空は遠く265

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 どうにも落ち着かなかった。風邪気味なのは確かだった。
 ドラッグストアに寄ろうと思ってから、はたと、佑人の怪我の状況を宗田医院に行って確かめてみるかと力は電車を途中で降りた。
「あら、力ちゃん、今日はどうしたの?」
 玄関でスリッパに履き替えて受付に立つと、思わず気の抜けるような笑顔が小窓の向こうから覗いている。
「熱っぽいんだよ」
 物心ついた頃から亡くなった祖母に連れられてこの医院の門を潜ってから、もう十数年が経つ。
 その頃から医院の主のようにいる看護師にしてみれば、力など幼稚園児と大差ないのかもしれないが、この図体の大きな男を捕まえて、力ちゃん、はないだろうと思うのだが。
「珍しいわね、怪我じゃないの? あ、そういえば佑人ちゃんとはお友達なんですって?」
「へ?」
「今、診察中だけど、学校で風邪が流行ってるの?」
 おしゃべりな看護師の台詞を最後まで聞かずに、力はずんずんと診察室の方に向かう。
「ボストンか、俺も半年ほど住んでた。国境なき医師団に参加する前」
「へえ、じゃあ、色々な国を回ったんですか?」
 宗田と話す佑人の声がドアの外まで聞こえてくる。
「まあな、ほとんど戦地みたいなとこばっか。この額の傷は自慢じゃないが勲章みたいなもんでさ、現地で一家惨殺のうちから、一人生き残ったガキを助けた時によ……」
 ガンとドアを開けると、佑人はカーテンで見えなかったが、宗田が力の方に顔を向けた。
「何だ、力、診察中だぞ!」
 宗田の注意などお構いなく力はつかつかと診察室に入っていく。
「おい、ほんとは怪我、ひどいのか?」
「…いや、ちょっと風邪で熱が出ただけだ」
 唐突に声をかけてきた力の方を見ようともせず、佑人は言った。

 


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