40代女性の卵管結紮術後:卵管形成術 vs. ART治療 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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米国生殖医学会(ASRM)の機関誌であるFertil Steril誌における今回の「紙面上バトル」は、40代女性の卵管結紮術後の方に卵管形成術(再吻合術)するべきかART治療するべきかについてです。

 

Fertil Steril 2020; 113: 735(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.01.041

Fertil Steril 2020; 113: 733(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.01.040

要約:40代女性の卵管結紮術後の方に卵管形成術するべきかART治療するべきかについて、意見を伺いました。

 

卵管形成術すべき:2015年のASRMの公式見解には、このようなケースでは「妊娠率と費用対効果から卵管形成術すべき」であると明記されています。従って、卵管形成術すべきであると考えます。卵管形成術 vs. ART治療では、ランダム化試験が実施できませんので、状況証拠から見ていくしかありません。卵管形成術は毎月チャンスがありますが、ART治療は治療月のみのチャンスしか生まれません。これまでに発表された40代女性の卵管形成術15論文の平均は、妊娠率41%、出産率35%です。一方、全米のART出産率(最終的な出産率)は、41〜42歳で13.4%(22.7%)、43歳以上で4.1%(7.2%)です。毎月チャンスがある卵管形成術と、実施月しかチャンスがないART治療を直接比較することができませんので、何とも言えませんが、出産率は両者ともほぼ同等になるものと推察します。ART治療のリスクは、採卵に伴うものと妊娠中〜出産時の母子のリスクです。一般的にART妊娠のリスクが自然妊娠よりも高いことが知られています。特に、多胎妊娠でリスクが増加します。一方、卵管形成術のリスクは、卵管に手を加えるため子宮外妊娠(異所性妊娠)が増加することです(2.5〜6.8% vs. 1.4〜2.0%)。しかし、現在は早期診断により対処できます。費用については、保険でカバーできるかどうかで変わりますが(米国では加入の民間保険による)、多くの場合卵管結紮術後の治療は卵管形成術もART治療も自費になります。従って、卵管形成術による出産率を5%と仮定すると、ART治療が30,000 USD以上の場合に卵管形成術が有効になりますが、卵管形成術による出産率を49%と仮定すると、ART治療が4,500 USD以上の場合に卵管形成術が有効になります。また、ART治療の場合にはPGT-Aの実施により流産を回避することが可能になりますが、卵管形成術では回避できませんので、出産までの時間がかかります。以上をまとめると、排卵があり精液所見に問題がない方では、費用対効果を考慮し、卵管形成術を推奨します。ただし、流産と子宮外妊娠のリスクは残されます。

 

ART治療すべき:ART治療に大きな進歩がみられた現代では、ART治療を推奨します。最も多くの症例で検討された論文(Hum Reprod 2016; 31: 1120)では、卵管形成術による妊娠率38%、妊娠継続率12%です。一方、全米のART出産率は、41〜42歳で13.4%です(ただし、これには凍結胚移植が含まれていません)。後方視的検討ですが、37歳以上の女性の出産率は、卵管形成術で36.6%、ART治療で51.4%です。費用対効果の検討では、40歳未満では卵管形成術が優れ、40歳以上ではART治療が優れています。卵管形成術では、術後3ケ月傷の治りを待ち、卵管通過性が回復したか確認する時間が必要ですし、妊娠までに2年以上を要します。40代の女性では卵子の老化現象は待った無しですから、このように「黙って待つ」方法は得策ではありません。また、卵管形成術では、子宮外妊娠(異所性妊娠)が増加し(2〜13% vs. 0.8〜1.9%)ます。卵管形成術に伴うリスク(1.9〜4.3%)はART治療に伴うリスク(<0.5%)より大きく、さらに卵管形成術では、熟練した医師による手術が必要なため、そのような医師を求めて遠出が必要になりさらに費用がかかります。ART治療では、PGT-Aの実施により流産を回避することが可能です。ART妊娠のリスクが自然妊娠よりも高い理由は、ART治療を必要とする母集団(不妊症)のためであり、治療の手技によるものでないことが判明しています。自然妊娠とART妊娠で奇形率に有意差はありません。多胎妊娠は単一胚移植により回避できます。2人以上のお子さんをご希望の場合には、先に採卵し胚凍結しておくことで、将来への可能性を高くすることができます。卵管結紮術後の治療は卵管形成術もART治療も自費になります。以上をまとめると、卵子の老化現象を考慮すると、タイムロスを防ぎ、流産を回避しつつ、2人以上のお子さんを授かるにはART治療が推奨されます。

 

解説:このバトルは毎回そうなのですが、全く議論がかみ合っていません。まさに平行線です。その最大の理由は、両者のスタンス(立ち位置)にあると思います。皆さん同じ論文を読んでいるのですから、それをどう解釈して実際の臨床に役立てるかが重要です。卵管形成術派は学会目線、ART治療は患者目線です。どちらが正しいとか間違いというのではなく、ケースバイケースの対応が必要だと思います。米国では卵管結紮術が極めてポピュラーな避妊法ですが(40代女性の39%が実施)、婚姻関係の状況が変わり、卵管結紮術の実施を後悔する方が26%にも及びますので、日本と異なり、本問題については切実なものがあります。コメントでは、大切なことは、現在ある全ての情報を提示して、患者さんがどれを選択するかであるとしています。