狩猟生活を営んでいたころの人類は、男性の平均身長が一七八センチほどあったとされるが、農耕開始後には一六〇センチそこそこに落ち込んでいる。虫歯や感染症のリスクが高まったためなのか、三五・四歳であった男性の平均寿命は三三・一歳へ、女性では三〇・〇歳から二九・二歳へと縮んでしまった。  また狩猟時代には、一日に三時間も働けば必要な食料が確保できていたが、農耕開始後の労働時間はこれより長くなっている(現代の我々はこれがさらに八時間、十時間と延びているわけだから、文明とは一体何なのかと思いたくなる)。こうした事情を見る限り、農耕の開始は豊かな食料を得るための画期的な新技術などではなく、何らかの事情に迫られてやむなく選んだ道と見る方が自然だろう。  その事情とは何だったのか? 現在有力なのは、約一万三千年前に起きた、気温の急激な低下が原因という説だ。この寒冷期は千数百年間続き、多くの動物を絶滅に追い込んだとみられる。当時すでに人類は、狩猟生活で暮らしてゆける人口の限界に近づいていた。そこにやってきた寒冷化により、一気に食料を失ったのだろう。

炭素文明論―「元素の王者」が歴史を動かす―(新潮選書) / 佐藤 健太郎 (via qsfrombooks)

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