腎臓移植から1年
久々のブログ更新。
2022年11月8日に腎臓移植をおこない、今日でちょうど1年が経ちました。
移植後から数値の低下もなく今を迎えることができ、いろいろと支えてくれた家族、そして激励してくれた友人たちに感謝です。
そして何よりも腎臓を譲ってくれた母に感謝の気持ちを伝えたいです。
お母さん、ありがとう。
手術の後、自分じゃ何も出来なくて、傷口が痛すぎて寝るのも苦しく、寝がえりも出来ず床ずれができ、それから少しずつ出来ることが増えてきたことに感動の日々でした。
移植の手術を経験し、心の底から「当たり前なことが当たり前じゃないこと」を感じました。
平井 大 / 題名のない今日
https://www.youtube.com/watch?v=mfwdvhYIGtw
この曲は移植の後に聴いて、涙が止まらなかった曲です。
「
なにげない日常に花束を
なにげない景色に額縁を
題目のないこんなありふれた今日が
僕たちが描いてきた
生涯一の名作さ
」
もしかしたら明日死んでしまうかもしれない。
もしかしたら明日、大切な人がいなくなってしまうかもしれない。
そう考えると、今当たり前だと思っていることは、すべて奇跡です。
心からそう思ったあの頃の気持ちを、これからも忘れずに生きていきます。
あらためまして、自分と出会ってくれた皆様、ありがとうございます。
母と面会
今日は久しぶりに母が入院しているリハビリ病院へ面会に行ってきました。
普段は入院中も家族が面会しに行ったときも、人と目が合うと瞼を閉じてしまいます。
右脳の大部分が脳梗塞で壊死してしまったため、高次能機能障害で認識する能力も言語を発する能力も回復の見込みがないと判断されています。
だから、目の前にいる人が家族であることも、名前もこれまでの過ごした記憶も思い出せない状態になっています。
しかし、嬉しいことに6月13日ぶりに目をパッチリ開けている姿を見ました。
前回同様に話しかけたりすると瞼を閉じてしまいましたが、姉が作ってくれた写真アルバムを見せたらパッチリあけて、無反応ではあったけど一枚一枚しっかり見てくれて時々目で追うときもあって、最後の写真までずっと目を開けて見てくれました。
実は、ここ2ヵ月の中でいろいろなことがありました。
6月と7月中旬までは定期的に面会できていたのてすが、7月19日に病院から連絡あり、同じ部屋の患者さんがコロナに感染して検査をしたところ陽性が出てしまい、翌日に高熱は出たものの無事に収まりました。
ですが予約なしでの面会ができるようになったことも影響してか、そのあともコロナになってしまった患者さんが増え、面会ができなくなってしまいました。
昨日、また面会が再開したと連絡を受け、今日は久々に面会できました。
他にも、入院期間中に介護認定申請をおこない、病院のリハビリ評価点数はオール1の全介助だったので間違いなく要介護5だと思っていたのですが、届いた認定証が要介護4であったことは不思議でたまりません。
そろそろリハビリ病院にいられる期間も迫ってきたのでこれからの方向性として胃ろうにするか中心静脈カテーテルにするかを相談員や家族とも慎重に話し合いましたが、胃ろうにする方向で考えていくことになりました。
医者としては今後回復することは極めて難しいと言われていますが、希望を持っていきたいと思います!
母の介護認定申請
今日は市役所の高齢福祉課へ。
介護保険に関係する仕事をしているので高齢福祉課へはしょっちゅう行ってます。
仕事関係の申請関係を終え、「今度は個人的な相談なのですが」と前振りし、母の介護保険認定申請をしたい旨を伝えました。
先週末、リハ病院の相談員から姉に連絡があり、2つの2つのことが伝えられました。
一つ目は今週土曜日に飲み込みの検査(嚥下機能評価検査のことかな?)をおこなむ旨の話。
そして二つ目は介護保険の認定申請をおこなってくださいとのことでした。
今後どうなるかまだ分からない状況ですが、介護保険が利用できるまでに回復してもらえたらなと思います。
リハ病院に転院して早くも2週間が経過し、先週も面会に行ってきましたが相変わらず疲れているのか目蓋を開けず、途中からいびきをかいて寝てしまう状況です。
明日も柏に仕事に行く予定があるので面会に行ってきます。
今度は母の好きな中島みゆきさんの曲を聴かせたいと思います😄