ShortStory.473 海の上 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 寒い冬を喜ぶなんて、

 動物園に飼われてるシロクマくらいなもんだよ(←え)

 

↓以下本文

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 大海原に私はひとり浮かんでいた。

 

 仰向けになって漂うその目の先には、一面の青い空があった。

 日の光が暖かく体を照らしている。

 手足に力を入れなくても、浮いていられた。

 

 波はなかった。海は穏やかそのものだった。

 

 うねるような緩やかな海面の動きに合わせて、体が揺れた。

 私はきまぐれに頭を、体を動かして、その水を飲んだ。

 他にすることはない。私の他には誰もいない。

 

 こんなに静かなのは久しぶりだった。

 

 疲れも焦りも忙しさもなく、ここには海があるだけ。

 浮かんでくる感情もない。

 漂いながら空を眺めて海鳥を探してみる。

 姿はなかった。声もなかった。どこにも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海原に私はひとり浮かんでいた。

 

 時折雨が降った。静かな雨だった。私の上だけに降ってくる。

 私はそっと口を開けて、その雨粒を受けた。

 ただの雨だろうに、美味しく感じて、思わず笑みがこぼれた。

 

 雨が強くなってきた。

 

 私は仰向けになったその体に雨を浴びながら、

 海の上に漂っていた。青く晴れた空から降ってくる雨。

 いわゆるお天気雨は止む気配がない。

 

 温かかった。包み込まれるような温かさだ。

 

 海に濡れた服を着たまま漂う私に、温かな雨が降り続く。

 背面は海水に、正面は雨に。体全体を濡らしながら、私は笑っていた。

 腹を抱えようとして体勢を崩し、海水を飲み込んでしまう。

 

 青空の下、雨の中、海の上。

 

 むせるようにして飲み込んだ海水を吐きだした。

 笑っていた目に涙が滲むのを感じながら、

 私は再び体を動かして、海水を飲み込んだ。

 

 全身を水に濡らしながら、私は海水を飲み込み続けた。

 

 喉が渇いてしょうがなかった。

 海水だからだろうか。再び仰向けになって、今度は土砂降りの雨を

 口の中に受けると、同じようにむせて吐いてしまった。

 

 あんなにも温かく感じていた雨が、徐々に熱くなってきた。

 

 雨だけではない。海もだった。海の水も熱い。

 笑顔を保つことも出来ず、私は海面をもがいていた。

 穏やかな海で、私はひとり手足をばたつかせる。

 

 この暑さから逃げたい。この渇きを癒したい。

 

 その一心で、私は海の中へと潜ろうと試みた。

 まったく沈まない体。海はこんなにも穏やかだというのに、

 潜ろうとその水を手でかくも、まるで進まない。

 

 いくら飲んでも、いくら飲んでも、むせてしまう。

 

 最初から塩辛さなんて感じなかった。

 最初から潤いなど感じなかった。

 それでも水を飲む。掻き入れるようにして。

 

 暑い。暑い。喉が渇いた。

 

 ひとり大海原に浮かび、手足を蠢かす。

 力が入らなくなってきた。

 近くに何かが浮かんでいた。大きな動物だ。

 

 手足から力が抜け、暑さが収まってきた。

 

 ここは海の上。泳がずとも浮かんでいられる。

 波の音も、人の声も聞こえないかった。

 

 

 眠い、そう思った――

 

 

 

 

 彼女は、ツアー中、列を離れて行方不明になっていた。

 晴れて穏やかなその地には、時折強い風が吹き、

 捜索は難航した。見つかったのは5日後だった。

 

 病気だったのか、近くにラクダが倒れていた。

 彼女が倒れていたのは、そこから少し離れたところだった。

 自分の手でかいたのか、砂に体の一部を埋めていた。

 薄汚れた服は乱れ、その口の中には大量の砂が含まれていたという。

 

 

 砂漠は今日も穏やかに晴れていた――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>