呈した患者のMRI所見に関する報告はない.このため40日以上(持続期間の中央値70.5日)嗅覚障害を認めた成人の非入院患者8名について前方視的な検討を行った.この結果,両側の嗅球の高さは健常対照群(図3C, D)に比べて有意に低く,7名(88%)の患者で軽度から中等度の嗅球萎縮を呈していた(図3A).また4名で嗅粘膜の肥厚が認められ(図3A),1名(12.5%)では造影効果も認められた(図3B).以上より,長期に嗅覚障害を呈する患者は嗅球萎縮を呈する.つまりSARS-CoV-2ウイルスが嗅覚路を介して中枢神経系に侵入し,嗅球の神経細胞に永続的な損傷を引き起こす可能性を示唆する.
Eur J Neurol. Sep 16, 2020(doi.org/10.1111/ene.14537)



◆神経合併症(2)パンデミック後に発作が減った片頭痛の1例.
COVID-19に対するN95マスクなどの着用は,医療従事者の81%に新規の頭痛の発症,または既存の頭痛の悪化をもたらすという報告がある(Headache 2020;60:864-77).これは頭部/顔面の痛みや耳介の不快感,不十分な水分補給,低酸素血症や過呼吸症などが組み合わさって,頭痛を引き起こすものと考えられている.
今回,ポルトガルから,逆にマスクの着用によって発作の予防が困難であった片頭痛が改善した43歳女性(病院事務職)が報告された.12歳頃に発症した前兆のない片頭痛で,香水,汗,タマネギの匂いなどの強い匂いによって発作が誘発されることが多く,嗅覚恐怖症を呈していた.予防薬であるトピラマートやプロプラノロールは効果がなかった.しかしパンデミック後,職場でサージカルマスクの使用が義務づけられたのち,発作が生じなくなった.このように,嗅覚刺激によってのみ片頭痛が誘発される患者では,マスクの使用により予防が可能であることが示された.
Headache. Sep 23, 2020(doi.org/10.1111/head.13964)

◆神経合併症(3)肺および頭部画像検査は正常で,髄液PCRのみ陽性のCOVID-19髄膜炎.
イランからの報告.49歳女性が,発熱,頭痛,嘔気・嘔吐にて発症したが,呼吸困難や意識障害はなかった.鼻咽頭拭い液PCRは陰性で,胸部CTも正常であった.発症3日目から項部硬直が認められた.髄液検査でウイルス性髄膜炎パターンを呈していた.頭部MRIは慢性虚血性変化のみ認めた.髄液PCRが陽性で,COVID-19髄膜炎と診断した.ロピナビル単独による治療が行われた.1 週間後の髄液検査ではタンパク増加と,PCR陽性が再確認された.症候は徐々に改善し,髄液検査も正常範囲となったため21日後に退院した.以上より,肺病変・頭部MRIに異常を認めず,髄液PCRのみ陽性となる髄膜炎が生じうることが示唆された.
Eur J Neurol. Sep 14, 2020(doi.org/10.1111/ene.14536)



◆パンデミックは脳神経内科研修医の成長に悪影響を及ぼした.
イタリアからの報告.COVID-19パンデミック時の脳神経内科研修医の臨床,研究,教育活動の変化と,感染リスクを軽減するために各施設が行った措置について,インターネットを用いて調査を行った.対象は79名の研修医で,その87.3%がパンデミック後,脳神経内科の業務が大幅に減少したと回答した.また17.8%がCOVID-19専門病棟に招集ないしボランティアとして参加していた.また60%以上の研修医が,研究活動の縮小や中断を経験した.パンデミックが研修に与える影響について,研修医のほぼ70%が,脳神経内科医としての成長に悪影響を与えたと考えていた(図4).さらに研修医の69.6%は職場で感染者に継続的に遭遇していたが,施設によってその監督と予防措置は異なっていた.以上よりパンデミックは,脳神経内科研修医にとって,教育方法や臨床・研究の研修において,主観的には悪影響を与えたことが分かった.またパンデミックは教育施設や研修プログラムに多くの課題をもたらした.神経学教育の質を確保するためには,これらの問題に迅速に対処することが重要で,国際的なコミュニティ間で解決策やアイデアを共有することは,これらの問題への対処に有用と考えられる.
Neurology. Sep 16, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010878)



◆ワクチン開発の成功に必要なものは「透明性,科学的な誠実さ,公的信頼」である.
N Engl J Med誌にワクチン開発に関する論評が発表された.結論として,ワクチンの成功の要因として,①ワクチンが安全で効果的であるとの確信が広まること,②ワクチン配布の優先順位を決める政策が公平でエビデンスに基づいていることを挙げている.しかしパンデミックが壊滅的な結果をもたらしたように,科学と専門知識への信頼は現在,脅かされ,ワクチンに対する国民の信頼は必ずしも高くない状況である.5月にトランプ米大統領は,ワクチン開発の方針をプロジェクト「オペレーション・ワープ・スピード」と名付け,時空をワープしてしまうほどの高速で開発を進めると述べた(図5).事実,製薬会社,学術研究者,政府機関が,通常であれば少なくとも数年は要するとされるワクチンの迅速な開発に向けて,前例のない努力を行っている.しかしそのプロジェクト名でさえ,安全性と有効性に関して手を抜いていると解釈されてしまう可能性がある.ワクチンを承認するFDA(米国食品医薬品局)は,科学的根拠にのみに基づいて独立して判断を行い,承認や緊急使用許可に必要なエビデンス基準に関して妥協しないと述べ,それらの懸念を払拭しようとしている.この論評も「透明性のある科学に基づいたプロセスを進め,国民の信頼を得ることはワクチンの成功のために極めて重要である」と述べている.→ 裏を返せばこのように強調しなければならないことは,それが容易なことではないこと,つまり政治的介入の懸念があることを示している.事実,トランプ大統領はFDAの緊急使用許可の基準の厳格化について「ホワイトハウスの了承が必要だ.了承するかもしれないし,しないかもしれない」と9月23日に述べている.
N Engl J Med. Sep 23, 2020(doi.org/10.1056/NEJMp2026393)



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