【2020年富沢彩衣生誕祭】綻び【便乗短編】 | あるひのきりはらさん。

【2020年富沢彩衣生誕祭】綻び【便乗短編】

■綻び

 

 富沢彩衣は、とても器用な人間だ。

 マニュアルを読めば大抵のことはそつなくこなすことが出来る。料理も、仕事も……その全てをのみこむのが、人よりも少しだけ早かった。

 だから……編み物も、本を読めば人並みに出来る。

 編み物は基本的に、同じ作業の繰り返し。コツコツと実直に積み重ねた先に、綺麗な完成品がある。

 けれど……。

「……あ……」

 マフラーを3文の1ほど編んだどころで、一箇所、網目がズレており……不格好になっていることに気付いた。

 今ならやり直しが出来る。彩衣はそう思って編み棒から毛糸を外すと、問題の箇所まで毛糸を解いていった。

「いつの間に……」

 自分のペースで淡々と積み重ねたつもりだったのに、いつの間にか、綻びが生じていて。

 

 まるでそれが、自分の人生のように思えてしまう。

 幸せだと思っていたのに。

 父親がいなくても……家族だけで、生きていけると思ったのに。

 

 急に生じた綻びが、全てを台無しにしてしまう。

 

 彩衣は静かに眼鏡を外すと、視線の先を漂う無数の『縁』を見つめた。

 そして、その中の1本に目を細め……静かに、息を吐く。

 

 名杙直系の『彼』との、忌まわしき『関係縁』。

 これがある限り……自分の人生は、きっとまた、どこかで必ず綻びる。

 悪夢はまだ――終わらない。

 

 

 

参考にしたもの