たろすけ日記

「うん。でも優しい方なんでしょ?」

「ちょっと冷たいかな?智さんと同じ24歳でもう2歳の子供がいるんだ。旦那さんは優しい人だけどね」

「ふーん、でも鮫君のご家庭って今日とか忙しいんじゃないのかな?」

「多分午後からウチ恒例の餅つきが始まると思う。それからはのんびり紅白見ながらおそば食べてゆっくりするだろうね。忙しいのは餅つきだけじゃない?」

「私もお手伝いしていいかな?そういうことってやったことないから」

「是非お願いしたいよ。ウチのは餅もついてくれる奴だからあとは丸めるだけでいいし楽。あんこはおかんが前もって作ってるから大丈夫だし、姉ちゃんとか志奈子も手伝うし、おとんも仕事休みに入ってるから手伝うよ。これで姉ちゃんとも仲良くなれるって。俺からもきちんと紹介したいしね」

「いいよね、鮫君のご家庭って。何だか楽しみだな。私の家なんてあれがあってから何もしなくなって、もう寂しかったんだ。多分今もみんな好き勝手に過ごしてるんだろうな」

「今日は忘れなよ!俺んちで楽しんで笑って過ごしたらいいよ。いつかは裕美の家庭も明るくなって欲しいけど」

「うん。そうね。今日は鮫君のお家で楽しませてもらおっと。・・・私眠くなっちゃった。ちょっと眠っていい?」

「そりゃいいけど、もう着くんじゃない?確か飛んでるの1時間位だったような気がする」

「うーん、10分でもいいから眼瞑らせて。じゃお休み」そう言って裕美は眼を瞑ってしまった。朝早かったしバタバタしてたしで疲れたんだろう。じゃ俺もと、眼を瞑ろうと思いながら裕美の寝顔を見て、

「・・・・・・!」眼を閉じてる裕美をじっくり見たことのない俺は正直驚いていた。小さな顔の誰が見ても振り返る綺麗で可愛い裕美。奥二重の目は閉じられているが、鼻筋の通った鼻の下に小さな口。微かに赤くなってる頬っぺた。その頬っぺたにはそよ風のような産毛が見えた。長い髪の毛にちょこんと隠れてる耳たぶ。禁忌というか触れてはいけないような神々しさが溢れていた。

が、俺は裕美にそっと触れようとした・・・。は!いけない、俺は何てことをしようとしたんだ、こんなところで。邪な俺の感情を打ち消し、・・・我に返り裕美から離れ俺も眼を閉じた。そう、俺は裕美を大切にしなければならない。裕美の意思は分かってるつもりでも、だからこそ尚更裕美を大事に扱わないといけないのだ。なのに俺って・・・。2日どうするつもりなんだ・・・?俺は分からなくなっていた。

機内放送で着陸態勢に入ったとのこと。眼を開けて窓の方を見ると関西の町並みが見えてきた。放送で裕美も眼が覚めたようだった。

「もう着くの?」

「起きた?うん、もうちょっとで伊丹着くよ。気分はどう?眠れた?」

「うん、少しは良くなったかな。鮫君は起きてたの?」

「俺は昨日寝すぎたからね。眠くもないし元気ハツラツだよ」

「そう、良かった。じゃ、着くまでシリトリしようよ、ね!」

「え、こんなとこで!?みんな黙ってるし恥ずかしいよ」

「小っちゃな声でやったら分からないです、いい?私からね・・・」

と言って裕美から『飛行機』と出たものだから『金閣寺』と答えてしまい、そのまま着陸まで続いてしまった。幸いにして小声だったものだから、回りにバレることなく着陸した。ふー。こういうときの裕美って何考えてるのか分かんないが、とにかく無事着いて安心した。飛行機から降りて荷物を受け取り、モノレール・阪急電車乗り継いで俺の家に着いた。
(続く)

実は今回の帰省は、俺自身もとても緊張することが控えてた。

二つある。

一つは、俺の両親にはっきりと裕美と結婚することを伝えて了解もらうこと。

おとんもおかんも裕美のことは気に入ってもらってるようなので問題はないと思ってる。難点は俺がまだ未成年ということと、学生ってことくらいじゃないか?

別に婚約(あくまでも気持ちの上でのことだが)したからといって一緒に住むわけでもないし、まだ裕美のお父さんのことも残ってるしでウチの方だけ了解取り付けたいんだ。

裕美にはそれ伝えてOKもらってる。裕美の気持ちも分かってる。早過ぎるって気持ちもあることは認めよう。でも、俺たちの気持ちはこのままずっと続くことは明白なので、そのけじめをつけたかった。告白は元旦にするつもりでいる。

それと二つ目。親には2日に東京に帰ると告げていた。が、ホントは3日に東京に帰るのだ。今日と明日は俺の家に裕美は泊まってもらう。

が、2日は梅田でホテルの予約を入れてるのだった。本当に初めて二人での宿泊。何が起こるかは今は考えていても言えないこと。

一番大事なことは裕美が梅田の泊まりをどう思うかだったが、裕美は当初二人で泊まるってことに少し逡巡していたがOKした。

俺も裕美も軽い奴と思われてもいい。俺たちにとっては、他人からどう思われようとどうでもいいことだった。文字通り俺たち二人だけの慌しい中でのいつもの静謐な、そんな中での記念となる大切な一日を裕美と二人で過ごす。

裕美をどうするのか?一番肝心なことはまだ何も決めてなかった。裕美を滅茶苦茶にしたいって感情といつまでも大切に閉じておきたい感情、宝箱みたいに決して触れてはいけないような感情が俺の頭をグルグル交錯していた。

でも、そんなことは表情に出さず、裕美の迷った上での?二つ返事に俺にとってはますます裕美が愛おしく思えてた。2日になったら解決するだろうと思っていた。安易で優柔不断な俺。反省すべきことだったけど・・・。

「本当に行くの?」裕美が訊いてきた。

「もう予約は入れてる。けど、やっぱり止める?」

「ううん、いいの、いいんです・・・。あ、搭乗始まったよ」アナウンスに乗客が並び始めた。

「うん、行こうか」そのまま裕美と飛行機に搭乗した。飛行機は773型で横2・4・3の席となってて俺たちは二人がけのシートに座った。裕美は窓に座ってもらい俺は通路側に座った。そのまましばらくして離陸した。

「東京もしばらくサヨナラだね」特に感慨はなかったが、住み慣れてる東京ともしばらく離れる。

「うん、そうだね。って寂しい?」

「全然!裕美がいてくれたらどこにいても寂しいなんて思わない。裕美の方こそどうなの?また緊張してる?」

「少しはね。でも、鮫君のご家庭は優しい人ばかりだからいいよね」

「あ、今回は姉ちゃん一家も来ると思う。隣の西宮に住んでるけど初めてだよな」
(続く)

今日は大晦日31日。待ちに待った?実家への帰省の日だ。昨日は俺も今年最後の洗濯とかして何かと忙しかった。年末年始は何もしなくてもバタバタしてる。多分今日もどこ行っても大勢の人で慌しいんだろう。

裕美とはいつものJR新宿駅の南口、小田急線とかち合うところで待ち合わせをしてた。9時羽田発なので7時にここで待ち合わせをしていた。

案の定、朝早くでも人でいっぱい。うーん、見てると酔いそうになってくる。

待ち合わせの場所に着き時計を見ると6時50分。お、今日は俺の方が早く着いたんだ。こんなことも初めてのことだったので、何か可笑しな気持ちになって一人笑いしてしまった。と思う間もなく、裕美も着いた。寒がりだから結構着込んでる。でも綺麗だ。何着ても似合う彼女に俺も鼻が高かった。

「おはよう!」

「おはよう!今日は鮫君が先着てたんだ。待った?」

「いや、俺も今来たとこ。ま、ゆっくり乗ろうか」と言って裕美の旅行カバンを代わって持った。キャスター付だから訳ない。そのままエスカレーター下り電車に乗った。混んでて大変だった。

品川で下り、京急で羽田へと向かった。モノレール使わなかったのは多分混んでると思ったので。座れる席も少ないし。結局は京急も混んでて同じだったけど。ずっと立ちんぼで電車過ごした。

50分ほどかけて羽田空港着いた。ここも年末故郷に帰る、もしくは海外で過ごす人でごった返してた。時間はまだあったので、

「お土産でも見てみるけど、大丈夫?」

「早めに搭乗口行っといた方が安心できるよ」

「うん、その近くで探してみるよ」と言って裕美の手を握って向かった。

検査場がまた大渋滞で少し焦ってきたが、問題なく通過して搭乗口まで向かい、近くの売店でお菓子を探した。俺は有り触れてるけどクッキー買った。裕美はというとバームクーヘン買った。

お土産も買ってホッとして待合席に座った。朝からだけど裕美も疲れてるみたいだ。

「疲れたね、コーヒーでも買ってこようか?」

「うん、お願い」俺も飲みたい気分だったので売店で缶コーヒー買って裕美に渡した。ホントはこういうときってインスタントじゃないのが欲しかったが我慢だ。プルトップを開けて飲む。うん、落ち着いてきた。

「でも、大丈夫?」

「大丈夫だよ、私も落ち着いてきたし」

「いや、また俺のウチに来てもらうこともあるけど・・・」

「何・・・、あぁ、あのことね?」

「うん・・・」
(続く)

私~Intermission6~

お兄ちゃんが昔に戻って話してくれたのはとっても良かった。以前の兄だったから話しやすくて今日は気持ち良かったね、鮫君?あなたも気持ち良さそうだったし前から兄と知り合いみたいに見えたよ。ホント、仲のいい友達みたいな感じだったね。

私も安心できた。これからも兄に時間の都合とか訊いてみるから、時間が合えば兄にも会ってね。うん、私たち上手く行ってるよね。

後は・・・お父さんかな。でも、父は難しいよ。今でも会えない状態だから・・・。でも、いつかは必ず話すから待っててね。まだ時間あるよね?もうしばらく待っててね。

私があなたのお嫁さんになるって初めて言ったのにあなたは快く受けてくれたね。

私、兄のことよりも、それ以上にあなたが言ってくれてこととっても嬉しかった。

私みたいなので良かったらいつでも受け取ってね。もうあなたといつも一緒にいたいのに、あなたは分かってくれてるよね?以前と違って私何も言えなくなってるけど、この気持ちだけはあなたにしっかり伝えないといけないね。ってもう分かってるか?

明後日またあなたのご実家に行くけど、そのときに私も正直な気持ちあなたのご両親にお伝えしていいかな?図々しくないかな?まだ2回目の面談なのに早すぎるかもしれないけどね。

あー、明後日か、早いようで短いな。時間が経つのがどんどん早くなってるみたい。どうしてなんだろうな。年末年始だからかな?いいことって時間経つの早いのかな?だったら一緒にいるときの時間もっと大切にしないといけないね。もっとゆっくり過ぎて欲しいな。

今年はお互い20歳。1年後の今頃ってどうなってるんだろうね?まだ学生だけど早く卒業してあなたと一緒に暮らしたいな。

大学卒業して私も少しは仕事した方がいいのかな?でも、就職出来てもすぐ結婚じゃ入った会社に迷惑かけるだろうな。私には仕事したい気持ちなんてないもの。

そんなことよりもあなたのお世話を毎日したい。朝ごはんから始まって毎日Yシャツ・ネクタイ用意してあげて、あなたが出勤したら後片付けとかお洗濯とかお掃除、そしてあなたが帰ってくるまでお買い物してお料理の用意して待ってる。

あなたが帰ってきてから一緒に晩ご飯食べていろんなお話して笑いあう。お風呂上がって一緒に眠る。傍から見たらごくごく平凡な何もない毎日かもしれない。けど、私はそれが一番の幸せ。

あなたのいろんな表情見て笑ったり悲しんだりする私。あなたを追ってるだけの私で満足。って空想過ぎかな?あなたも仕事で疲れていろんな愚痴も出てくるだろうな。

そのときはずっと聞いてあげる。それで一緒に相談しよ!あなたが言ってた一人で解決出来なくても二人なら解決出来ることがきっとあるはず。楽しみも苦しみも一緒に乗り越えていこうね。

で、しばらくしたら赤ちゃんも欲しいな。あなたと私の赤ちゃんだからきっと可愛い赤ちゃんだろうな・・・。

空想が酷すぎるのかな?でも、いいの。あなたもきっと私の気持ち喜んでくれるから。空想でなくなるのもきっと早いと思うしね。

明日はしっかり準備しておくね。あなたとは会えないけど、たまにはあなたにも時間あげる。明後日は待ち合わせの時間も場所も決めてあるから何も不安じゃない。また私の方が早く来てると思う。

鮫君、待ってるよ。
(続く)

「で、裕美はどうするの?卒業したら?」

「・・・まだ考えてない」

「お前は連通いつでも入れるだろ?」

「OLもいいけど・・・」

「あ、そうかお前英語喋れるんだったよな。なら通訳とか?」

「それもちょっと。まだ考えてません」

「甘いけど、女だからいいか」

「・・・お兄ちゃんには悪いけど、私は素敵な奥さんに一番なりたいんです!」

「え!?このさめゆき君とか?」

「それはまだ決まってません。けど・・・」

「智さん」

「何?」

「僕たちはまだ学生で将来のこと何も決まってません。ですが就職決まれば裕美さんをいただきたいと考えてます」

「へぇー、もうそこまで話ついてんだ、参ったな。じゃこのまま何もなければ即結婚ってわけ?」

「具体的に何もしてませんけど、気持ちはそうです」

「いや、やるなぁ、俺でも学生の頃なんて結婚なんて考えたこともなかったのに・・・。いや、年が若いと考えも若いのかな。ま、君なら間違い起こしそうにないから大丈夫だろうけど」

「有難うございます」

「じゃ、これでいい?ちょっとブラブラしてくるよ、あ、一人で行きたいから。これで失礼するよ」と言って智さんは出て行った。

「有難うございました」智さんを後に挨拶したが、智さんは片手を上げてそのままいなくなった。

支払いもしてくれた。有難う、智さん。結局裕美が話してた冷たいお兄さんとは全く違った血の通った暖かい人だというのが分かって嬉しかった。いきなり俺たちのこと認めてもらえたし、仲間になってもらえた。智さんともこれから出来るだけ会ってより親しくさせてもらおうと思った。

その後俺たちはまたカラオケ始めた。一つ一ついい方向に流れてることが実感できた今日だったので思いっきり歌った。

相変わらず裕美のカラオケは上手かったが、カラオケでカクテル(お酒だ!)裕美が頼んだのはびっくりした。こんな冬に!一杯だけだったが気持ち良さそうに飲んでた。カクテルなら苦くないし。気分悪くならなくてホッとしたけどね。

俺は生中三杯飲んだ。ここでご飯も頼んだ。4時間はあっという間に終わった。楽しかった。

店を出て裕美の家まで送った。別れ際にまたキスした。カラオケの高揚感の残渣が残っていたが、今日も俺は理性が上回っていた。キスだけで十分満足し、それは裕美も同様に見えた。

明後日また新宿駅で待ち合わせをし、俺の実家に行くことが決まっている。早いけど、ホントに早いけど、俺の両親に裕美との結婚を承諾してもらうつもり。何も問題ないのは分かってる。一つ一つ順序を踏んでやっていくんだ。

俺も部屋に戻り裕美に無事帰れたメール出してまたアメーバ開きブログ書き始めた。少し酔ってたので時間かかったが、更新完了。俺も眠ろう。・・・いい一日だった。

明日は・・・、明日は閉じこもっていよう。裕美は明後日のことで忙しいだろうからいいとこメールだけで止めておこう。俺の方は特に用意するものもないので久しぶりにゲームでもするか。・・・そんなこと考えながら眠った。
おしまい(続く)

「昔は大人しいだけのお前が、あいつに変な奴と付き合わされてますます落ち込んで行ったよな。ホント悪かった。2年くらい前だっけ、俺もあいつにほとんど毎日あいつの会社行けって言われたから、お前にかまう余裕もなかったんだ。
でも、今はこうして明るくなってるし、お前が笑うとこ見たの久しぶりだよ。小田島君と付き合ってやっと自分らしさが取り戻せたのかって思うよ。良かったな、裕美。それと有難う、小田島君。君はいい奴だな」

「有難うございます。ですが助けられたのは本当は僕の方ですから。・・・僕の高校時代は根暗な毎日でしたが、大学入って裕美さんと付き合っていくうちに少しずつですが明るくなりましたし、今は責任感が大きく背中に乗っかってますよ」

「ふーん、まだ学生の身なのにしっかりしてるな。根暗って言われてもちっとも感じないし。小田島君なら変なことには突っ込みそうにないから安心できるよ。5年後も10年後も裕美を君に任せても構わない。責任感か、俺はもう放棄してるからな、横山の家は」

「お兄ちゃん、もうお父さんの会社には戻らない?」

「馬鹿なこと訊くなよ。俺は一生ブロキャスに捧げるつもり。マスコミも景気悪いけどITよりはまだまだましだしな。あいつの会社もどうなるんだろうな?しきりと中国系資本が入ろうとしてるみたいだけど」

「そうなんですか?」

「ITに限らず今の日本の家電とか車のメーカーとか大変なの知ってる?凄い赤字決算だったろ?」

「テレビのニュースとかネットでやってましたね。どうなるんでしょう、これからの日本」

「考えないこと。自分の会社が海外に乗っ取られないよう、出来るだけ大きな資本のある会社に入るのがいいだろうね」

「僕はまだ業種も決めてませんけど、出来ればやっぱり教師になりたいと思ってます」

「やめとき!あ、悪い。でも少子化は知ってるよね?」

「ええ、まぁ」

「日本の将来は少子化でどんどん高齢化して駄目になる。ましてや教師なんてまず入れないって。何十倍もの今一番の狭き門じゃないかな。吸収されにくい民間企業に行くべきだよ」

「そうですか?でも将来の道がまだ見えてこないものですから・・・」

「それはこれからじっくり考えたらいい。まだ1年だから時間はある。出来ればTOEICみたいな資格取っとけば就職に有利だよ」

「はい、智さんにこんなところでアドバイスいただき有難うございます。まだ就職のことは考えてませんでしたが、これからじっくり考えて進めていきたいと思います。もっとも教員試験は受けるつもりですが」

「何でもチャレンジだ、頑張れよな、あ、名前何て言うの?」

「鮫行です」

「さめゆき?変わった名前だな、ま、さむゆき君のこれからに期待してるよ!」

「有難うございます」
(続く)

「俺からは以上。小田島君も裕美のことしっかり守ってやって欲しい。で、君から訊きたいことある?」煙草に火をつけてお兄さんから言ってきた。

「そうですね・・・」裕美を見た。コクリと頷いて、

「せっかくだから訊いてみたら。こんな機会って滅多にないと思うし」俺も頷き、

「・・・今付き合ってる方は本当にいないんですか?」

「そんなことか?いないよ。だから時間がないって言ったろ。昔話ならいくつかあるけど聞きたい?」

「差し支えない程度で結構ですから伺いたいですね。きっと僕らにもいい方向に繋がると思いますし、な?」

「そうね、そんな話これまで聞いたこともなかったしね」

「そう、俺のは簡単よ。出会って付き合って別れました。その繰り返しってね」

「それはないですよ!」

「そんなのただの箇条書きじゃない」

「だから秘密。小田島君とは初めて会ったばかりでいきなりそんな話なんか出来ない。恋に教科書なんてないさ。お前たちが作っていくもんだから。それよか半年経ったんならいろいろあったんだろ?」

「そうですか、ってそうですよね。初対面でわざわざ会っていただいたのにそこまで話せませんよね。有難うございました。これも勉強になりました」

「分かってくれたらいいよ。他にはないの?」

「えっと、そうですね。・・・智さんはお父さんとは仲直りするつもりはないんですか?」

「おっと、いきなり核心突いてきたな。・・・ないよ。俺あの独裁者とは暮らしていけないから近々家出るつもりだし」

「独裁者、ですか・・・?」

「小田島君は大体裕美から聞いて分かってるだろうけど、ウチはあいつの命令って絶対だったんだ。俺も大学入る前からあいつからあいつの会社入れ入れって言われてたけど断った。それも大変だった・・・。
俺はナマで人と関わりたい仕事がしたくてこの業界入った。・・・言えないけど酷かったよ。勘当するとかも言われたしさ。
ま、俺もブロキャス入ってもう2年になろうとしてる。あ、言ってなかったっけ?俺まだ24、いやもう24か。君より5つ年上か。
仕事もまだまだ不慣れなとこあるけど、そろそろ局の近くに住むつもり。仕事もすぐかかれるしさ、別にあの家にいても楽しくもないし」

「それはお母さんが悲しみませんか?」

「お袋も例の事件(知ってるよな?)がきっかけで性格ガラッと変わった。元は優しい人だったけど、今は180度変わってしまった。何でもかんでも話突っ込むようなハードなことしてるよな。でも、あいつがあんなことしたからおふくろも変わってしまったんだ」

「裕美さんから少しは聞いてましたが、お母さんも元には戻れないんですか?」

「もう無理って。昔はあいつもまだ父親らしいとこあったけど、もう駄目だな。会社も落ち込んでるし。だからこそ裕美にもあんな横柄なことしたんだよ、自分の会社救おうとして・・・。裕美、お前も辛かったろう?」

「もう昔のことだし忘れた」
(続く)

「いや、夫婦喧嘩はもういいよ、二人でやっといて。・・・でも羨ましいよ。お互い何でも話せてるんだろうな。俺も彼女欲しい」

「お兄ちゃんならすぐ出来るよ」

「ええ、智さんはハンサムですし」と笑ってしまった。

「時間がないんだよね、付き合ってる時間がさ。で、お前たち二人ともずっといちゃついてるけど、喧嘩とかもう何度もした?」

「喧嘩ですか?」お兄さんから言われてみて、これまでを振り返ってみたが、喧嘩らしい喧嘩したことないことに気付いた。「いいことなのか悪いことなのか分かりませんがありません」

「一度も?」

「はい、ありません、よな?」裕美に顔向けると、

「うん、ないね」の返事。

「そしたらお前たちの仲ってまだ本物じゃないな」

「え!?」

「俺の経験から言わせてもらうけど、付き合いってものは必ず喧嘩ありきってことさ。喧嘩してお互いもっと仲良くなる。それがないんだったら、お前らの関係も極めて薄いな。何か演技でもしてるんじゃないの?」

「演技って、振りってことですか?・・・そんなことしてませんけど」

「今はそう思ってるだろうけど、本当の気持ち同士がぶつかったら喧嘩なんて当たり前だよ。ま、お前たちならこれから喧嘩もするだろうし大丈夫だろうけど」

「そうですか・・・」

「喧嘩なんか必要ないよ。私たちのことは私たちが一番よく分かってる。喧嘩なんかしても残るのは後悔だけよ」

「頭のいいお前もこうしたことは全く駄目だな。いいか」

「お兄ちゃんもうその話は止めて!」裕美が怒り始めたようだ。お兄さんも結構話すタイプの人だが、こういう話は俺もいいと思ったので、

「いろいろと貴重なご意見有難うございます。でも、僕たちは喧嘩ってこれから先必ずすると思います。たまたま今してないだけだと思うんです。雨降って地固まるっとでも言うのでしょうか?喧嘩した後はまたいい方向での結果が出てくると思います。喧嘩する・しないにしろ、僕たちとっての喧嘩は間違いなくいい喧嘩になると思ってます」

「いや、お見事だ。そんなこと言ってくれると俺も小田島君安心して見てられるよ。君ってパッと見子供子供してるって思ったけど、案外世間見てんだな。裕美も君とならやっていけるだろう、うん」と言ってお兄さんは腕を出してきた。「握手しよう」
「はい」俺も手を出して握手した。がっしりした骨太の手だった。
(続く)

「裕美から俺のこと何か聞いてる?いつもムスッとしてるとか、冷たいとか言ってるんだろうけど?」

「ごめんなさい。実は冷たい方って裕美さんから聞いたことがあります」

「やっぱりな、裕美、俺って冷たいって思ってんの?」

「だって、お父さんと同じで滅多に顔合わせないじゃない。話さなくなったら自然そう思うでしょ?」

「お前なぁ・・・。冷たいってのは間違い。高校のときと変わってない。俺ってホントは優しくていい男だぜ。こいつとはほとんど喋ってないからそう見られてんのかな?」

「今日のお兄ちゃん違うね。昔に戻ったみたい」

「・・・」俺は二人の会話を黙って聞いていた。智さんて別に問題ない風に見えるけど?

注文した料理が運ばれてきた。
「食べようか」

「はい、いただきます」お兄さんはハンバーグ定食で俺たちはから揚げ定食をそれぞれ食べ始めた。

「・・・付き合って半年って言ってたけど、きっかけは何?こいつの性格なら男と出会う機会もないだろうしさ。よく見つけられたもんだ」

「ええ、6月の合宿研修で知り合いました、でもお兄さん」

「何?」

「裕美さんは誰が見てもビックリするぐらい綺麗ですよ」

「綺麗なことは綺麗なんだろうな、でもうわべだけだぜ。こいつって大人しすぎるって。全く、なぁ?」と裕美に顔向けたが裕美は黙ったまま。「ま、愛想ないのは俺もだけどな・・・」

「言い過ぎでしょう!僕には優しいですよ」

「とにかく、喋んないこいつとよく知り合えたな。驚きだよ、全く」

「お兄ちゃんだって喋らないじゃない!」

「俺はいいの、仕事で嫌になるくらい喋ってるから。フリーのときは黙ってるんだ」

「お仕事お忙しいですか?」

「もちろん!テレビ会社なんて入らなければ良かったよ。休みも少ないしな」

「夜帰ってくるのも遅いもんね。出張も多いし」

「ああ、大変だぞ、この仕事。彼女作る暇もないからな。いいか、小田島君も裕美大切にしたいんだったら絶対マスコミなんか入るなよ」

「まだ具体的に仕事は決めてないです」

「もうそろそろ始めた方がいい。俺は高校からマスコミって決めてたから」

ゆっくり静かに食べてる。コーヒーのお代わりは俺が担当した。

「ごちそうさん。・・・今日は俺予定入ってないからちょっと聞かせてよ」

「ええ、何でも訊いてください。僕からも伺いたいことありますので」

「ふーん、いいけど。・・・じゃ訊かせてもらうよ。裕美は大人しくて地味だけど美人だから、もう顔と性格が正反対。小田島君は裕美のどっちを好きになったの?目立つ外見と地味な性格、って最初からこんなこと訊くかな?」

「どちらも好きですって言ったら答えになりませんよね。最初初めて会ったときは裕美さんの外見が気になりましたが、今は性格ですね。どこかほっとけない、何するか分からないところがありますから。しっかりしているように見えて」

「それは小田島君も同じだよ。一人にさせたら何するか分かんないもの」

「え?そうだっけ?最近はわりと何でも率先して行動取ってるつもりだけど、はい、ごめんなさい。これから気をつけますから一人にしないでください」

「ほとんど一緒にいるけどな!」
(続く)

横山智

「それは言いっこなし。・・・とにかくお兄さんからも俺たちのこと認めてもらおう」

「・・・鮫君、さっきの続きなんだけど」

「何?」

「私と土日過ごしてくれるの?」

「え?」

「さっき言ったよ」

「そうだっけ?うん、言ったよ。でも、ここまで言わさないでよ。もう分かってるだろ、俺の気持ち」

「ごめんなさい・・・」

「いや、俺も言い過ぎた、ゴメン。さてそろそろかな?」時計を見ると11時。でもお兄さんは来ない。「もうそろそろ来てもいいんだけどな」

「私に似て遅れること嫌う人だったけど・・・」

そのままぼんやりと窓の外眺めてた。裕美も黙ってた。

お兄さんは10分ほど遅れてきた。店の入り口入ってキョロキョロしてるのを見つけて、
「お兄ちゃん、こっち」と裕美が手を振った。気がついてこっちに来て、俺は立ち上がった。遂に来たんだ、裕美のお兄さん!

「遅くなって悪い。会社から電話入ってきて、ちょっと電話してた」と言って俺を見た。「えっと、彼が・・・」

「初めまして、小田島と申します。今日はお忙しい中、有難うご・・・」

「いいよいいよ、堅苦しいの苦手なんで。裕美の兄の智(さとし)、ヨロシク」と言って座った。まだ突っ立ってる俺を見て「小田島君だっけ、座りなよ」と言ってくれたので座った。座って智さん見ると、テレビで見たときと同じ結構なハンサム。背が高く眼がくっきりして鼻筋も通り痩せ気味で肌が赤黒い。誰が見ても印象に残る顔立ちのお兄さん。羨ましいって正直思えた。

「お兄ちゃん、いつも忙しいのに有難う。今日は付き合ってる小田島君に会ってもらいたかったの。最近あんまりお兄ちゃんと話も出来なかったし、今日はゆっくり話したいな」と言って裕美は俺を見た。

「はい、お兄さんとは初めてお会いしますが、裕美さんと付き合って半年間、いろいろありましたが、お兄さんからも僕たちのこと認めていただきたく今日お越しいただきました」チラッと智さんは俺を見たが、意に介さずって感じで、

「もうお腹空いただろ?何か頼む?」といってメニューを回した。俺たちは眼を合わせて、

「そうですね、何か注文しましょう」と言ってそのまま俺たちもメニュー見て決めた。そのまま智さんが注文しまた俺を見た。

「・・・裕美も暗い過去があったけど、ま、いいんじゃない?俺は俺だし裕美も裕美だしな。お前も最近明るくなってきてるし何も言うことないよ。この彼氏のせいか?これでいい?」

「有難うございます」何かやけにあっさりしてる。けどこれで了解もらえた?

「あ、煙草吸うけどいい?」と智さんが言ってきたが俺たちは頷いた。「悪い、これないと駄目なんだ。でさ、肩抜きなよ、小田島君だっけ。何かこっちまで緊張しちゃうよ」

「すみません、いや、でも初対面ですからやっぱり・・・」

「最初だから緊張するのかな、まぁ、気楽にしてよ」

「はい、有難うございます」

「だからそれは言いっこなしだって」

「はい、ごめ・・・、いえ、なしですよね」少し笑ってしまった。裕美の言ってた冷たい人じゃないじゃん。まだ分からないけど。
(続く)