萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

長月二十九日、林檎―allurement

2020-09-29 23:27:16 | 創作短篇:日花物語
時が香る、
9月29日誕生花リンゴ林檎


長月二十九日、林檎―allurement

甘い深い、澄んだ香。
なつかしい芳香すっと甘酸っぱい、その丸い紅色に笑った。

「りんご、送られてきたの?」

おばさんの実家は長野だったな?
隣家のルーツに微笑んで、けれど幼馴染は言った。

「いや?大学でもらったよ、」

低いくせ徹る声が答えてくれる。
聴きなれた声、けれど聴きなれない返事に瞬いた。

「大学で、どうして?」
「実家から送られてきたってくれたよ、レジュメで同じ班のひと、」

答えながらパソコンの前、眼鏡の瞳まっすぐ画面を見つめる。
長い指ブラインドタッチに躍らせて、思案する横顔の輪郭どこか眩しい。

―なんだか大人びちゃった、な…知らない人の話するから?

ずっと一緒だった隣、男も女も無かったのに。
けれど今テーブルはさんだ相手は、頬どこかシャープになった。
カーソル敲く指かすかに節くれて、カットソーの肩ひろやかに逞しい。

「…なんか、男のひと?」

声ほろり、言ってしまった唇かゆい。
変なこと言った、なぜ言ってしまったのだろう?

「ん?」

眼鏡の眼こちら見る、ほら首すじ熱くなってきた。
きっと変に思われた。

「…」

ほら見つめられて声が出ない、どうして?
こんなこと今までなかった、ずっと小さい時から最初から。
何か言わなくちゃ、でも声にならない空気あまく澄んで香る。

「男のひと、って言った?」

ほら訊いてくる、眼鏡の瞳まっすぐ自分を映す。
眼差し変わらないままで、いつもどおり唇きれいに笑った。

「リンゴくれた人が、男かってこと?」

あ、そういう質問にもとれるかな?
言われたまま見つめる真ん中、真直ぐな瞳にやり笑った。

「へえ、そういうの気になるんだ?」

ほら揶揄ってくる、この眼つき変わらない。
けれど世界が変わってしまって、ちいさな痛みと口ひらいた。

「…気にならなくないけど、ちょっと違う、」

りんごの相手は誰?

そんなこと気にならないはずがない、でも今の声は違う。
そんなつもりじゃなかった、けれど気になる、こんな狭間に君が笑った。

「そりゃ俺は男だけど?そっちも女のひとだろ、」

あたりまえのこと言うね?
そんな視線が笑ってパソコンに戻って、つい口ひらいた。

「わかってて言ったの?」
「ん、」

即答した唇、かすかに笑っている。
また揶揄われてしまった、いつも通りなテーブルにリンゴそっとつついた。

―いつもからかって…でも、りんごのヒトどっちだろ?

指先こつん、赤く丸く甘く香る。
かちかた、たたた、ブラインドタッチ集中する横顔に言葉ひとつ見る。

“女の人だろ”

なにげなく言った、君は。
けれど唇くすぐられる、あまい深い香が澄んでいく。
なぜ?

「よし、」

かたん、
長い指ひとつキーボード敲いて、パソコン閉じられる。
もう終わったのだろうか?そんな笑顔ふわり幼馴染が言った。

「ウチの親、今日は実家のリンゴ収穫に行ってるんだ、」
「だから車ないんだ?お帰りのとき渋滞しないといいね、」

応えながら窓の外、駐車スペースが明るい。
また今年も頂きものするのかな?例年通りの今日に君が言った。

「帰ってこないよ、泊りだから、」
「え、」

声こぼれて見つめて、眼鏡の瞳きれいに笑っている。
昔のまま明るい眼で、でも低くなった声が言った。

「今日は俺、ひとりなんだ、」

あまい、深い、澄んだ香に徹る。
低くなった君の声そっと響く、そうして体の真中しずかに軋む。

「…」

なんて言えばいいのだろう、どんな貌しているだろう自分は?
ただ香くゆらすテーブルごし、眼鏡の瞳まっすぐ見つめて微笑む。
生真面目そうなチタンフレーム、けれど隠せない端整が瞳わらった。

「だから飯、一緒してよ?肉の日だしさ、」

にくのひ、って何?
言われた言葉ただ見つめる真ん中、はがき一枚ぽんと出された。

「29日は肉の日なんだってさ、2割引きだし行こ?」

印刷された名前は焼肉屋、前にも行った店だ?
だから、ただ、そういうことだ。

『俺ひとりなんだ、だから飯一緒してよ、29日は肉の日なんだってさ、』

そういう意味なんだ?
何も変わらない、昔からのまま今日なだけ。
肩すうっと力抜かれたテーブル、箱ひとつ置かれた。

「あげる、」

ちいさな白い箱、銀色あわく光る。
また「あれ」だろうか?幼い記憶から言葉が出た。

「…びっくり箱?」

あのときもずいぶん揶揄われたな?
困らされた記憶の涯、幼馴染が笑った。

「ちがうって。でも、ある意味そうかもな?」

笑って長身が立ち上がる。
カットソーの肩くるり踵返して、その背中ひろやかに目映い。


林檎:リンゴ、花言葉「選ばれた恋、選択、優先、好み、最も優しいひとへ、最も美しいひとへ」
実言葉「後悔、誘惑」木言葉「名誉」

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