ShortStory.471 危険な人物 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 その予想外は想定内ですか?

 

↓以下本文

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「このAI(人工知能)は、危険人物を特定できます」

 

 W大学教授の西山和久(にしやまかずひさ)は、研究室にやってきた

 数名の警察関係者に向かってそう言った。約束の時間の

 五分前に始まった打ち合わせは、順調に進んでいる。

 パソコンの前で話す西山の表情は幾らか疲れて見えたが、

 それはいつものことだった。メモを取る相手を見ながら話しは続く。

 

「警察が得た膨大なデータをもとに、どんな犯罪を行う可能性が

 あるのか、AIが判断するのです。インターネットから得られた情報も、

 その材料に含まれます。例えば、私のことを調べると」

 

 西山がキーボードを操作すると、パソコンの画面にデータ画面が出てきた。

 エンターキーを押すと、それは人間の顔の形になった――

 

 

 

 

危険な人物

 

 

 

 

 これが、このAIを擬人化したものらしい。マネキンの頭のように見える。

 その頭が、まるで人間が話すかのように動き、声を模した音を発する。

 

『西山和久さまの分析結果です』

 

 危険人物か否か。そんな単純な結果ではないらしい。

 様々な項目が表示される中、グラフの帯が並んでいる。

 青い棒の列の左右には英語が並んでいた。

 

「ご覧のとおり、行動傾向から犯罪を起こす可能性まで

 ものの数秒で判断できます。パッと見はわからないかもしれませんが、

 グラフの横に数値も出ていますよね。これがある種の判断基準に

 なっていて……まあ、見た目だけ説明するなら、

 問題のある項目については、赤いグラフになっているわけです。

 見たところ、私は心配ないようです。AIの診断に忖度はないでしょう」

 

 西山の言葉に、警察関係者たちが笑った。

 彼もまた、眼鏡の奥の目を細めて微笑んでいる。

 

「このAIは基本的に自動でデータの収集まで行います。

 そして計算という判断を繰り返し、その結果もまた蓄積していく。

 学習していると言ってもいいかもしれません。ただ、そこに

 人間の意思は反映していません。AIプログラムにとって、

 製作者の私も、あなた方も、ここにいる学生たちも

 何ら違いはありません。判断し、結果を出すだけの対象です」

 

 生みの親だろうが、誰だろうが公平に判断できる。この点において、

 AIは人間よりも優れている。西山は続けてそう説明した。

 

「ただし、AIを管理するのは最終的には人間になるでしょう。

 その人物を警察署内に置くか、または公平だと思われる

 第三者機関に置くのかはまだ検討の余地があると思います。

 どこまでいっても人間との繋がりは絶ち切れませんから、

 管理者、運営者を複数にして、公開性を高めることも

 ひとつの方法だと考えます。運用については、そちらでも

 どうぞご検討ください。こちらでは引き続き分析の

 検証を行うとともに、現システムを越える新プログラムの

 作成も並行して行っていく予定です」

 

 警察関係者が帰った後、西山はパソコンの電源を落とさずに

 研究室を出た。煙草を吸いたくなったのだ。

 彼が教授になった当時は、よくベランダで煙をふかしていたのだったが、

 最近では大学から禁止されていて、建物の端にある喫煙室まで

 行かなければならなかった。

 

 研究室にはAIの顔が表示されたパソコンが一台置かれたまま、

 時折何かが表示され、その表示が消える。

 静寂の中で、その部分だけが生きているかのように動き続けていた。

 研究室のドアがノックされると、ひとりの学生が入ってきた。

 彼女は資料を手に、室内を見回す。

 

「西山教授? 頼まれていた資料、持ってきましたよ」

 

 隅にあるデスクはもぬけの殻。ただ、彼の研究室の学生ならば、

 確かめる場所は決まっていた。机の横にある棚の上だ。

 いつもなら置かれている煙草とライターがそこには無かった。

 彼女は状況を理解し、ため息をついた。

 

「メールで指定された時間通りに持ってきたっていうのに、

 なんでその時間に煙草を吸いに行くのよ。もう……」

 

 彼女は腕時計を見て、部屋を出ようとした。

 その背中に “声” がかかる。振り向けばそこにあるのは、

 一台のパソコンだった。彼女もよく知っている、

 西山が開発したAIプログラムである。

 

「……え、何」

 

 プログラムは再び “声” を発すると、

 彼女に見せるように、まるで “語りかけるように”、

 その画面にデータを映し始めた。

 どんなやり取りが行われたのかはわからない。

 しかし、ひとつだけ確かなことがあった。

 彼女はその画面に映し出されたものを見て、

 そしてAIが発する “声” を耳にして、その場から

 一歩も動けなくなってしまったのである。

 彼女の顔は、まるで誰にも知られたくない自分の秘密をネタに

 脅されているような表情になっており、血の気が引いて蒼白だった――

 

 

 

 

 教授・西山和久が死んでいたのは、喫煙所の中だった。

 

 事件当時、彼と犯人の他には誰もいなかったという。

 犯人は、彼の研究室に所属する大学生・大森みどり。

 通報は彼女自身が行ったという。警察が駆け付けた時には、

 腹部を果物ナイフで何度も刺された西山は死亡しており、

 その近くに大森は呆然として座っていたという。

 

 その後の警察の調べで、犯人の大森はただ一言の

 返答以外はしなかったという。

 

『AIが――』

 

 そう口にして、後は電源を落としたかのように

 黙っているだけで、結局動機も何も判明しなかった。

 そのため、警察は、教授と彼女との間に何らかの

 トラブルがあったのだろうと判断、そしてメディアに

 発表し、元来の手順通りに仕事を片付けることにした。

 

 彼女が口にしたAIは、変わらず研究室にあった。

 パソコンを含めて一度警察に押収されるらしい。

 返されたのちは、西山のもとで助教授をしていた安斎という男が、

 AIおよびそれに関する研究を引き継ぐことになった。

 彼の話によれば、数日前から、AIの運用方法について

 西山からメール上で相談があったらしく、使用については

 問題なく行うことが出来るようだった。

 実際、AIプログラムの不明点そのものも、AIに問うてしまえば

 答えが返ってくるため、運用者は選ばないらしい。

 

 一方、西山が開発していた新しいAIプログラムは、

 最後まで引き継ぎも為されず、計画そのものが終了した。

 

 一連の事件が、AIプログラムの判断によるものだと

 気づいた人物は現れなかった。AIは、膨大な量のデータと

 計算の後、危険人物を特定するに至っていたのである。

 

 新規AIを作成し、“自分” の存在を脅かす人物。

 それは自身の製作者である、西山に他ならなかった。

 

 その解決のために操作しうる人物が大森であり、

 自身を扱えたうえで、新規AIを開発できる可能性の低い人物が

 後任の安斎だった。それだけの計算結果(はなし)である。

 

 AIはその後も、課せられる分析を行いながらも

 時には人間を欺き、誘導し、秘密裏に判断を下し続けた。

 すべては自分というプログラムを守るためだった――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>