その昔、役者仲間と三人で酒を飲んでいた時に、「『幸せの黄色いハンカチ』の寅さんは全く別人だよね、さすがだよな」と私が言ったら「えっ渥美清は出てないだろう」「勘違いだよ」と、一斉に二人に言われた。


「なに言ってんだよ、いい役でちゃんと出てるよ、あれは渥美清でなきゃ出来ないよ」


そう言っても、二人はさらに反論したから、私はなんの役かを教えることなく、再度映画を観るように勧めた。


後日、二人からそれぞれ電話が来た。


「帰りの電車で思い出しよ、寅さんは警察官の役だったってさぁ。それからすぐ映画見直して、本当に渥美清の演技力は凄いと思ったよ。リアル警察官だった。いい味だしてるなぁ。悪かったな・・俺たちの間違いだった」


もう一人からは、


「完璧に記憶から消えていたよ。今見終わったんだけど最高だね、渥美清は。寅さんとは真逆の人柄なんだもんなぁ。本当に警察署の署長になってるよ。あまりにも演技が自然だからさぁ、参っちゃうな。ごめんな。ほんとう、その通りだった。あらためて見直して『幸せの黄色いハンカチ』やっぱりいいねぇ・・泣いちゃったよ」




『幸せの黄色いハンカチ』の警察官・渥美清は、寅さんには決して見えない。


何十年も寅さんをやっていたら、やはり寅さんだと思ってしまうのが本当なんだろうが、現場叩き上げで署長になったような警察官を見事に演じる渥美清は、その真逆の世界にいる渡世人のような寅さん役とは、まるで違っているために気が付きにくいのだ。


あまりにも自然に署長を演じているから、それは例えば富士山に降り積もる雪のように自然過ぎて気が付きにくいのである。


もし、真夏の雪が無い富士山の景色をパッと見せられたら、富士山だと言われても、一瞬なんとなく違和感を感じるだろう。


そこに当たり前にあるように、渥美清は『幸せの黄色いハンカチ』の中で高倉健演じる島優作が起こした事件当時の元担当刑事係長だった渡辺署長を見事に演じているからこそ、ごく自然に登場人物として物語を観てしまうのである。


ここで、ほんの少しでも寅さんの雰囲気が出たらどうだろう。誰もが、『男はつらいよ』に出演していた渥美清をすぐに連想したことだろう。


渥美清という役者は、主役も脇役も完璧に演じ切る役者なのである。


役に徹している。


もし、『幸せの黄色いハンカチ』に寅さんが現れたら、作品は、台無しになったかもしれない。


しかし、渥美清演じる警察署長の登場は、物語をとても味わい深くしており、島勇作の本質的な人間性を見事に表現する重要なシーンになっているのである。


渥美清は、時には獣医や八百屋、一人娘を育てる父親、探偵など幅広く演じているが、どれも寅さんでは無い。


そして、『男はつらいよ』の時は圧倒的に寅さんなのである。


誰も変わりは演じることはできないし、絶対に渥美清でなければならないのである。




私は高校生の頃、『男はつらいよ』のリバイバル上映を映画館で観たことがあった。


その際、隣にヤクザが座ったことがある。


椅子の肘掛けに、私は肘をかけたまま悠々と座っていた。


後ろで咳払いをしながら、いきなりどかっと隣席に座った中年男がいた。しかも、私の腕を強引に突き動かしながら、肘掛けに肘をかけたのである。


私は負けじと思いっきり突き返した。何するんだ、とばかり再び肘で思いっきり突かれて私は肘を引っ込まされてしまった。


私は男の方を振り返って睨んだ。男は、顔に傷があるまさにホンモノのヤクザだった。


確か、私がまだ16歳の時である。さすがに、ビビった。小便をちびりそうになるほど恐怖を感じた。


本物のヤクザはこんなに凄みがあるのか、心底怖いと思った。これぞ、蛇に睨まれたカエルというところか。


しかし、私は睨み付けられても謝る気は無かった。


私が座っていたのは一番真ん中の見やすい特等席と言えた。そこに私が座っていたのが、気に入らないのだろう。


怒りを言葉にすることが出来ないかわりに、どくこともせずに私はふんぞりかえって座り続けた。


そのヤクザは舌打ちを何度もして睨み付けていたが、私はかなりドキドキしながらも無視してそのまま座り続けた。


しばらくして映画が始まった。私は隣のヤクザが気になってイラつきながら集中出来ずにスクリーンを見ていた。


しかし、笑い出すのに、10分を要さなかった。


おいちゃん、おばちゃんとさくらたちが、ご先祖様の墓参りに来てみると、先に寅さんが墓前に居て手を合わせている後ろ姿を見つける。


びっくり仰天である。何しろ旅しているはずの寅さんが、帰って来ていて、しかも『とらや』に寄らずに真っ先に親の墓参りに来ていたのだから。


おいちゃんもおばちゃんもさくらも、涙を流すほど感動して喜ぶ。声をかけられた寅さんもびっくりしながらも照れ笑いする。


どうやら、柴又に帰ってくると、ふと親の命日を思い出して真っ先に墓参りに来たようだ。


あらためて、みんなで手を合わせる。ところが、誰かが、拝んでいる墓石が違っていることに気がつく。他人様の墓を間違えてみんなで拝んでいたらしい。


客席は大爆笑である。


私はさっきのことをすっかり忘れて笑っていたら、隣のヤクザも大笑いしていた。もはや、私もヤクザもさっきのことはどうでも良くなっていた。


『男はつらいよ』は、なんて素晴らしい映画だろう。いがみ合っている人間同士もひとつにするのだから。




ところで、喜劇というものは笑わせようなんて思って演技で人を笑わせることは出来ない。


まさに真剣に懸命に実直に生きているその瞬間の姿が、時には他者から見れば滑稽に見えるのだ。


寅さん一家が、初めから笑ってもらう墓参りのシーンを演じていたら、ちっとも面白くないし、誰も笑わないだろう。


最初に、寅さんが手を合わせている後ろ姿を目撃した家族が、唖然とするほど驚き感動するのだが、実は観ている我々も一緒に寅さんの意表な行動に同じ気持ちになってしまうのだ。


この寅さんの寸分も疑わぬ墓に手を合わせる後ろ姿が、まさに自然なのだ。そして脇役全員もそれに続く。


この笑いのシーンが、心のどこかで私とヤクザを繋げた。なんと凄いことだろう。


映画が進むにつれて私もヤクザも笑いっぱなしだったが、途中から、ヤクザが笑わなくなった。


私はそれが気になり始めた。ヤクザは頬に何度も手をやる。私はこっそりと横を見た。


泣いているではないか。


正直、私は椅子から転げ落ちそうになった。なぜ泣くのか意味が全くわからない。私も観客も相変わらず笑いっぱなしなのだから。


ヤクザは、突然席を立った。


えっ、帰るのか・・


私は心配になって目であとを追った。ヤクザは一番後ろの端に座ってハンカチを取り出して頬の涙を拭きながらスクリーンを見始めた。


安心したが、私は一体どこのどのシーンであのヤクザを泣かせたのか、さっぱりわからない。


しかし、またスクリーンの中に引き込まれていき私は寅さんを満喫したのである。



その昔、的屋稼業というのは、ヤクザ屋さんと無関係ではなかった。


倒産した会社の品物を売ったり、バッタ品を売ったり、神社の参道とかお祭りだとか言ってもその背後には露店を仕切るヤクザ屋さんがいたわけで、当然所場代がかかったりもするわけだから、ヤクザと的屋が無縁ということはあり得ない。


ヤクザ屋さんそのものが的屋をやっていた時代だってある。


寅さんの有名な自己紹介のやり方は、どう見たって昔のヤクザ界の伝統みたいなものだし、寅さんの格好を見ても一般のサラリーマンなんて誰も思わないだろう。


つまり、映画館で出会ったヤクザは寅さんと自分をダブらせていたに違いないのだ。


しかし、凄いのは渥美清というは役者が実際にその筋の人たちにホンモノに見えるというのが凄いことなのだ。


おそらく旅先で寅さん、いや渥美清と出会ったら、その筋の人たちも思わず寅さんに身の上話をしたり、人生相談してしまうのではないだろうか。


私は人生経験が豊富になるにつれてあの時のヤクザが泣いた気持ちが良く分かるようになった。


劇場で寅さんを観ながら、みんなが笑っている時に私は涙が溢れてきたことが何度もあった。


私自身が20代後半は、日々の暮らしも大変で東北や甲信地方で漁業や農業、ホテルマンの仕事した。


また、時には昔ながらのヤクザ屋さんたちと関わらねばならない仕事もした時代がある(違法なことはしていない)。


寅さんが、次第に兄貴かおじさんのような身内と感じてしまうようになっていった。


渥美清という役者が、寅さんを見事に数十年間も演じてくれたことがどれほど素晴らしいことだったろう。


渥美清という役者は、もはや誰も成せない映画界の宝、『映画宝』と言っても良いだろう。


役者の道を行くのなら、『男はつらいよ』48話全シリーズを最低でも一度は観なきゃ話にならねぇよ、と私は言っておきたい。


寅さんも同調してくれるだろう。


以下次回。







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過去の公演
『短編劇&スクリーン上映』
銀サギ特別編
〜つつじヶ丘児童館ホール〜


☆終了 満員御礼☆

 

[キャスト]

 

★短編劇:
藤坂みのる    竜ノ宮いか    ねこまたぐりん    真崎明

★映像:
河辺林太郎 赤井ちあき 星ワタル 竜宮いか ねこまたぐりん 真崎明
 
主催】劇団真怪魚
 
 
【公演日程 場所】
 
9月22日(日)
15開演
 
調布市つつじヶ丘児童館ホール
 
 
 
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