1~2月にかけてリベリア・シエラレオネ・ギニアを13日間旅行しました。
ちょうど新型コロナが広がる前で、運よく旅行にいけました。
今回はホテル前の砂浜と翌日のホテル~旧フォーラー・ベイ・カレッジ~カマックウィーまでの移動を紹介いたします。
ホテル前のビーチでのサンセットです。
翌日、旧フォーラー・ベイ・カレッジに向けてホテルを出発。
首都フリータウンの街並み。
高速道路の料金所。
旧フォーラーベイカレッジに到着しました。
フォーラー・ベイ・カレッジ’は、シエラレオネの首都フリータウンの市街の南に位置し、西アフリカで最も歴史のある英語系の大学です。
1827年4月4日、イギリスの教会宣教師協会が主に神学の教育のため、フォーラー・ベイにクリスチャン学校を設立した事に始まります。
1876年に、イギリスのダラム大学と姉妹校になり、それ以来、両大学は提携し、1959年にシエラレオネ大学となり、イギリス国王の許可を得ました。
廃墟となった大学の内部。
ギニアに向けて丸一日の移動へ。
鉄道がありました。
シエラレオネの鉄道の歴史を調べてみました。
19世紀末
イギリス植民地時代に始まり、シエラレオネには、政府鉄道と私設鉄道があります。
私鉄であるこのマランパ-ペペル鉱山鉄道は、ポート・ロコで採掘したボーキサイトを運ぶためにも使われました。
1990年代
採掘がの内戦(シエラレオネ内戦)の影響で中断すると、路線は荒廃し、レールや枕木の盗難が発生。
2009年
内戦終息後、シエラレオネ国内でダイヤモンド鉱山の採掘を手掛ける African Minerals 社が、マランパ-ペペル鉱山鉄道の全線を買い取り。
2012年
マランパ鉱山における採掘が再開。
2015年4月
エボラ出血熱禍及び鉄鉱石価格の低迷により、African Minerals は中華人民共和国の国有企業である山東鋼鉄集団に譲渡
シエラレオネは内戦とエボラ発生とさまざまな不運にみまわれています。
次回はカマックウィーに向かう途中に立ち寄ったテムネ族のワカサ村を紹介します。
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