特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

厚顔無恥 ~前篇~

2020-06-30 08:30:37 | その他
外出時のマスク着用が当然のエチケットになっている今日この頃。
一時のマスク不足は解消され、街でもフツーに購入できる。
結局のところ、やっと届いたアベノマスクも用をなさず。
“かかった大金が、もっと有効に使われていたら”・・・と思うと、何とも歯痒い。
自分の努力や忍耐力ではどうにもできないところで困窮している人がたくさんいるのだから。

そんなアベノマスクが可哀想になるくらい、既に、市中には多種多様なマスクが出回っている。
で、昨今は、冷感マスクとか、暑さに強い素材のもの、また、呼吸がしやすいものが注目されている。
人気商品になると、ネットでも店頭でもなかなか手に入れることができない。
私は、ずっと不織布の使い捨てマスクを使っているけど、汗で濡れると、鼻口に貼りついて まともに呼吸ができなくなってしまう。
で、たまにポリエステル製のモノを使っている。
もちろん、ネット弱者のうえ、店に並ぶヒマもないから、その辺の量販店で売っている安物を。
それでも、不織布に比べると、随分と快適である。

しかし、疑問もある。
それは、マスク本来の機能。
「呼吸が楽」ということは、フィルター機能が弱いのではないだろうか。
いくら呼吸が楽でも、涼しくても、ウイルスが筒抜けではマスクを着ける意味がない。
顔が暑くなるのは困るけど、ウイルスが通り抜けてくるはもっと困る。
頻繁に流れるマスク紹介のニュースは、快適性やデザインばかり注目し、肝心のウイルス対策の機能についてはほとんど触れない。
取り扱っている会社は一流企業も多く、「金になればそれでいい」「売れればいい」等とは思っていないはずだけど、品質や機能についてもキチンとした説明がほしい。
ま、そこのところは、価格とのバランスもとらなければならないのだろうから、各メーカーの良識に任せるとして、この辺で、“顔が暑い”話から “ツラが厚い”話に移ろう。


見積調査を依頼された現場は、老朽アパートの一室。
用向きは家財生活用品の片付け。
間取りは1K。
暮らしていたのは70代の男性。
長患いの末、病院で死去。
その住まいには、古びた家財だけが残されたのだった。

依頼者は故人の弟。
アパートの賃貸借契約の連帯保証人。
「いくらかかる?」
「見積は無料なのか?」
と、当初の電話は金銭的な質問ばかり。
早い段階から“金銭にシビアな人物”ということが見て取れ、
“ただの冷やかしじゃなきゃいいけどな・・・”
そう思いながら、私は、依頼者の質問に応えた。
ただ、“できるだけ費用は抑えたい”と、何事においてもそう思う庶民感覚は充分に理解できる。
私の気に障ったのは金銭的なことではなく、男性の態度と その口からでる言葉。
フレンドリーなタメ口ならまだしも、偉そうなタメ口。
声からして明らかに私の方が年下で、暫定とはいえ、男性は“客”で私は業者。
それでも、私は、初対面の人間にタメ口をきくような礼儀を知らない人間は好きではない。
相手の心象なんかお構いなしに、デカい態度でタメ口をきく男性に、強い不快感を覚えた。

どの世界にも、まだ客になってもいないうちから客面する人間はいる。
私の業界でも珍しくなく、そこら辺は割り切らないと仕事にならない
で、男性は、現地調査の日時も一方的に指定。
多くの依頼者は、希望の日時を持ちながらも、こちらの都合も聞いてくれるのだが、男性に私の都合なんか関係なし。
この類の人間には社会通念は通用しないことが多い。
余計なことをいうと話がこじれて無駄に長くなるだけなので、私は、男性の指定した日時に素直に応じ、現場に出向く約束をした。

日時が決まったら、次は場所の確認。
現場の住所を訊ねると、男性は「○○区○○町○丁目○号○番地」と返答。
建物名を訊ねると、「何だったっけなぁ~・・・思い出せない・・・古いアパートの2Fだから来ればわかるよ」とテキトーな返事。
ただ、今はカーナビも高性能だし、スマホの地図アプリも使える。
その昔、私がこの仕事を始めた頃は、カーナビやスマホはおろか、一般人は携帯電話さえ持っていなかった時代。
当時は、ポケットベルと縮尺100万分の1地図でフツーに仕事をしていた。
それが当り前だったわけだから苦も無くやっていたけど、それに比べれば全然マシ。
番地までわかれば目的のアパートは難なく探せるはず。
現地で待ち合わせることができればいいだけのことなので、アパート名は不明のまま電話を終えた。

約束の日、私は目的の住所に出向いた。
幹線道路に面した場所で、近くに駐車場はなく、私は離れたコインPに車を停めて、そこから歩いていった。
しかし、教えられていた場所に、それらしき老朽アパートは見当たらず。
ただ、その周辺には何棟かのアパートが建っていたので、“このうちのどれかだろう”と思って、約束の時刻が近づくまで待機。
そして、前触れもなく遅刻するのは失礼なので、約束の時刻の10分前になって男性に電話をかけた。

「今、近くにいるはずなんですけど、どのアパートですか?」
すると、
「俺も、今、来たところ」
とのこと。
しかし、その周辺にそれらしき人影は目につかなかった。
それで、私は、建物の色や特徴、更には周囲の景観を訊ねた。
相変わらずの言葉づかいが気に障らなくはなかったけど、それよりも、男性が説明するアパートの特徴も、周辺の景色も、私がいる場所と噛み合わないことが気がかりに。
どうも、まったく別の場所にいるようだった。

そこで、教えられていた住所を再確認。
すると、「○丁目○号○番地」の「○号○番地」の部分が違っていた。
紛らわしい数字ではあったが、明らかに男性のミス。
しかし、男性の誠実性を疑っていた私は、男性が私に濡れ衣を着せようとすることを予感。
当然、そんなことされたらたまらないので、
「確か、“○丁目○号○番地”っておっしゃってましたよね!? メモを復唱して確認もしましたし!」
と、間髪入れずに先手を打った。
そう言われた男性は、自分が間違っていたことを認めざるを得ず。
だが、しかし、
「とにかく、○丁目△号△番地だから、そこに来て!」
と、悪びれた様子もなく、これまた一方的に指図してきた。

当然、私はムカッ!ときた。
ただ、仕事は仕事で進めなければならず、抑えきれるくらいの苛立ちを覚えながら、私はスマホを再検索。
画面に映された地図を凝視し、そこまでのルートを目で追った。
もともと、“○丁目”まで同じなわけで、新しく示された場所はそこから数百メートルのところ。
わざわざ車を使うほどでもなく、私は、そのまま歩いて訂正された住所へ向かった。

目的の番地には、ものの数分で到着。
しかし、そのエリアには、アパートらしき建物がまったく見当たらず。
先程とは違い、隣接する番地にもアパートはなく、町工場やオフィスビルが建ち並んでいるだけ。
更に、その周囲は道路や空地。
それ以上 探しようがなかった私は、再び男性に電話をかけた。

「今、教えられた番地にいるんですけど、この番地は、会社の事務所になってますけど・・・」
すると、
「そんなはずないよ! ちゃんと探してんの?」
とのこと。
ただ、私がいる場所周辺に住宅はなく、どこからどう見ても違っていた。
で、その地域は、町名の前に「西」がつく町もあるところもあることに気づいた私は、
「もしかして、○○町じゃなく、西○○町の間違いじゃないですか?」
と問いただした。
しかし、男性は
「間違ってないよ! 周りをよく見てみなよ!」
と、私の話もろくに聞かず、そう言い張った。

そうして問答することしばし、男性のもとにアパートの大家が現れた。
男性と話していてもラチがあかないと思った私は、大家に電話を代わってもらった。
そして、アパートの周囲に目印になるようなモノがないか尋ねた。
が、やはり大家とも話が噛み合わず。
ただ、大家はすぐにピンきたようで、
「もしかして、あなた、○○町にいるんじゃないの!?」
「うちは西○○町ですよ!?・・・西!○○町○丁目△号△番地です!」
と、少し呆れたように、真正の場所を教えてくれた。

やはり、町名が違っていた。
“やっぱりそうだろ!?”
“だから、何度も確認したんじゃないか!!
“それを、ロクに確認もせず、偉そうに言い張って!”
私が湧いてくる不満を収めきれず、内心でブツブツ。
大家から男性に電話を戻してもらい
「やはり、町名が違っていたみたいですよ!」
と、嫌味を込めつつ、男性に非があることを理解させようとした。
それでも、男性は平然。
「とにかく、さっきから待ってるんだから、はやく来てくれる?」
と、詫びの言葉一つも入れないで、まるでケンカを売っているかのような言葉を返してきた。

当然、私はムカムカッ!ときた。
それでも、一仕事が待っている身。
約束に時間に遅刻してしまうことは避けられなかったけど、こんな時こそ、焦らず、慌てず、イラつかず、冷静に行くことが大切。
私は、二~三度 深呼吸して後、“もしかしたら、このまま歩いて行けるかも”と期待を込めてスマホを検索した。
しかし、残念、画面はやたらと長い道程を表示。
真の場所は、そこから3kmばかり離れていた。
ウォーキング好きの私でも30分はかかる。
私は、徒歩で行くことを諦め、離れたところに停めていた車のもとへ。
無駄になった駐車料金を精算して、再び車に乗り込んだ。

やっとのことで現場アパートに到着した私。
自分に対しても人に対しても時間にうるさい私は、結構なストレスを抱えていた。
結局、最初の約束時刻から30分の遅刻。
現場には、大家をはじめ、管理会社の担当者も来ていた。
待たされたことに不満を覚えていたのか、男性は外にでてタバコを小刻みに吹かしていた。
私に非がないことは明らかだったが、立場上、私の方から頭を下げた。
一方の男性は、頭を下げるどころか、例によって詫びの言葉ひとつもなし。
当り前のような顔で、「ちょっと見てくれる?」と二階の部屋を指差し、私を急かした。
その厚かましい態度に、当然、私はムカムカムカッ!ときた。
が、そこは仕事場。
“我慢!我慢!”と自分に言いきかせ、内心を表に出さないように気をつけた。

しかし、そんなストレスをよそに、男性の厚顔無恥ぶりは、とどまるところを知らず。
この後、さらにエスカレートするのだった。
つづく




特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949

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