☆肥満の程度は卵子の脂肪酸に影響する | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、肥満の程度は卵子の脂肪酸に影響することを示しています

 

Fertil Steril 2020; 113: 53(スペイン)doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.08.059

Fertil Steril 2020; 113: 71(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.09.022

要約:採卵で得られた卵子が未熟卵、あるいは成熟卵が受精しなかったものを用い、卵子の脂肪酸濃度を測定しました。205名から合計922個の卵子を提供していただき、ガスクロマトグラフィーを用いて卵子の脂肪酸濃度を測定し、BMIを3群(18.5〜25標準体重、25〜30過体重、30〜肥満)に分けて比較しました(前方視的、症例対照研究)。結果は下記の通り。

 

標準体重の方の卵子:飽和脂肪酸が最大値で、単一飽和脂肪酸が最低値

過体重の方の卵子:オメガ3多価不飽和脂肪酸低値

肥満の方の卵子:オメガ3多価不飽和脂肪酸低値、飽和脂肪酸低値、オメガ6/オメガ3比が最低値

DHA:正常体重<過体重<肥満

EPA:正常体重>過体重>肥満

 

解説:コレステロールに善玉(HDL)と悪玉(LDL)があるように、脂肪にも善玉と悪玉があります。ひとつは、不飽和脂肪酸(善玉)と飽和脂肪酸(悪玉)。もうひとつは不飽和脂肪酸の中の、オメガ3脂肪酸(善玉)とオメガ6脂肪酸(悪玉)です。飽和脂肪酸はラードのように固形のものであり、不飽和脂肪酸は固まらずに液体になっているものです。不飽和脂肪酸にはオメガ3、6、9がありますが、オメガ3、6が必須脂肪酸で多価不飽和脂肪酸と呼ばれます。オメガ6はリノール酸、γ-リノレイン酸、アラキドン酸であり、紅花油、ゴマ油、ヒマワリ油、大豆油、カノーラ油、コーン油などから摂取できるため、日常の食生活で十分に摂られています。一方、オメガ3多価不飽和脂肪酸は、体内では合成できないため、食事から摂取しなければならない必須脂肪酸であり、アルファリノレン酸 (ALA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)の3種類からなり、冷たい海で取れる脂身の多い魚、イワシ、ニシン、サバ、サケなどに多く含まれています。DHAは脳の発達や記憶に重要で、EPAは動脈硬化や高脂血症(コレステロール)やアレルギーに効果があることがよく知られています。

 

これまで、卵胞液中の脂肪酸濃度を調べた研究が発表され、脂肪酸濃度が高い場合に卵子の状態が良くない、あるいは卵胞発育不良であることが報告されていましたが、卵子そのものの脂肪酸を検討したものは本論文が初めての報告です。その結果、BMIの程度により、卵子の脂肪酸濃度が異なることを示しており、脂肪酸濃度の違いがART治療(体外受精、顕微授精)の成績に影響する可能性を示唆しています。

 

2012.10.8「妊娠を目指す女性はお魚を食べましょう」の記事でご紹介した論文は、オメガ3不飽和多価脂肪酸摂取が卵の質を改善する可能性を示唆したものであり、オメガ3脂肪酸は胚発生に特に重要であることが明らかにされています。また、オメガ6脂肪酸:オメガ3脂肪酸の理想的な比率は1:1ですが、欧米人の食生活では15:1です。本論文の著者は、ヒト卵子のオメガ6脂肪酸:オメガ3脂肪酸の比率が7.7/1であることを報告しています(Hum Reprod 1998; 13: 2227)。脂肪酸摂取量は、身体の健康のみならず、卵子の健康にも必要であることになります。つまり、食事によって卵子の状態が変えられる可能性があります。

 

コメントでは、本論文の成果を絶賛しています。また、細胞質内の高濃度の脂肪滴は卵子や胚の凍結の際にダメージを与えるという論文を紹介(Biopreserved Biobank 2019; 17: 76 )し、肥満による胚凍結のダメージという新たな切り口からのアプローチの可能性を示唆しています。

 

オメガ3脂肪酸に関しては、下記の記事を参照してください。

2018.1.23「☆オメガ3脂肪酸摂取で妊娠成績向上

2015.2.19「脂肪酸の採り方で精子の運動率が変化する

2013.3.19「お魚は内膜症の方にもお勧め

2012.11.11「オメガ3脂肪酸は男性にもお勧め

2012.11.10「オメガ3脂肪酸の抗炎症作用

2012.10.8「妊娠を目指す女性はお魚を食べましょう