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児玉麻里さんのベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集 [ディスク・レビュー]

児玉麻里さんは、ベートーヴェンという作曲家をテーマにそのピアニスト人生を捧げてきた、とても計画的な演奏家人生を送ってきたのであろう。


自分たちのようなエンドユーザーには、その作品がリリースされたときに、初めてそのことに気づくのだが、作品を創作して世に送り出す立場からすると、もう何年も前から計画的に考えていないとこのようなことは実現不可能のように思える。


児玉麻里さんのベートーヴェン愛については前回の弦楽四重奏曲のピアノ編曲版でのご本人の寄稿を紹介した。


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集では、2003年から2013年にかけての11年間かけて、そしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲のピアノ編曲版、そしてベートーヴェン ピアノ協奏曲全集を2006年から2019年にかけての13年かけて完成させた。


まさに”ベートーヴェンにピアニスト人生を捧ぐ”である。


さっそく聴かせていただいた。
児玉麻里さんのベートーヴェン ピアノ協奏曲全集。
ベートーヴェン生誕250周年記念イヤーへの大きなプレゼントである。



児玉麻里ベートーヴェン協奏曲.jpg


ピアノ協奏曲全集(第0~5番)、ロンド、三重協奏曲、他 
児玉麻里、ケント・ナガノ&ベルリン・ドイツ交響楽団、
コーリャ・ブラッハー、ヨハネス・モーザー(4SACD)



ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は、それこそマーラー音源と同じにように、自分にとっては18番のマイテレトリーで、たくさんのピアニストの音源を持っているのだが、今回の児玉麻里さんの録音は、その最高位に位置する録音のよさ。さすが最新録音。やっぱり新しい録音はいいな、と思いました。


オーディオ・ファイルには堪らない素晴らしいプレゼントになりました。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集をSACDで、というのは、なかなかありませんよ。


これはキングインターナショナルによる日本独自企画の限定盤のようなんですね。
SACDで実現できた、というのもそれが大きい理由でした。


ベルリン・クラシックスから提供のハイレゾ・マスターを用いて、キング関口台スタジオにて、SACDマスタリングを施した、とのこと。


SACDサラウンドではなく、SACD2.0ステレオになります。


旦那さまのケント・ナガノ氏とベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)との共演による作品。2006年、2013年、2019年と大きく3回に渡って、ベルリン・イエス・キリスト教会、テレデックス・スタジオ・ベルリン、ベルリン・シーメンスヴィラの3箇所で録音された。


第1番~第5番だけではなく、本作品には、第0番、ピアノと管弦楽のためのロンド、エロイカ変奏曲、ピアノ・ヴァイオリン・チェロと管弦楽のための三重協奏曲が入っている。


第0番というのは、ベートーヴェンの処女協奏曲で、番号が振り割れられていない、珠玉の聖典集の仲間入りを果たすことのできなかった作品である。作曲開始の年齢は13歳から14歳と言われている。


児玉麻里さん曰く「自筆譜を手にしたときの衝撃は計り知れません。ベートーヴェンが触れたインクを目にすることができたのですから。」


この手稿譜はベルリン州立図書館に所蔵されており、オーケストラ譜が記載されていないため、未完成作品として扱われている。ただ最初の二楽章に関しては短い加筆譜とともに、どの楽器が弾くべきか、という簡潔な指示がされており、二十世紀初頭にはこうした指示書きをベースとしたスコアも出版されているそうだ。


しかし研究が進み、若きベートーヴェンへの理解が深まると同時に、いままで通説とされてきた解釈が必ずしも作曲者本人の意図ではないのではないか、という見解が児玉麻里さんとケント・ナガノ氏の間にも生まれてきた。


お二人の目的は、世間一般に広く浸透している、しかつめらしい活力の氾濫とも呼べる巨匠のイメージを払拭し、ハイドンやモーツァルトに通ずる「生きる喜び」に溢れた少年の姿を描くことだったという。


録音年月日を見ると、通常の第1番~第5番までは、2013年にはすでに録音は終わっていたようなんですね。だから通常のベートーヴェン・コンチェルトとしてリリースするならもう少し早い時期に出来たはずなのだけれど、この第0番の発見、そしてこの自筆譜のお二人による共同作業による研究でどのように音として再現するか、という準備に時間がかかったのだと思います。


この第0番の録音は最新の2019年に行われています。


ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第0番を聴けるのは、このディスクが初めてだと思います。


自分がこの第0番を聴いた印象。


これはベートーヴェンじゃない!(笑)
とても綺麗で美しい曲で、まるでモーツァルトみたいな作品だと思いました。
ベートーヴェンらしくない。あのベートーヴェン独特の様式感、様式美とは全然違う世界。


やっぱり13歳~14歳頃に作曲した曲だから、自分の書法というのを模索していた時期の曲なんだな、と思いました。


ケント・ナガノ&児玉麻里による共同研究の末の成果、しかと拝受しました。


今回の自分にとって、さらなる新しい発見は、ピアノ・ヴァイオリン・チェロのトリオ・コンチェルト。これは素晴らしいと思いました。聴いていて鳥肌が立ちました。とくにチェロが、あのヨハネス・モーザーで驚き。これを録ったのは、2006年の頃だから、まだPENTATONEの契約アーティストになる前。相変わらずスピーディーで切れ味鋭い、その男性的なチェロの音色にノックアウト。


第1番~第5番は、やはり安定したベートーヴェンによる巨匠の筆致という感でじつに素晴らしい。


これぞ、まさにベートーヴェンの風格がする曲ですね。第4番、第5番「皇帝」がやはり完成度も高く、人気が高い。とくに第5番「皇帝」が最高傑作と呼ばれているのではないだろうか。


自分は、じつは第4番派なのである。
第4番を愛して止まないファンである。


児玉麻里さんのベートーヴェンを知り尽くした、深い深いベートーヴェン愛によるピアノと、ケント・ナガノ氏&DSOによる堅実で重厚なサウンドが相俟ってじつに素晴らしい作品となっておりました。


今回、この全集を作るうえでお二人がどのようなアプローチをしたのかがYouTubeで紹介されております。ベルリン・イエス・キリスト教会でのセッションのときの様子と、そのときにおこなわれたインタビューの模様がYoueTubeになっています。






内容を抜粋すると、


(ケント・ナガノ氏)


ヨーロッパの音楽の歴史を旅するかのように、その発展が生き生きと目の前に広げられます。音楽構造、様式、和声の再定義と方向転換、音楽の歴史に敏感になることは、指揮者にとって一般的に極めて重要なことです。


総譜は残されていませんが、それは、楽譜に残されている作品が未完成のままか、また不明な理由から失われてしまったからです。


しかし重要なことが現れています。演奏される音符はすべてベートーヴェンの筆によるもので、これらを通して、彼の職人技は完全に発達していったことがわかります。そしてその数年後に天才が芽生えます。


しかし音楽構造、様式、和声を完全に掌握しているという意味で、12歳、14歳の男の子がこれだけの才能を持つと思うと、非常に印象的です。


録音技術は、当時の楽器の移行の時期にあったことを念頭に置きました。楽器の指示には、チェンバロとフォルテピアノが選択肢として挙げられていますが、楽譜の強弱法の記載を見るとベートーヴェンはフォルテピアノをイメージしていたことがわかります。


その為、当時の一般的な演奏方法にしたがってオーケストラの中にフォルテピアノを置き、蓋を外し、より透き通った音響を目指して、現代のスタンウェイのコンサート用グランドピアノよりもフォルテピアノの響きに近づけました。


そうすることにより、麻里さんはより繊細な演奏を実現することができ、オーケストラの伴奏はより軽やかで透き通った響きになりました。その理由から、指揮者はアンサンブル全体の前ではなく横に立ちます。


共に生きた歴史、ソリストが妻であることにより、これには一切問題がありませんでした。しかし、この録音および公演プロジェクトのユニークなところは、当時の音の世界と美学に配慮しようとした点です。


(児玉麻里さん)


過去経験したこととは全く違います。通常はある特定のスタイルを学ぶことで、「もちろん、これはベートーヴェンの言語だ」と考え、もちろん、ベートーヴェンの言語が見えてきますが晩年はまた少し異なります。その為、ベートーヴェンがどのような影響を受け、当時、ベートーヴェンに影響を与えた人物、楽器、歌手、ピアノフォルテの響きなどについてたくさん研究しました。


それとともに現代の楽器で、できるだけベートーヴェンが思い浮かべた響きを蘇らせることに努力を費やしました。


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ベートーヴェンはコンチェルトを作曲するうえで、フォルテピアノを強く意識して、児玉麻里さんもピアノフォルテの響きを意識して演奏したという。


フォルテピアノについては、もうみなさんご存じのごとく古典ピアノですが、改めて、その構造、音についてしっかりと理解を深めるために、まとめた形で書いてみますね。


フォルテピアノは18世紀から19世紀前半の様式のピアノを、20世紀以降のピアノと区別する際に用いられる呼称である。これに対して現代のピアノを特に指す場合はモダンピアノという呼称が用いられる。


構造は、フォルテピアノは革で覆われたハンマーをもち、チェンバロに近い細い弦が張られている。ケースはモダンピアノよりかなり軽く、金属のフレームや支柱はモダンピアノに近づいた後期の物を除いては使用されていない。アクション、ハンマーはともに軽く、モダンピアノよりも軽いタッチで持ち上がり、優れた楽器では反応が極めてよい。


音域は、発明当初はおよそ4オクターヴであり、徐々に拡大した。モーツァルトの作曲したピアノ曲は、約5オクターヴの楽器のために書かれている。ベートーベンのピアノ曲は、当時の音域の漸増を反映しており、最末期のピアノ曲は約6オクターヴの楽器のために書かれている。


音は、モダンピアノと同様、フォルテピアノは奏者のタッチによって音の強弱に変化を付けることが出来る。しかし音の響きはモダンピアノとかなり異なり、より軽快で、持続は短い。 また音域ごとにかなり異なる音色を持つ場合が多く、おおまかにいって、低音域は優雅で、かすかにうなるような音色なのに対し、高音域ではきらめくような音色、中音域ではより丸い音色である。


ケント・ナガノ氏が言っているところの、つぎの2つのポイント。


「当時の一般的な演奏方法にしたがってオーケストラの中にフォルテピアノを置き、蓋を外し、より透き通った音響を目指して、現代のスタンウェイのコンサート用グランドピアノよりもフォルテピアノの響きに近づけました。」


普通ピアノの録音をする場合、全体の音場を録るメインマイクとピアノの音色を録るスポットで、後者は、蓋に反射して音が右に流れる方向にスポットマイクを置きますが、今回はピアノの蓋を外したということですから、こんな感じでピアノ・マイクをセッティングしたんですね。


録音風景11.jpg


そして


「そうすることにより、麻里さんはより繊細な演奏を実現することができ、オーケストラの伴奏はより軽やかで透き通った響きになりました。その理由から、指揮者はアンサンブル全体の前ではなく横に立ちます。」


ということですから、こんな感じだったんですね。


録音風景10.jpg



当時、ベートーヴェンのピアノ協奏曲がどのような形・シチュエーションで演奏されたのかを忠実に現代に復元し、ピアノの音色も当時のフォルテピアノの響きを意識した、という姿勢でお二人は臨んだのがよくわかります。(動画の中の使用されているピアノを見ると、古典スタイルのピアノではないように思いますが、でも響きをフォルテピアノの響きを目指した、と自分は理解しています。)



最後に録音テイストについて。


今回は、キングインターナショナルによる日本独自企画ということで、ベルリン・クラシックスから提供のハイレゾ・マスターを用いて、キング関口台スタジオにて、SACDマスタリングを施した、とのこと。


だから現場で録音をしたスタッフは、ベルリン・クラシックのレーベルのスタッフなのであろう。


ところがブックレットのクレジットには、他にDeutschlandradio Kulturの名が記載されている。


これは思わず反応してしまう。


Deutschlandradio Kulturいわゆる通称DLRは、ドイツの公共放送ドイチュラントラジオ・クルトゥーアのことである。


このDLRによるコ・プロデュースで有名な成果が、PENTATONEから出ているこのヤノフスキ&ベルリン放送響のワーグナーSACD全集なんかそうだ。


2015年の頃、PENTATONEのリリースするアルバムの録音クレジットに、やたらとこのDLRのクレジットが多く、そのときにいろいろ調べて、このコ・プロデュースのことを知った。


ドイツ独特の制度でかなり自分の中で印象深く記憶しているのだ。


この公共放送のDLRという組織は、ドイツ内のクラシック音楽のさまざまな録音をコ・プロデュース(共同制作)している。文字どおりコ・プロデュースというのは共同で原盤を制作するという意味なのだが、このDLRのコ・プロデュースは、作品のラジオ・オンエアを行う目的で、録音技術、録音スタッフ、場合によっては録音場所等を援助しながら制作し、作品のリリース自体は外部レーベルから行うという手法なのだそうである。


つまり自分たちが放送媒体機関、つまりメディアであるが故に、そこでのオンエアをさせるために再生する原盤を作成させる援助をするということ。そして原盤自体は外部レーベルからさせる、ということらしい。


DLRのコ・プロデュースの多くは、ベルリン・フィルハーモニー、コンツェルトハウス・ベルリンと、ベルリン・イエスキリスト教会で行われている。


放送メディアでオンエアさせるために原盤作成を援助するという、この独特のDLRのシステム。これはドイツ独特の制度というか非常に面白い制度である。


DLRは、2006年からこれまでに、200枚以上の作品をコ・プロデュースしている。


いまはディスクビジネスだけでなく、ネット配信ビジネスが大きな柱になりつつあるから、この”原盤”作成の定義の仕方も多少違ってきているだろう。


録音スタッフのクレジットには、このDLRからのスタッフもいる。トーンマイスターとかトーンエンジニアのほかに、トーンテクニックという役職がDLR特有ですね。


この児玉麻里さんのアルバムを作成する予算には、こういうコ・プロデュースによる出資も含まれている大プロジェクトだった、ということだったんですね。



録音テイストは、2chステレオとしては、じつに素晴らしい録音である。


豊かな音場感、明晰でソリッドなピアノの音色、オーディオとして聴くには、最高のオーケストラと、ピアノとの聴こえ方の遠近感のバランス。(生演奏で聴いている分には、もっとピアノは遠く感じるはず。)


全体の聴こえ方としても、D-レンジがすごく大きく、とても広い空間で鳴っている感じがよく伝わってきて自分の好みの録音です。


あとは弦合奏の音色に音の厚みがあって、聴いていてとても和声感ある気持ちの良さがいい。オーケストラのサウンドがオーディオでどう聴こえるか、の最大のポイントは、この弦合奏のサウンドがどう聴こえるかですね。ストリングスをうまく鳴らせないSPは、自分的にはどんなに高級なSPでもアウトです。


うちのヘッポコ2chでもこれだけ鳴るんだから最高です。(笑)


ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集といえば、数多ある自分のコレクションの中で最も愛聴しているのがこれ。


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アルフレッド・ブレンデルとサイモン・ラトル&ウィーンフィルによる録音。


PHILIPSがレーベルとして存在していた頃の古い録音ですが、これは自分が1番愛してやまない録音です。ベートーヴェンのピアノコンチェルトといえば、自分にとってこれです。


いまふたたび聴き返してみて、やっぱりブレンデルうまいな~。(^^;;
タッチがじつに軽やかでスピーディで本当にウマいと思いますね。

ブレンデルもベートーヴェン弾きとして有名なピアニストでしたね。



これで児玉麻里さんの”ベートーヴェンにピアニスト人生を捧ぐ”のディスコグラフィー、しっかり全部コレクションしました。


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