『蛮行のヨーロッパ 第二次世界大戦直後の暴力』 | First Chance to See...

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 イギリスの作家/歴史家キース・ロウが2012年に発表した歴史ノンフィクション。2018年12月に白水社から日本語訳が出て、近所の図書館の新刊コーナーに置かれていたのを見つけ軽い気持ちで手に取ったところ、予想以上/期待以上におもしろかった。こんなにも読んでいて「ためになる」と感じた本は久しぶりだ。

 

 

 第二次世界大戦末期、ベルリンが陥落し、ドイツが無条件降伏しても、ヨーロッパの大半の地域ではその瞬間から「平和が戻った、ばんざーーい」と呑気に浮かれていられる状況にはなかった。ナチスドイツが侵略し支配した東欧エリアでは、ナチスドイツの撤退と同時にソヴィエト赤軍が進軍し、対独協力者への復讐だったり共産主義者への抵抗だったり、それぞれがそれぞれにもっともらしい動機や正義を掲げて虐殺行為に手を染めた。「復讐」という名の無秩序状態に陥ることを避けるため、ナチの強制収容所から解放された人々が再び別の収容所に隔離されるという事例もあった。アウシュビッツから命からがら生き延びたユダヤ人が自宅のあった街に戻ってみても、そこにはかつてのユダヤ人コミュニティは跡形もなく、代わりに住み着いている元隣人たちから露骨に迷惑がられる始末……。

 

 ナチスドイツがヨーロッパ全土にもたらした人種主義は、ナチスドイツが撤退した後、各地で民族浄化の惨劇を招いた。たとえば、民族ドイツ人が多く住んでいたことがナチスドイツの占領の(勝手な)理由づけにされたチェコでは、民族ドイツ人への虐殺や追放が起こった。同じようなこと、ポーランドでもハンガリーでも起こったし、さらにいうと、多民族との共存などろくなもんじゃない、という排他的な感情は、単にドイツ人を追い出すにとどまらず、その他の少数民族に対する迫害にもつながった。民族や宗教が複雑に入り組んだユーゴスラヴィアでは、第二次世界大戦中にイタリアの支援を受けたカトリック系クロアチア人の極右勢力による弾圧や虐殺はすさまじかったが、ドイツやイタリアの敗退後に始まった復讐の反撃もまたすさまじかった。

 

 『蛮行のヨーロッパ』というタイトルから何だか残虐行為博覧会のような内容をイメージするかもしれないけれど、実際に読んでみるとその手の露悪趣味とは全く無縁だった。確かに、第二次大戦末期から戦後にかけての復讐と報復の連鎖はひどいものだ。が、逆にいうと、当時のありようをきちんと知ることは、冷戦終結後の現在ヨーロッパで勃興しつつある民族主義や極右政権が、自分たちに都合がいいように数値や統計をでっち上げるのを防ぐ手段となる。「本当は怖い◯◯人」的なヘイト本が安易に出回るのを避けるには、「完璧」ではないまでも「妥当」と思われる数値や統計を探り出し、不愉快な事実も目をつぶることなく記録しておかねばならない。事実を捻じ曲げ数字を誇張し「ほらみろ、ドイツ人だって被害者じゃないか」だの「やっぱりホロコーストなんてなかった」だのと軽々に言い出す、ネオナチとそのシンパをこれ以上増やさないためにも。