まっすぐに差し込む強い光を砕くように、水面が揺れていた。
解けた光は、ゆっくりと透明な海水を通りぬけて、イソギンチャクにぶつかる。
ホワホワと揺れるイソギンチャクの隙間から、1匹の魚が顔を出した。
「朝かな?」
クマノミのクマ太郎だった。
クマ太郎は、生まれた時から、ずっとこのイソギンチャクの中に住んでいた。
イソギンチャクの傍でプランクトンを食べ、暗くなったらイソギンチャクに包まれて眠る。時々、大きな魚に狙われたこともあったけれど、イソギンチャクの中にいれば安全だった。
ある日、クマ太郎が、いつものようにイソギンチャクに尾びれをひっかけて、うつらうつらと昼寝をしていると。
突然あたりが暗くなった。
驚いて目を開けると、太陽の光を遮るように、空に見たこともない生き物が泳いでいた。
カメのカメ子だった。
クマ太郎は驚いて、一度はイソギンチャクの中に隠れたが、空を悠然と舞うカメ子がどうしても気になって、おずおずと話しかけた。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
カメ子は小さなクマノミに気がつくと、海底まで降りてきた。
クマ太郎は、カメ子の優しそうな目をみて、安心した。
「はじめまして、僕はクマ太郎といいます」
「はじめまして。私はカメ子です。あらこれは綺麗なイソギンチャクですね」
「ありがとう。えっと、あなたは、どうしてここにいるのですか」
「ははあ。珍しいですよね、カメを見るのは。私はプクレット地方に向かう旅の途中なのです」
「プクレット地方?」
「そうね、知らないわよね。私はプクレット地方で卵を生むために、遠くから来たのです」
クマ太郎は、生まれてこのかたずっとこのイソギンチャクの傍を離れたことがなかったので、ここ以外の土地のことは知らなかった。
それで、生まれて初めて聞く場所のことに、何だかすごく興味が湧いた。
「プクレット地方は、どういうところですか」
「とても綺麗なところですよ。今の春の時期は、緑色に染まった草原で、赤や黄色の花が風に揺れているんです。太陽の光がサンサンと降り注いで、白い砂浜はその光が反射して、キラキラと輝いているんです」
クマ太郎にはわからない言葉も多かったけれど、クマ太郎の頭の中に、いろいろな色が光り輝く世界が浮かんだ。
行ってみたい、と思った。
「それはここからどのくらいでいけますか」
「あら、それほど遠くはないわ。でも、あなたの小さい体で行けるかしら。たしかクマノミは、イソギンチャクの毒に守られて暮らす生き物でしょう。あなたもご存知でしょうけど、海には、たくさんの危険がありますよ」
「・・・」
クマ太郎は、そう言われて、黙ってしまった。
何度か見たことのある、大きな牙の生えた魚たち。
あの目に見つめられた時は、背筋が凍ったものだ。
「危ないことはよしなさいな。それに、あなたは・・・。ううん、なんでもないの。とにかく、ここは安全でいいところよ。またお会いすることがあったら、ゆっくりお話しましょう」
そう言うと、カメ子は泳いで行ってしまった。
クマ太郎は、カメ子を背びれをふって見送ると、イソギンチャクの周りをぐるぐると回る。
なんだかとても、胸が締め付けられるようだった。
その日、クマ太郎は夢を見た。
青い空が見えた。
その中に、白くきらめく、砂のようなものが浮かんでいた。
緑色と茶色の土の中に、黄色い何かがサラサラと揺れている。
そして、そよそよと、見えない何かに体が押される不思議な感覚。
暖かい水が揺れる感覚とは違って、鱗が直接刺激されるような、不思議な感覚だった。
クマ太郎は目をさますと、今見た夢の中の場所が、プクレット地方だと思った。
そして、やっぱりどうしても行ってみたいと思った。
「じゃあ、行ってくるよ」
イソギンチャクはいつものように、フワフワと揺れていた。
長年慣れ親しんだこの住処とも、しばらくのお別れだ。
クマ太郎は、一本のイソギンチャクの触手の先に、頭をツンとぶつけると、静かに泳ぎだした。
カメ太郎が泳いでいったあの方向の先に、プクレット地方がある。
初めての旅立ち。
クマ太郎は、大きな不安と恐怖を感じていたけれど、それに負けないように、小さな体いっぱいに勇気を振り絞って泳いでいった。
1日がすぎ、1週間がすぎた。
旅が進むにつれて、だんだんと海底が深くなった。
見たことのない光る頭の魚や、長い棒のような生き物に出会った。
太陽の光も届かなくなるほどの深い海底にたどり着いたとき、夜なのか、昼なのかもわからなくなった。
クマ太郎の赤い体に、砂の濁流がぶつかり、鱗にはたくさんの小さな傷がついた。
いつも食べているプランクトンもいなくなって、お腹が空いた。
透明な海草が揺れているのをみつけて、イソギンチャクを思いだした。
今夜はここで寝よう、そう思ったときだった。
周りの海水がぐわりと動くのを感じた。
闇の奥底に、何かとても大きなものがいる。
黒い海底の砂が、ずずっと揺れた。
クマ太郎は息を止めて、海草の中に潜り込む。
恐怖の中、頭半分だけ顔を出して、じーっとその闇の底を見つめた。
それは巨大な魚だった。
見たこともないほど大きな魚。
それが、大地と、海を揺らしながら泳いでいる。
その先に、小さな魚が必死で泳いでいた。
どうやら、狙われているようだ。
「危ない!」
クマ太郎は、思わず大きな声を出した。
それが聞こえたのか、その大きな魚は、ぐるりとクマ太郎に向き直った。
そして、大きな口をグイと開くと・・・
まっすぐにクマ太郎に向かってきた。
しまった・・・!
クマ太郎は、尾びれと背びれを必死で振りながら、逃げる。
しかし、残酷なことに、クマ太郎が逃げた先は大きな岩の壁だった。
逃げ込めるような隙間もない。
振り返るクマ太郎の前で、大きな魚はゆっくりと大きな口を開けた。
その時だった。
小さな棘の付いた丸い球のようなものが、クマ太郎と大魚の間にふわふわと落ちてきた。
大魚はそれに気づかないようで、クマ太郎を丸呑みにしようと大きな口を開けて迫ってくる。
大魚のギザギザの歯の隙間に、その小さな球が入った瞬間。
爆発のような轟音とともに、大魚の体が跳ね上がった。
上空に向かって、何かとんでもない大きな力で引っ張られているかのように、大魚が浮き上がっていく。
大魚はもみくちゃになりながらも、体勢をなんとか立て直すと、身体中の筋肉を振り絞るようにして、その力から離れようと跳ね回っていた。
「な、なにが起こってるの」
しばらく、上空に持ち上げようとする大きな力と、そうはさせまいとする大魚の一進一退の戦いが続いた。
その不思議な力も物凄い力に見えたけれど、大魚の力も凄まじく、むしろ、大魚が形勢を取り戻しているように見えた。
そして大魚が大きく口を開けたとき、何か細い糸のようなものが見えたような気がした。
どうやら大魚はそれを噛み切ろうとしているようだ。
次の瞬間。
青白い光が、天からのびる糸を伝って走ってきた。
光は、大魚に到達すると、大魚全体を包み込む。
ビシィっという大きな音とともに、冷たい何かが大魚を中心として四方へと放たれた。
それが氷だということを、クマ太郎は知らなかった。
冷たい何かに驚いて目を閉じたクマ太郎が、ゆっくりと目を開けると、大魚は青白く光っていた。
まるで時を止めてしまったかのように、ピクリとも動かない。
そしてそのまま、空へとゆっくりと引っ張られていった。
大魚が見えなくなってからも、クマ太郎はしばらくそこを動くことができなかった。
さあ、それから1月はたったのだろうか。
海底と、水面がとても近くなった。
白い砂がきらきらと輝く。
クマ太郎は、ひさしぶりに見つけたイソギンチャクのベッドで、眠ることができた。
クマ太郎はやせ細り、その体は傷だらけだったけれど、とてもワクワクしていた。
それは、何となくわかっていたからだ。
あの日以来、毎日夢に見た、プクレット地方のすぐそばにまで来たのだと。
朝になって、イソギンチャクを離れて泳ぎだす。
きらめく太陽の光を浴びて、ふわふわとしたクラゲや、綺麗なゴクラクギョたちが楽しそうに泳いでいた。
水面と、海底が近づいていく。
こんなに、空と地面が近くなることがあるなんて、と驚いた。
そして、ついに空と地面がくっついて、一つの線になっているところにたどり着いた。
その水面は、揺れては返し、無数の白い泡を作っていた。
あの先に、プクレット地方がある。
「よし、行くぞ!」
クマ太郎は全身を震わせて、泳ぎだした。
白い泡のベールを抜けて、勢いよく飛び出す。
体の周りを覆っていた、暖かい海水が消えた。
ぼんやりとしていた世界が、くっきりと開ける。
真っ青な空が見えた。
はるか遠くまで、緑と、茶色の世界が続いている。
緑の大地に落ちたクマ太郎は、黄色とピンクの何かが、揺れているのを見た。
これが、プクレット地方!
たどり着いたんだ!
とても遠くまで、綺麗に見えた。
夢で感じた、あのソヨソヨとした肌をうつ何かがとても新鮮だった。
黄色い何かをよく見ようとして、近づこうとして、そして気づいた。
「あれ、体が・・・動かない」
背びれを動かしてみても、尾びれを動かしてもみても、前に進まなかった。
それどころか、世界が横になったまま、とても熱い白い砂を叩くだけだった。
そして、急速に襲い来る、息苦しさ。
「息ができない!」
クマ太郎は砂浜でバタバタと体を捻らせた。
あの日、カメ子が最後に言いよどんでいたこと、それはこのことだったのかもしれない。
僕は、プクレット地方では、生きていけない生き物だったんだ。
必死で、波の方向に戻ろうとする。
しかし、体をいくらひねっても、いくらヒレをもがいても、動くことができなかった。
意識が朦朧としてくる。
もう、ダメだ。
世界が、ぼんやりと薄暗くなっていく・・・。
その時、目の前に、丸い何かが見えた。
棘のついた、何か。
それは、細い棒のようなものに、糸で繋がっていた。
それはあの時、大魚の口に入ったものに似ていると思った。
声が聞こえた。
「おや・・・クマノミがこんなところで、打ち上げられているな」
何かに体を持ち上げられる気がした。
目の前に、ぼんやりと、まるで見たことも内容な生き物が見えた。
「しかし、死にかけている・・・。このまま海に戻しても、助かるまい」
途切れ行く意識の中に、声が聞こえる。
「おい、クマノミ、お前一体どうして、陸にあがったんだい」
クマ太郎は、最後の力をふりしぼって言った。
「僕は・・・プクレット地方が・・・見てみたかったんだ」
「ふむ・・・大地を、陸を、見てみたかったのか」
「良いだろう。最初は元気な魚で試そうと思っていたところだが・・・お前のその勇気こそ、この秘術の完成に必要なことかもしれない」
「研究中の、空飛ぶ魚の秘術。お主に施そう。それまでは、このさかなぶくろの中で眠るが良い」
クマ太郎はもう話す力も残っていなかった。
しかし、暖かくて冷たいような、不思議な水の中に体が浸かるのを感じた。
「この秘術、もう少しで完成する。キングサイズの魚・・・永年を経て、霊魂を宿りし魚たちの情報がもう少し集まれば、それは完成するんだ」
クマ太郎は、体の周りにたゆたう不思議な液体を吸い込むと、すっと息苦しさが消えていった。同時に、強い眠気が襲ってきた。
「あの者も、もう少しでキングサイズの魚を集めきるだろう。そうしたら、お前もこの大地で呼吸ができるようになる。そうだな、もしあの者が良いといえば・・・一緒に旅をしてもいいかもしれない」
「大地は、プクレットだけじゃない。とても広くて、とても綺麗だ。いろんな世界を見られるぞ、クマノミよ。・・・さあ、それまで、眠るが良い」
クマ太郎は眠りについた。
それから、どのくらいの時間がたったかわからない。
ガサゴソ、という音が聞こえて、目を覚ますと。
目の前に、不思議そうにこちらを見つめる、ピンク色の生き物が見えた。
生き物の目は、とても優しそうだった。
「成功だな」
「ハルモスさん、ありがとう。・・・さあ、クマノミさんでておいで」
クマ太郎は、背びれと尾びれを、ゆっくりと震わせた。
ふわりと、体が動く。
泳いでいた。
いつもとは違う感覚だったけれど、ふわふわと、世界を泳いでいた。
「あなたは、世界で初めての、空飛ぶ魚。そうね、そうやってフワフワと浮いてるから・・・ふわふわクマノミかしらね」
「はは、安易な名前だな」
クマ太郎は、目をしぱしぱとさせながら、その生き物を見つめた。
それがエルフという生き物であることを知るのは少し先のこと。
そして、これからずっと冒険を共にすることになる仲間だと知るのも、少しだけ先のことだった。
ただ、体に当たるそよそよとした風が、とても気持ちが良かった。
バージョン4.2で実装されました!!!
キングサイズの魚50種類を集めると、釣り老師ハルモスからもらえる報酬!
うわぁあー!!欲しいー!!かわいいー!
ってことで盛り上がって書きましたが、キングサイズの魚を50匹集めないといけないって半端ないハードルですよこれは・・・。
どうやらしばらく私のドラゴンクエストは「爆釣!男1匹釣り物語」に変わりそうです!!がんばります!!!