意思による楽観のための読書日記

乗りかかった船 瀧羽麻子 ****

造船会社で働く人たちを取り上げた連作短編集。「海に出る」では、会社に入って6年めの野村雄平、営業希望だったが理科系大学院卒で技術部に配属され、この4月には人事部に異動になった。どうしてなんだと思うが、人事部でも働く場所は見つけられるのかもしれないと考え直す。同僚の桜木さんは、仕事ができてそつがないが雄平には連れない素振り、部長の倉内は「人事異動は神の声と思え」などと言う。理系の採用を増やしていきたいという新社長による会社方針に、理系大学院卒の雄平に声がかけられたのが理由だと。

佐藤由美は建造部組立課の紅一点、という「舵を切る」。もとは人事部にいたので桜木とはよく昼ごはんを食べる親友。営業部にいた西園寺部長との不倫が発覚し、西園寺は退社、由美は人事部の倉内に諭され現部署に異動して心機一転、溶接という新たな職場に挑むための研修を受講しての門出を迎えたばかり。桜木には励まされるばかりだが、その存在の御蔭でやり直し気持ちに気合が入った。

「錨を上げる」での宮下一海、建造部に所属するので仕事は職場は現場ばかり、今日は久しぶりに管理棟と呼ばれるスタッフの職場に顔を出した。社内公募制度を利用して、設計部に異動希望を出すためだ。職場の先輩は何かと気を使ってくれる井口、声をかけられると断れず、恋人との約束があるのにそちらを断ってしまう気の弱さがある。それでも幼馴染の恋人はそんな一海の性格を知っていて、励ましてくれる。一海の父も同じ造船会社の設計部所属だったが先日他界、一海はそれもあってかの異動希望だった。

「櫂を漕ぐ」の川瀬修は職人気質の設計士だが、この度管理職登用で設計三課課長となった。職場の若手は明るいメンバでやりやすそうだが、自分の時間は自分の職務に使ってきた川瀬は、若手がいちいち課長の自分に報告してきたり許可を求めてくるのが余計な仕事だと感じてしまう。それも管理職の仕事だと管理職研修では習ってはいたがもう一つなじまない。同期入社で向こうは中途採用の女性管理職の先輩でもある村井は技術開発部長、女性登用のトップを走るエリートだが、川瀬には同期のよしみなのかよく声をかけてくれる。若手を育てれば自分が楽になると励ます村井の言葉には説得力を感じる。

「波に挑む」では、事業戦略室長に任命された女性管理職の村井玲子、同業の造船会社同士で行われている情報交換会に出席して失望した。年に数回行われているという会議では各社の経営企画部署の部長クラスが出席してくるがいつも当たり障りのない話題ばかりで、これでは造船業界の発展に寄与しないではないかと、問題提起した。相手の会社メンバーはこうした提案をしてきた村井を、女性管理職で張り切っているが、そこそこにしておいたほうがいいのではないかと揶揄するする人たちもいて、村井はどうしたものかと悩む。村井の夫は同じ会社で資材調達部の所属する課長、面倒見が良くて、玲子とは10年前に社内で知り合って結婚した。村井は社長の北里に呼ばれ、そうした沈滞した雰囲気を打ち破ってほしいので君を事業企画室をお願いしたのだと言われて、玲子は再び奮起する。

「港に泊まる」の太田武夫は、新任社長の北里の組織改革の一環なのか、社長直轄の事業企画室長から、北里がそれまでいたという北海道の子会社社長として函館に赴任することになった。それが不満の太田、赴任は新幹線でと人事部に希望して車中にいる。偶然、車中で人事部の倉内に出会う。倉内は、北里の考えを太田に伝えたくて同じ新幹線に乗ったのだと思われるが、倉内は研修に向かう途中だと言い、そんなことはおくびにも出さない。北里の考えを聞いた太田は単身赴任、それも不満の一つだが、函館駅に迎えに来てくれた新しい職場の部下の心遣いに気持ちが和らぐ。

「船に乗る」はいよいよ社長の登場、北里進はもと北海道子会社社長から本社社長に取り立てられたのだが、ひとり親として進むを育ててくれた母が住んでいる食堂経営の実家がある函館に未練があった。母は喜寿を迎え心臓に不安がある。そんな母のもとに子会社社長として赴任が決まったときにはこれで安心できると思ったものだが、再度神奈川本社に戻るとなると、これから歳を重ねる母を一人函館に置いていくことになるので心配。しかし母はそんな息子に「自分の活躍できる場所にいることがあなたの希望のはず」と諭す。人事部長の倉内は北里の同期、函館まで説得に来てくれる。読者はここで、最初の「海に出る」の進水式で、人事部長が挨拶していた老婦人が北里の母だったことに思い当たる。

連作になっていて、次編の主人公がその前の編で登場しているので読者はスムーズに次の短編に入っていける。それぞれの短編テーマが、造船会社を舞台にした企業でのサラリーマンが悩み喜ぶテーマになっていて、若手から中堅、幹部、そして企業トップと徐々に主人公が出世していくのも、読み手が若い人なら将来の希望につながるようで特に好ましく感じるだろう。爽やか系の企業小説、造船会社が舞台、というのが新鮮である。

乗りかかった船


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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