【2019年森環生誕祭】Listen♪【便乗短編】 | あるひのきりはらさん。

【2019年森環生誕祭】Listen♪【便乗短編】

■Listen♪

 

「はぁ……」

 とある平日、時刻は18時を15分ほど過ぎたところ。

 仕事を終えて帰る支度をしていた支倉瑞希は、カバンの中を覗き込んでため息をついた。

 隣の席でパソコンを操作していた統治が、首を動かして彼女を見やる。

「支倉さん、何か困ったことでも?」

「あっ!? いえ、その……えっと……」

 統治の問いかけに、瑞希は目に見えて狼狽した後、「仕事とは関係ないんですけど……」と断りを入れてから、もう一度、ため息をついた。

「電車の中で、音楽を聞いているんですけど……朝、イヤホンから音が聞こえなくなってしまって。帰りはちゃんと使えるといいなって……」

 瑞希は石巻から電車で通勤しているが、乗車時間は1時間強、決して短くない。

 同じ方向に帰る人物もいないので、誰かと喋って時間をつぶすことも出来ず……ましてや今の時間は車内も混み合うため、好きな音楽を聞きながら時間を潰すのが日々の過ごし方になっていた。

 統治もまた、イヤホンは日々使うものなので、突然聞こえなくなった時の悲しみはよく分かる。

「よければ一度、見せてもらってもいいですか?」

「えっ!? あ、はいっ!! ぜひぜひ何卒お願いしますっ……!!」

 意外な申し出を受けて、瑞希は慌ててカバンの中からイヤホンを取り出した。ケーブルが薄いピンクで、イヤーピースはホワイト、耳の少し奥まで入れて使う、カナル型と言われているタイプである。

 それを受け取った統治は、自身のスマートフォンを取り出すと、そのヘッドホン端子に瑞希のイヤホンを刺した。そして、イヤホンを瑞希に装着するように促した後、スマートフォンの音楽プレイヤーを立ち上げて適当な曲を再生しながら、接続部分の付け根を持って軽くねじったり、刺し直したりして、彼女の反応を伺う。

「何か音は聞こえますか?」

「え、えっと……たまに雑音が聞こえるだけで、音楽は、その……」

「そうですか……おそらく断線していると思います。これはいつ購入したものですか?」

「え、えっと……2年位前、かな……」

「メーカー保証は大抵1年間ですので、保証も切れている可能性が高いですね……自宅の保証書を確認していただきたいところですが、予備も含めて1つ、新しく持っておくことをおすすめします」

「そ、そうなんですね……!! た、確かに、いきなり聞こえなくなると困っちゃいますからねっ……!!」

 統治の言葉に瑞希はコクコクと頷きつつ……帰り道、電車に乗る前に、駅前のヨドバシカメラにでも立ち寄ってみようかと思案する。

「イヤホンかぁ……安いの、あるといいなぁ……」

 日々使うものなので、音質より耐久性を重視したい。統治からイヤホンを返却してもらった瑞希は、それを鞄の中に片付けながら……ふと、この場に居ない少年のことを思い出した。

 そういえば彼は、ヘッドホンばかり使っている……気がする。

 何か理由やこだわりがあるのかどうか、詳しいことは知らないけれど……例えば、折りたたみが出来るヘッドホンであれば、カバンに入れて使うことも出来るのではないだろうか。

 今使っているイヤホンは密閉性が高い分、必要な音まで遮断してしまうことがある。

 ヘッドホンを使えば、音の聞こえ方が変わってくるだろう。

 

 違う世界に気がつくことが出来るかもしれない、そんな、根拠のない予感。

 

「ヘッドホンも、見てみよう……かな」

 瑞希がボソリと呟いた言葉に、何かを察した統治は意味ありげな笑みを浮かべる。そして。

「森君がよく使っているのは、オーディオテクニカのヘッドホンですよ」

「そうなんですか!? えっ、えっと……オーディオ、オーディオ……!!」

 慌てて反芻する瑞希に、統治は肩をすくめつつ……「先程見せてもらったイヤホンと同じメーカーですよ」という単語を飲み込んだ。

 

 

■参考にしたイラスト