月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

晩夏から秋にかけて。 友のことを書きます。

2019-11-01 11:52:52 | ご機嫌な人たち




晩夏から秋にかけて。
友のことを書きます。


窓のむこうの山脈は、いまにも燃えそうな気配だ。秋は変化し、動いているから美しいのだと思う。自然の動きがみえる。きょうも。マンションのゴミステーションに「もえるゴミ」を捨てにいった時、街路樹のポプラは、黄やオレンジに変わっていた。変わる秋をたのしもう、と思いながら家から出ず、原稿を書く日々である。

そして。11月だ。信じられない。

9月のはじめから、平静でいられない日々。心ここにあらずの状態で淡々とすごしていた。取材も多かった。一週間のうち多くは広島、東京、長野、岐阜を取材し、飛行機や新幹線でのなかで、気がかりの種について、思い巡らせていたことも多かった。

帰宅するや、原稿作成をする必要があって。
月刊誌のライティングをその合間にいれると、まるで3日のような顔をして週末になり、7日が過ぎた。

文章を書くことを生業にしている友人が、
抗ガン剤治療を再びはじめている。



近親者の病状というのは、気になる。
単に、気になる。気になるから、周囲の小さな知識を拾い集めて、調べる。想像をめぐらす。一緒にあそんでいた時のその人のなにげない言動を回想し、やはり気になる。
家族で同居でもしていたら、そう気にならないのではないか、見ぬから、知らぬから気になるのだ、ということに思い至る。

それでなくとも一緒にごはんをたべて、しみじみおいしい、寺院をみて、わー清々しい、と。
花をみて、器をみて愛おしい!と一緒に好奇心をはたらかせて愉しめる友は貴重だから。

かといって。一種ストーカー的にはなりたくない。
どう思おうとわたしの勝手だが、人に迷惑をかけないようにしなくれは。
人というのは、ここでは本人はもとより、同居する主人や仕事のクライアントや、母や。いろいろな人のこと。
(なんだか、いつもとちゃうやん。どうしたんよ
)と思われてはいけない。


けれど。9月末くらいから、長期の仕事にせっするうちに、状況がかわってきた。第六感が働くようになって、まぁ大丈夫だ。心配不要と理由なき自信がうまれてきて、安堵し、胸をなでおろし、いまはとても平静だ。


身内の「死」があまりにも、
容赦なく、理不尽で。ひとはおもいのほか想像以上に「弱く」、死は。生を簡単にのみこむという恐怖を知った日から、生死のことには敏感になったが。その人の周囲には、どうみてもそういった匂いがない。と思われる。私の母の場合も。
だから、大丈夫だ。


「自分のことを心配しなさい」
「健康診断や人間ドッグはいってる}
「もっと運動しなさい」
と、母はいう。

主人は、
「あなたはいまも、うきよ離れしている」という。どういう意味でいっているのかはわからないが確信をもってそういう。


自分のできること、なんて結局はなにもないのだ。
相手をただ「信じること」。
信じて、ふつうに接する。それだけだ。


一昨年の5月から、水素ガス吸入器のパンフやポスター、またそれに付随する記事を書いているので。おもいきって、自分がつかっている水素ガス吸入器を勧めた。
(追加購入、というかたちでクライアントも受領してくれたので)

自分にとって水素はどう反応し、抗酸化状態に体が保てているかは、統計データーでは示せないけれど。

ともかく、味覚が鋭敏になり、毎日なにをたべてもおいしい。
よく感動する! 仕事のスピードがついたという状況から。脳や細胞が活性化(プラス方向)に動いていると信じているし、彼女には、そういったぼやっとした感覚ではなしに、もっと医学的にプラスに転じてくれていればいいと思っている。
それまで離れていよう。
大丈夫だから、元気だから。



またそのうち。ささやかなおいしいものと、一杯の赤ワインでも
ご一緒できれば。まぁ、それが一番のめでたきこと。幸せなのである。

(わたしは文をかくときもそうだが、大げさに構えすぎるのがよくない癖のひとつだ)


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