ShortStory.497 取材の悪魔 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 言葉は武器だと人は言う。

  その言葉がどんな武器になるかも知らずに。

 

↓以下本文

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「東腕さん、奥様と――さん、愛しているのはどちらですか?」

 

 妻と不倫相手、どちらを愛しているのか。

 ひとりの記者が訊くと、一斉にフラッシュがたかれ

 取材対象の俳優は、苦しげな顔を静止させた。

 

 事前に質疑の想定はしてきただろうし、この程度の質問なら

 本人も予想できたはずだ。しかし、今黙っているということは

 準備が不十分だったか、もしくはそれを忘れてしまったか。

 人によっては極度のストレス環境だ。無理もない。

 

 “うまい”芸能人なら、返答で笑いをとる強者もいる。

 生憎彼はそうでないらしい。若者に、この場は早過ぎたようだ。

 そういう対象(あいて)が良い獲物であることを、記者たちはよく心得ている。

 逃がすはずはない。相手が骨と皮になっても、

 魂が空になるまでつつき続ける。人権ごと食らい尽くす。

 かつての俺がそうだったように。

 

 取材会場の隅、俺は壁に背を預けて立っていた。

 隠れているわけではないが、俺に気づくものはほとんどいないだろう。

 取材対象はあちらにいる。彼らの注意は対象にしか向かない。

 

「――さん、タイミングどうしますか?」

 

 部下が隣に近づいてきて耳打ちする。

 こいつも以前は“あちら側”の人間だった。

 準備はとうに整っている。遠慮はいらない。

 俺は視線と指で「行け」と指示を出した――

 

 

 

  取材の悪魔

 

 

 

 まるで槍を突き付けているようだった。

 皆、俳優の前方からマイクを突き出している。

 無数のマイク、カメラ、照明に取り囲まれて、東腕は何も

 言い出せずに、苦悶の表情を続けた。

 頭の中では思考を巡らせることもできず、ただただ

 苦しげな息を繰り返し、何とか開いた口、喉から声を出そうとした。

 

「そ、それをここで言ってしまうと――」

 

 記者たちが一斉に眼光を鋭くした。フラッシュが滝のように降り注ぐ。

 弱った標的、その口から零れ落ちる言葉を逃すつもりはない。

 

 そんな中、彼の背後の壁が破られ、何人もの黒服たちが現れた。

 男も女もいるが、皆サングラスをかけている。

 驚く記者たちの前で、あっという間に俳優の近くに陣取った。

 まるで、記者たちに正対するがごとく隊列をなしているようだ。

 よく見ると、黒服は皆、マイクやレコーダー、手帳やペンをもっている。

 

「な、なんですか、あなたたちは……」

 

 記者のひとりが、たじろいだ様子で言った。

 すると、黒服たちはいっせいに名刺を差し出した。

 寸分たがわぬ団体行動に、衣擦れの音が室内に響いた。

 

「「「「 私、取材倶楽部の――でございます 」」」」

 

 大勢が一度に言うので、無論名前の部分は聞き取れない。

 勢いに圧倒された記者たちがのけぞった。誰一人として

 相手の差し出す名刺に手を伸ばす者はいなかった。

 得体のしれない相手なのだ。当然の行動に違いなかった。

 見れば、背後を囲まれている俳優の彼もまた

 事情がのみ込めず、あっけにとられた表情をしていた。

 

 数秒の沈黙の後、記者取材クラブの黒服(きしゃ)たちは、

 これまた一斉に差し出した名刺をしまった。

 そして、それぞれの担当するマイクやカメラに持ち替える。

 

「先ほどの質問をした方は貴方ですね。――社の――様」

 

 黒服の一人がマイクを向けると、周囲の黒服たちも

 一斉にマイクやカメラ、照明を向けた。先ほどの質問というのは

 奥様と不倫相手、愛しているのはどちらか、というものだろう。

 質問対象にされた記者の男は、目をぱちくりさせながら、

 ああ、まあと曖昧に頷いた。

 

「先ほどの質問は、どのようなお気持ちでされたのですか?」

 

 一斉にフラッシュがたかれる。無論、記者取材クラブ側からである。

 記者たちは戸惑いの中、質問された同業者の姿を窺った。

 記者の男は「は?」と声に出した後、それは、としどろもどろな

 様子で返答しようとした。しかし、相手はそれを許さない。

 

「とっておきのネタを掴んでやる、という考えでしょうか?」

「それとも、興味本位に訊いてみただけでしょうか?」

 

 何か言う前に、黒服の質問に遮られ、

 記者の男は再び口ごもった。一方的に攻められるその様子は、

 肉食獣に追い詰められた小鹿さながらである。

 そんな小鹿に、黒服たちが次々とマイクを突き付ける。

 

「どんな返答を期待しているのでしょうか? それとも、どんな返答でも

 ネタになるから、どんな返答でもいいと考えているのでしょうか?」

「何も言えなかった場合でも、どんな記事にしようかと、もうすでに

 様々な計画がなされているというのは本当でしょうか?」

「なかなか返答に苦しむ良い質問だと思いますが、悪いことを

 したのは彼なのだから、何を質問したって許されるということでしょうか?」

「報道の自由は、何を訊いてもいいし、何を書いてもいいということでしょうか?」

「返答内容によっては奥様が傷つくことになると思うのですが、

 そんなの関係ねえ、そういうことでしょうか?」

「仕事でしていることだから、何の躊躇いもないのでしょうか?」

「食っていくためには仕方がないとお考えでしょうか? それを理由に

 鋭く際どい質問の数々を行ってきたというのは本当でしょうか?」

「むしろ、何が悪いのかと、そんな感覚でしょうか?」

「1位でなくてはいけませんか? 2位じゃダメなんでしょうか?」

「若い時に感じていた罪悪感は、もう残っていないというのは本当ですか?」

「答えに窮している相手の表情を見ると興奮するというのは本当ですか?」

「芸能人のくせにプライベートだなんだと言ってんじゃねえ、

 高い給料もらってんだろうが、と居酒屋で言っていたというのは事実ですか?」

「そもそも、こんな取材受けたくないのなら、最初からやましいことをするな、

 そうお考えですか? むしろ、俺たちは正義だ。真実の追求者だ。

 国民を欺く者を裁く執行官だとお考えでしょうか?」

「先日、他県で災害に見舞われた方にもずけずけと無遠慮に

 質問を重ねていましたが、あの時はどのような気持ちだったのでしょうか?」

「作業を遮ってまで、ご家族を亡くした方、家を失った方に今の気持ちを

 執拗に訊く目的は何なのでしょうか。記者としての使命でしょうか?」

「奥様に内緒で、部下の――様と不倫しているというのは本当ですか?」

「なぜそのように顔を引きつらせているのでしょうか?

 先ほどまでの生き生きとした表情はどこへいったのでしょうか?」

「質問攻めに遭う気持ちはいかがでしょうか。もうやめてくれ、

 勘弁してくれ、そんな気持ちでしょうか。もし取材対象がそう思って

 いたとして、いつものあなたなら取材を止めていましたか?」

「取材相手にも、家族や友人、会社の同僚などの人間関係がおありなのは

 ご存じですか。記事の内容が与える影響について考えていますか?」

「先日、多目的トイレで待ち合わせていた人物とはどのようなご関係ですか?」

 

「そ、それは……それは……」

 

 怒涛の質問攻め、閃光(フラッシュ)攻めの末、

 記者の男はその場に頽れてしまった。

 床に倒れ、死にかけの金魚のように白目をむいて

 手足を痙攣させ、口をパクパクさせている。

 そんな彼の姿を、黒服たちは情け容赦なく撮影した。

 周囲の記者たちは、何も言えず、動くこともできず

 ただただ放心している。皆、顔面蒼白である。

 

 対象(おとこ)に反応が見られなくなったことがわかると、

 黒服たちは再び立ち位置に戻り、姿勢を整え直した。

 

「「「「 それでは、次の質問に移ります 」」」」

 

 黒服たちの声が室内に響くと、

 記者たちは我に返り、悲鳴を上げ、諸手を挙げ、

 クモの子を散らすように逃げていった。

 自分が取材対象になるのではないかと、頭の中は恐怖で一杯のようだった。

 

 会見場に沈黙が訪れた。

 椅子や機材は散乱し、コードは千切れ、壁には穴が開いている。

 開け放たれた窓、そこから逃げ出した者もいたらしい。

 主催者は部屋の隅にうずくまって震えている。

 少し前まで取材対象だった俳優の彼も、力が抜けたのか

 尻もちをついて立ち上がる様子もない。

 

 黒服たちが再び整列する。壁に背を預けて立っていた代表の男が、

 俳優の男の方へ歩いてきた。黒服たちが一斉に一礼する。

 代表の男は、尻もちをついている彼に手を差し伸べた。

 

「立てますか?」

 

 彼はサングラスをしていない。

 その穏やかな笑みを見て、俳優の男はわずかに

 安堵したのか、その手を取ってゆっくりと立ち上がった。 

 代表の男が、彼の背に手を回し、振り向かせると、

 そこには黒服たちが整列しており、一斉に息を吸う音が聞こえた。

 

「「「「 それでは、質問させていただきます 」」」」

 

 大きな声に、室内の空気が震えた。

 気づけば槍のように無数のマイクを突き付けられ

 俳優の彼は身動きひとつとれなくなっていた。

 再び尻もちをつきそうになった彼の体を、代表が支える。

 そんな彼の手にもまたマイクが握られていた。

 

「さあ、東腕さん。我々の取材も、当然、受けていただけますね――」

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>