「イサム・ノグチ展」のフライヤー
30イサムノグチ





































20世紀を代表する総合芸術家といえば、まず思い浮かべるのが
イサム・ノグチである。

過去、彼の展覧会を数多く見てきたが、その都度新しい発見があ
り、驚きがあり、その結果ほのぼのと良い気分にさせられた。
最高級のブランデーを飲んで酔ったような余韻にひたることがで
きる芸術家は、他にはいない。

多彩な活動のすべてを網羅した「イサム・ノグチ展」が香川県立
ミュージアムで開催されていると聞き、駆け付けた。

今回どうしても見たいと思った作品は「北京ドローイング」と称
される墨絵である。

会場に入ると、壁面にずらりと並ぶ巨大な墨絵のドローイングに
圧倒された。まず毛筆の太く力強い描線によってフォルムが大胆
に捉えられ、そこにやや細い筆で細かな描写が加えられ、人体が
見事に表現されている。

イサム・ノグチは、日本人の詩人・野口米次郎を父に、アメリカ
の作家レオニー・ギルモアを母に持ち、1904年に生まれた。

26歳の時、芸術の更なる展開のために、ニューヨークからアジア
へと旅立つ。訪れた北京で、篆刻・水墨画の巨匠、斉白石(せい
はくせき)に墨絵を習い、独自の様式を完成させた。

毛筆の躍動する動きで、身体のフォルムや動き、エネルギーを掴
みとろうとした。ノグチにとって、身体は常にテーマであり続け
るが、北京ドローイングはその後の作品の起点となっていること
を実感した。

北京ドローイングの作品
30イサムドローイング



























今回の回顧展は、「彫刻から身体・庭へ」という副題がついてい
るように、各時代の代表作が揃っていて見ごたえがある。

彫刻のみならず舞台美術や家具デザイン、陶芸などジャンルを超
えた幅広い活動を展開する。彼は「身体」への関心から、肉体と
自然との対話を求め、やがて空間の彫刻、庭園の仕事に着手する。

陶作品(テラコッタ)では、日本の伝統や自然の中から抽出した
フォルム、例えば埴輪を現代的でユニークな形へと蘇らせている。

また、日本の石庭から想を得て、ニューヨークの街に巨大な庭
「沈床園」を建設している(写真参照)。

石彫では、人間の身体感覚を大地や環境へと結びつけ、空間へと
広がる世界を実現させた「アーケイック」は代表作だ。

照明器具「あかり」は、伝統的な岐阜灯籠を現代風にアレンジし
たもので、ノグチはこれを光の彫刻と呼んでいる。あかりは、現
代でも人気があり、多くの人々がインテリアとして取り入れてい
る。

彫刻の作品「アーケイック」と、あかりシリーズの作品
30イサム作品2点



















空間彫刻の代表作。ニューヨークの街にある「沈床園」
30イサム作品建築






 


























ノグチは晩年、香川県牟礼町に住居とアトリエを構え、制作を行
った。彼が目指した異文化との融合、生活と環境の一体化は、芸
術と社会のつながりを求める21世紀の先駆けといえるだろう。

牟礼町のアトリエは宇和島市にあった藏を、住居は古民家を移築
したもの。敷地内の小さな丘は自分の墓地として築いたという。

世界を舞台に活躍したノグチが、日本をこよなく愛した証左であ
ろう。同じ四国の地にこのような大芸術家が住んでいたことを誇
りに思ったことである。