マキタスポーツ「雨ふれば」がスゴすぎる話 | おたるつ

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ってわけで、おたくのるつぼ。略しておたるつ

雨ふれば やがて晴れる 

呼吸を止めれば 息が苦しい 

瞳を閉じれば 前が見えない

 

瞳をとじれば 前が見えない

 

ッッッッッッハイッッ!! すばらしい!!!!

ここんとこまいんち聴いてる、マキタスポーツさんの配信曲「雨ふれば」。

各サブスクリプションで聴けるので四の五の言わずに即ダウンロードそれしか! と思うのですが、

あんまりにもすばらしくて語りたくなってしまったので、書きます。

 

楽曲としてもここのコード進行がこう! とか、J-POPの文脈をとらえて語ることができると思いますが、

私は語る術を持たず。それは有識者の方におまかせして、本日は歌詞に着目します。

 

ポイントは以下の3つ。

 

●上の句と下の句のJ-POP構文で遊ぶ何も言ってない歌詞

●世相を反映したシニカルさ

●やり尽くすことによって説得力を持つJ-POPワード

 

冒頭にご紹介した歌詞でお分かりのように、「雨ふれば」はJ-POPにありそうなワードで歌詞がつくられています。

上の句も下の句もとてもJ-POPっぽいのに、組み合わせで「瞳をとじれば 前が見えない」というような

それはそうだが!!?? 至極ただ当たり前のことを言うだけで意図がなくなります。

これがすごいことに最初から最後まで全部そう。

冒頭の歌詞は「夏は暑い 冬は寒い 春と秋はちょうどいいんだよ」と続き、最後は高らかに

「明日は翌日、ああ、絶対翌日」と歌い上げます。またこれがエエ声だし歌がうまいんだわ。

この言葉遊び聴いてるだけで、十分おもしろいと思います。

 

さらにJ-POPの構造を逆手にとった落ちサビがすごい。

歌詞は「世界中の子供たちと大人たちが 呼吸を 止めれば 止めれば 息が 苦しい」。

字面で見ると本当にね、もう、息しろ!!?って思いますが、これ聴いてるとただなんとなくエモいんです。

メロディーも心地よいですが、これも罠なんじゃないかと思って。

後半の「呼吸を」からワードを区切って語尾を伸ばして繰り返すことで、文章が伝わりにくくなる。

こきゅうを〜(間)と〜め〜れば〜〜(間)と〜め〜れば〜あ〜〜(間)い き が (間)く るし …

文章にするとこんな感じ。耳には「息が苦しい」しか残らず、なんだかとってもせつなくなる。

メロディーにだまされてる。息してください。

 

この、それっぽいことを言っているようで何も言ってないという感覚。

心地よいメロディーにだまされてる感じ。

最近、どこかで味わってませんか?

そう、コロナ禍のエライ人たちの記者会見。

「スピード感を持って取り組んでいきたいと思います」←現時点で何もやってないし何も決まってない。

「いまだかつてない規模感」とか「強大な政策パッケージ」とか、耳ざわりはそれっぽいけど、

結局それってなんなのよ!? と、3月から幾度となくテレビの前で日本中がズッコケてきました。

 

マキタスポーツさんはコロナ禍に入ってから、You Tubeなどで弾き語りなどを行っています。

平常時に戻ったらやりたいことを字幕で表しながら歌う「普通の生活」は、当たり前だった暮らしを思い出し、

こうゆうことが自分にとって幸せだったんだなあと、少ししんみりしながらも前向きな気持ちにさせてくれます。

「雨ふれば」は、コロナ禍だからこそ誕生したシニカルさも持ち合わせている気がします。

 

遊び心や皮肉めいた仕掛けに笑いながら何度も聴いているうちに、私自身に変化が起こりました。

意味がなかった、ただ当たり前を並べた歌詞にじんわり目頭が熱くなったのです。

「止まない雨はない」「明けない夜はない」こういったJ-POP的ワードが意味するところは、

困難もやがて過ぎ去るという希望です。

「雨ふれば」は、コロナ禍における希望ソングでもあります。

ものすごく当たり前ことをひとつひとつ肯定していくことで、何も言ってない言葉が1周回って説得力を持つ。

 

瞳をとじれば前が見えない

目の前が暗く思えてしまわないように、しっかりと自分の目を開いてものごとを見ていこう

呼吸を止めれば息が苦しい

苦しいのは息ができてないからではないか、一旦引いて深呼吸してみよう

 

当たり前ができていないとつらいという大発見をしました。

当たり前ができていればいいんだ、という自己受容です。

ああ、これが“日々”か。

かつてない規模感でもなく、スピード感を持ってでもないけれど、明日がくることをなんだかものすごく信じられる気がしてきました。

だって、明日は翌日なんですから。

 

各種ダウンロードはこちらから

 

《普通の生活》