The Perfect Horse | First Chance to See...

First Chance to See...

エコ生活、まずは最初の一歩から。

 アメリカ人作家エリザベス・レッツによるノンフィクション。第二次世界大戦下、ドイツ・第三帝国は、優秀な血統の馬を一箇所に集め、優良な血統の馬を掛け合わせて「完璧な馬」を作り上げる計画を推し進めていた。遺伝を重んじて人為的に掛け合わせる馬の繁殖政策は、ナチスのアーリア人優生政策と悲しいくらい見事に呼応する。そして当然ながら、「完璧な馬」の候補としてウィーンのスペイン乗馬学校を支えるリピッツァー種の白い馬たちにも白羽の矢が立った。

 

 

 ウィーンのスペイン乗馬学校で素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるのは、スタリオン、つまり牡馬だけである。実際には牝馬にもパフォーマンスをする能力はあるけれど、牝馬が混ざると牡馬が落ち着かず、また牡馬のほうが派手に大技を決めたがる気質が強くて調教しやすいらしい。そんな話は、前にスペイン乗馬学校のガイドツアーに参加した時に伺った。

 

 では、牝馬はというと、オーストリア第二の都市グラーツの近く、ピバー(Piber)という所にある繁殖地で出産/育児に専念している。これらリピッツァー種の牝馬や仔馬たちを、ナチス・ドイツの「完璧な馬」計画の最高責任者グスタフ・ラウは、ドイツとの国境に近いチェコスロヴァキアにある繁殖/研究施設に全頭まとめて移動させてしまったからさあ大変。ウィーンにいるスタリオンだけではリピッツァー種は繁殖できないし、チェコスロヴァキアの施設ではグスタフ・ラウが第三帝国の支配下にあるエリアからいろいろな馬をかき集め、サラブレットやらアラブ種やら、他の品種とも交配させようとしているらしい。そうこうしているうちに、やりたい放題だった第三帝国に連合国が逆襲を開始し、連日の空爆に加え、東からはいよいよソビエト軍が進軍してくる——ロシア人たちは馬を見つけると、闇雲にぶち殺すか、闇雲に重い荷車を曳かせようとして馬が嫌がると闇雲にぶち殺すか、闇雲に重い荷車を曳かせた馬が動けなくなると闇雲にぶち殺すらしい。実際、スペイン乗馬学校の姉妹校としてブダペストにいたリピッツァー種のスタリオンたちは、避難しそこねて馬の値打ちがわからないロシア人たちにぶち殺されてしまった。

 

 この本は、ベルリン・オリンピックの銅メダリストにしてスペイン乗馬学校の校長であるアロイス・ポダイスキーが、空爆中のウィーンで、避難せず残っていた最後の馬たちを移動させる場面で始まる。数百年の歴史を持つスペイン乗馬学校から、完全に馬がいなくなってしまう瞬間。戦後、見事に復活を遂げることを歴史的事実として今の私たちは知っているけれど、ことこの瞬間において、そんな未来は全く保証されていない。

 

 ポダイスキーに率いられた馬たちは、無事にウィーンを脱出して避難場所がある田舎の厩舎までたどり着けるのか。そして何より、チェコスロヴァキアに集められ、ナチス・ドイツお抱えの獣医らに管理されていた馬たちは、一体どうやって逃げ延びることができたのか——何と、馬たちがソビエト軍にぶち殺されることを何よりも恐れたドイツ人たちは、チェコスロヴァキアの国境を密かにくぐり抜け、ドイツ側に進軍していたアメリカ軍と連絡を取って、どうか馬たちを助けてくれるようお願いしたのだった!

 

 いやーーー、おもしろい。小説ならまだしも、歴史のノンフィクションを英語で読んでこんなに楽しめるとは思わなかった。

 

 この本は、同じタイトルのジュヴナイル版も出ている。わざわざジュヴナイル版を出すってことは、オリジナルの本は相当難解なんだろうか、と心配だったけど、とんでもない、冒頭のウィーン空爆のシーンから前のめりで引き込まれる。時に描写が少々ドラマチックすぎて、「ノンフィクションなのに、いいの?」と思ったくらいだ。

 

 戦火の中で、どうにかして馬を救おうとした人たちの知られざる物語。この本を読むと、21世紀の今、ウィーン・スペイン乗馬学校で開催されるリピッツァー種の馬たちのパフォーマンスを、ドイツ語力ゼロの日本人観光客たる私ですら気楽に鑑賞できることのありがたみが倍増する。日本語訳も出ればいいのに。