数年に一度、六月の誕生日月には免許の更新に行かねばならない。早くから葉書は来ていた。門真の試験場は結構な距離である。綺麗に髪を刈り込み、下ろしたてのワイシャツを着込んで赴く。何やら今回は入り口のところで屈強な警官四人が、来場者一人々々に説明をし、入場させている。コロナ禍の影響で、講習が出来ない旨をどうやら言っているようであった。

「葉書に何も書いてないですやん」

私は駄々を捏ねるも、四階へ行って、更新延長の手続きをやってくれとその男達は言う。足早に階段を上ると、一つの窓口には途方も無く長蛇の列を成していた。やっと回って来た私の番で、免許証と葉書を差し出した。

「これで三カ月の猶予手続きは完了です。それまでに予約を取って、講習を受けて下さい。そうしないと免許は失効されますので気を付けて下さい」

何処を向いているのか、視線を交わそうとせず、役人特有の無感情、無表情でそう仰せるではないか。

「いやいや。今日受けさせて下さい。そのために準備して来たんですわ」

「無理です。キャンセル待ちも出ておりません」

「私、次ゴールドなんで、数十分の講習なんてロビーとか青空の下でやったらええですやん」

「だから出来ませんて」

「この列の方が凄い密やで」

「はい、次の人―」

オンラインによる更新の予約は、一カ月先まで一杯で、数週先の休みでさえ儘ならない私には、目下悩みの種となっている。

 

確か前回の更新の時は、一時停止を止まっていないとかで一度捕まり、二時間の違反者講習を受けなければならなかった。試験場は時間だけを食うイメージしか今でも持ち合わせてはいない。

「はて。俺は運転が上手い筈だったが・・・」

と薄い記憶を遡ると、その時のことを徐々に思い出してきた。

 

あれは午前五時半、いつものように人っこ一人いない線路沿いの道を、通勤の為我ビッグスクターを颯爽と吹かしていた時である。取り締まり場所と知りつつ、一応人気の無いことを確認しながら停止線で私は止まらなかったわけだが、その時、けたたましく笛が二度鳴った。視界の入らない所に隠れているのが奴等のやり方、常套手段と知りつつ、私は捕まってしまったのだ。その時一瞬

「カブ二台か。撒けるな」

ミラー越しに見える貧弱な単車にふと過るが思い留まり、私は急停止した。トロトロとゆっくりと近付いて来る。

「なんで笛鳴らしたかわかる?」

「はい、すみません。会社の鍵を開けなければなりませんので堪忍して下さい」

私が言うと

「ダメダメ。はい、免許証出して」

まるでノルマがあるような応対である。咄嗟に五千円ずつ握らせて、この場をやり過ごそうかと思ったのだが、変に使命感の強い連中だと面倒だったので止めた。

「君、大型二輪を持っているの?」

「はい。今は乗っておりませんが、持っております」

無駄な会話など避けて、早くこの場から去りたかったのであるが、つまらぬ話を延々と続けられるのだけは御免蒙りたかった。最後に

「大型を持っているバイク乗りは、模範となり、徳のある人間にならんとアカンぞ」

と説教されたのである。“徳のある人間になれ”という言葉の響きは今でも覚えている。

 

「献血いかがですか―」

長い講習の、その間の待ち時間でさえも異常に長く、どうせスマホを弄るぐらいしか出来ないのならば、敷地内で二輪の試験をやっているから、遠くからでも眺めていようかと思っていた時、蚊の鳴くようなか細く高い声が聞こえて来た。入場門の下手側に献血ルームがあるのは前々からわかっていた。誰にも見向きもされないことが妙に気にかかり、懸命で健気に呼び込みをする彼女を忌み嫌ってさえいる連中とは相反し、その存在が私にとって愛おしく思えたのであった。それがまるで炎天下の灼熱の中で売るマッチ売りの少女のように思えたのであった。

「違反者講習が始まるまで、一時間ぐらいあるんですよね」

と、私の方にも向かって言うものだからこう答えた。

30分もかからないから大丈夫ですよ」

「こんな体して血圧が低いんですよ」

「痛く無いですし、あっという間ですよ」

相当鼻の下が伸びていたにちがいない。なんとも楽しい会話である。ずっとこのまま駄弁っていたかったのであるが、それだけが目的でも無い。多くのトレーニーは夏に向けて絞っており、たとえそれが200ccでも400ccでも血が抜かれるのであれば、それは減量にもなる。体重の微減でさえ、大いにやる気にさせるものなのだ。炭水化物を摂らないことによる低血糖の症状が出ていないかと気になってはいた。その時の医師の知見も拝聴出来るではないか。これが楽しみでもあった。独り善がりになりがちな栄養学を専門家にぶつけられる。何よりも社会の為にもなるし、一石二鳥どころか三鳥、四鳥ぐらいあるではないか。

「じゃぁ、やってみようかな」

その少女は物凄く喜んでくれ、献血ルームまで付き添い私は手を振って入って行った。誰もいない受付で

「すみませーん」

と私が言うと、大柄で意地悪婦長のような女性が現れた時、

「コントやがな」

と思ったのは正直な感想である。

「マジかよ。こうやってぼったくりバーなんかに騙されるんやろな―」

と思ったが、「これでも一石二鳥になったんだ」と自身に言い聞かせるしかなかった。問診票に記入せよと愛想無く婦長が言うので、長々と記入していった。しばらくして婦長に促され、診察室に案内された。医師との対面である。

「これで待ちに待った献血だ。まぁ赤身ばっか食ってるから、俺の血は相当濃いはず。異常数値を叩き出してやるぜ」

と内心ほくそ笑んでいた。開口一番、お医者様は

「他は大丈夫なんですが、ここがねぇ…」

と問診票を指差してこちらを見て真面目な顔をして言い、ディスカッションするはずの私は拍子抜けをした。

「直近の半年でパートナー以外っていうのがダメになっているんですよ」

一瞬、何を言っているのかわからなかったが、直ぐに飲み込めた。

「え!?懇ろになることもありますでしょうが」

と私は応える。

「規則で出来ないことになっているんですよ。また半年後にお願いします」

「新地のオキニを四人で回していたら、その子等の休みもあるんやから、そういうこともなるでしょうが」

と言いかけたが止めた。

「極厚のゴムと火出るんちゃうかって言うぐらいのアルコールも付けるわ」

とも言い加えておきたかった。

「さぁ、お好きなジュースをお飲みください。また今度、お待ちしております」

「だから、ジュースなんか半年飲んでへんわ。糖質制限してるって言いましたやん」

と言い、席を立った。馬鹿正直に問診票の答えたのが、私が悪かったのであろうか。

 

十分も経たず出て来たが、当然のことながら行きかう人々に少女は呼び込みをやっていた。

「お医者さんに、今日は献血出来ひんて言われたわ」

通りすがら苦笑いして私が言うと

「また今度の時、お願いしますね」

笑顔でそのマッチ売りの彼女に先程の医者と同様に言われたのであった。

 

クルーズ船だけで終わるものと思っていたものが、結局ウィルスが国内に入って来て、ここまで蔓延するとは誰も予想出来なかった。この時、アマビエが見えたものが何人いたであろうか。買占めによって店頭から物が無くなった時でさえも

「シコティッシュに困るぐらいは何ともないわい」

と楽観し私は何も気に留めていなかった。しかし、使い捨てマスクを買えないのだけは困った。どこを探しても見つからないのである。

「商社が出荷を渋っているのと、老人の買占めで出回らないのですよ」

取引先のバイヤーからこう言われたのであるが、webで即日配送の市場価格の数倍に膨れ合ったそれは、待てど暮らせど届く気配は無かった。まさか中国マスクを有難がる日が来るとは、夢にも思ってもみなかった。数年前に小顔マスクを付けていたアルバイトに「顔半分隠さなくても十分可愛いで」と言ってからかっていた頃がなんとも懐かしくさえ思えた。

 

数枚しか無かった残は直ぐに枯渇した。その希少で僅かなそれは、学生時代、フルタイムのライン工場で働いていた忌々しい頃を想起する石油臭に加え、「今夏こそは根治させるには手術も辞さぬ」と思っていた慢性鼻炎の私には、燃費の悪い体に大量の吸気を必要とし、終日高地トレーニングしているようで、疲労感しか得る事しかなく、一層私を苦しめることとなった。そして根っからの反共は、国産品なんぞ、どんなにフットワークが軽かろうと有りはしなかった。

 

付けていないと犯罪者扱いのように白い目で見られ、図らずも社会全体がそれを許すまじとなってしまった。「マスク付けて無い客は劇場に来るな」という声をも色んな所から散見されることとなり、観劇どころか、生活者として死活問題でもあった。そんな時、女子社員が布マスクを付けていて、一連の流れを話したら、手作りマスクを六枚くれた。少し柄が派手なことぐらいは、私には必要十分で、今後二年ぐらいこれで足りると思った。マスク乞食から一夜にして、潤沢な社会適合者へと復活を果たしたのであった。そして一カ月強かかり、通販購入の粗悪な中国マスクが家に届いた。転売屋と左翼が政府の布マスクを虚しく批判していた頃のことである。

 

コロナ後の社会は、検温に消毒作業、その他の関連で今までに無かった仕事量が著しく増加した。

「年寄りのクレームなんぞ、チnポを甘触りしながら、対応出来る」

と後輩に豪語している私でさえ、この対応に時間を大きく取られることになる。「密室、ノーマスク、対面15分」という政府の指針はどこかへ行き、社会が「飛沫怖い、コロナ怖い」だけに終始し、全体主義に似たコロナ脳に侵されてしまった。実勢では共存などあり得ないこととなっている。ワクチンが出来ていない以外、そのデータはほぼ揃いかけているが、自粛某の年寄り連中のクレームが頻出し、現在でも絶えないのは周知の通りである。

「私の小学生の頃は、老人と中国人を尊敬しなさいと教師から教えられ、敬っていましたが、もう違うみたいですね。今は浅薄で徳のない老人が老醜を晒し、徳の無い間違った正義感を強要していますね」

とその都度言ってやりたかった。そして私の月間労働が300時間を超え、それが数カ月続く禊を経験する。会社から得られたその対価が慰労金一万円と、這う這うの体でこの間過ごした。それでも「仕事があることは、有難いことだ」とエデンの園のように“労働は罪”と微塵も考えることなど無かった。社会の動乱時に、何かしら役に立てればと思うのが勤め人の性で、仕事が無くなり家でじっとしている方が私には耐えられないのである。

 

五月末の非常事態宣言解除後の六月頭に、一斉に全国の劇場が再開を果たす。私はここぞとばかりに、東洋と東寺に足を運んだ。保健所の指導なのか、両館とも場内は至る所でこれでもかと言わんばかりに次亜塩素が焚かれ、隅々まで立ち込めていた。ストリップ劇場といえば、一日いれば鼻糞がカチカチに成るほどの埃っぽさと、客の酸っぱい加齢臭や酒臭さにプラスして、全身が痒くなるジジィのうなじから放たれるフェロモンが立ち込めている。その隙間から踊り子の舞台を前のめりに覗き観るものが醍醐味でもあるが、この三位か四位か一体となったこの空気感こそが場内のそれだと心得ている。この化学的な薬品の臭いは、社会の危機的状況のある種の物々しさ雰囲気を感じざるをえない。場内の緩い空気感、行き場を失った男の一時の潤いを与えてくれるところであったのは、遠い昔のようである。そして客間の距離を保つために席を間引いたことを考慮せずとも、ガランと閑散とした場内にかなりの不安を覚えたファンも多かろう。しかしながら自転車操業だと思っていた劇場経営も、国の保証がままならない時でさえ、よくぞ持ちこたえてくれたと、逸る気持ちを抑えきれなかった。

 

地球にはまだ未知の部分がある 僕らの先とおんなじですね ミステリアス 自然の恵み 自然に口付けする 生きてる証 喜怒哀楽 ホモサピエンス

 

「渋谷来なかったね」

「連休が取れないんですよ」

と半年ぶりに会うさゆみちゃんに聞かれた。県を跨いでの移動だとか、それがどれだけ意味を成すのか理解しがたい私には、政府の指針に反しているであるが、実は日帰りで行けなくも無かった。

「さゆみちゃんを観る時は、相当のぼせて体温上がっているだろうから、頭に上った熱が海綿体に下る前に、今入場前にやってる体温チェックに引っかかるかもしれないから止めたよ」

と言っておけば少しはウケてくれていたのかもしれない。

 

 

20206結 晃生ショー

(香盤)

  1. 井吹天音 (フリー)

  2. 石原さゆみ (道頓堀)

  3. 玉 (TS)

  4. 愛野いずみ (道頓堀)

  5. 坂上友香 (東洋)

 

 

観劇日 :6/21(日)、6/24(水)、6/26(金)