或る清貧画家の苦悩の断簡 (日々のつぶやき まとめ)その2 | 後藤 仁(GOTO JIN)の日本画・絵本便り

後藤 仁(GOTO JIN)の日本画・絵本便り

後藤仁ブログ2~絵師(日本画家・絵本画家、天井画・金唐革紙)後藤仁の日本画・絵本・展覧会便り。東京藝大日本画卒,後藤純男門下。「アジア/日本の美人画」をテーマに描く。東京藝大,東京造形大講師。金唐革紙製作技術保持。日本美術家連盟,絵本学会,日中文化交流協会会員。

 (・・・※その1からの続き)

 

2019年10月26日 

 

 昨日の朝、また不思議なリアルな夢を見た・・・・。 

 私の師である後藤純男先生が、再び夢に現れた。先生は、私に一つの硯を差し出し、「使ってくださいね・・・」という感じで、穏やかで優しい笑顔を浮かべられた。私は手に取ると、硯をよく眺めた。「端渓緑石硯」か「洮河緑石硯」であろうか、淡い緑色で彫刻の施された、10㎝×5㎝程の小さな硯である。手には重さを、確かに感じた・・・。 

 その前後の脈絡はあまり覚えていないが、その場面だけは鮮明に記憶している。 

 

 少し前に、日本画家の I さんが、自分の師のY先生を通して加山又造先生の硯をいただいたという逸話を話され、「私は後藤純男先生に画材をいただいた事は一度もないですね・・・」などと話したので、その時の記憶がこんな夢になったのだろうか・・・(先生から可愛い茶碗をプレゼントされた事はあり、今も大切に使っているが)。 

 それとも、そんな話をしている私を、先生は浄土から眺められ、そうそう忘れていた・・・と、せめて夢の中でと託してくれたのだろうか・・・。 

 いずれにしても、前に見た、先生と酒を酌み交わす夢と同じく、いい夢だったな~~。 

 

2019年11月10日 

 

 「無明」という言葉があるが、人はとかく身近な利害にとらわれて、本当の真実に気が付かないものである。それとも、一生、気が付かない人もいると言ってもよかろう・・・。若い人は仕方がないにしても、ある歳を越えてそれでは、世の中、上手くいかないはずである。それは「気のせい・考え過ぎ」ではなく、真実である。そこから目を背けているだけでは、何も解決しないレベルにまで来ている事は、世の中に多々ある。  

 多くの人々が、もっと物事の本質について考えねばならないのだろう・・・。そして、苦しくても、身を犠牲にしてでも、そこに立ち向かわなければならない時が来る事を、覚悟せねばならない・・・・。   

 

2019年11月20日 

 

 私には、極めて頑固でかたくなな部分と、とても一途で純粋過ぎる部分と、常にごちゃ混ぜになって存在しているらしい・・・。そして、その真実の無垢さゆえに、いつも世間の真人間のふりをした、生きるのと口だけが上手い人々に翻弄されて、最後に一番、傷つくのは、常に私らしい・・・。 

 しかし、世の中の人間は、意地の悪い人が多過ぎる・・・。そうであるのならば、たまにはこんな愚か者がいてもいいのだろう・・・。そうでないと世の中、無味乾燥でつまらない世の中になってしまうだろう。しかも、本当に良いもの(芸術・美術)は一切産み出せない世界になるだろうね・・・。 

 ただ、いつも、とても疲れるね~~。いつまで生きていられるのやら~~~。 

 〔或る天才画家の独白〕 

 

2019年11月21日 

 

 しかし、「派閥」を公然と否定する人に限って、案外、とりあえず今のところ短絡的に有利だろうと思える派閥・グループ・リーダーに、媚を売ったり肩入れしているものであるな~。 

 「派閥」というものは、対立を生み出すやっかいなものである反面、集団生活をせざるを得ない猿族である人間には、上手く集団を機能させる良いシステムでもあるのだ。「派閥」が上手く機能し、上下・左右・男女・貧富 等が偏り過ぎずにバランス良く、それぞれが生かされる世の中が理想だ・・・。 

 しかし、そのバランスが大きく崩れると危ない。その集団では、中央集権化が進み、必ず独裁が起こるのである。独裁による偏見・差別・虐げを生むくらいなら、やはり人は「派閥」をバランス良く機能させる生き方しかできないのだろう・・・。もしくは、できるだけ集団に関わらずに、一人で生きていく生き方を模索するのか・・・、私のように。 

 

2019年12月10日 

 

 1時間、間があけば、集中するのに2時間はかかる。1日、間があけば、2日かかる。1週間、雑事に追われると、次に高い集中脳に入れるのに、2週間はかかるのだ。1か月間、雑事が多ければ、次の2か月間は本当の精神集中領域には至れない。 

 そうして私は、無駄に時間を費やし、図らずも、寡作家になってしまうのだ・・・。 

 

 この5年ばかり、やけに雑事が忙しかった。展覧会(個展・グループ展)・取材旅は本職故、やむを得ないとしても、大学講師の仕事や、その他、団体等での多過ぎるイベント・雑務に翻弄された。 

 今年は殊更、そんな雑事が多過ぎて、精神が疲弊し、辟易した。それ故、この年内の制作は、なかなか集中力が増さない~。だが、できるだけ腰を落ち着け、少しずつでも進めておこう。 

 

 来年は、必要最低限度の展覧会・美術講師業を除いて、できる限り、作品制作のみに打ち込みたい。果たしてそうなれるだろうか・・・、否、必ずそうしなければならない。画家として・・・、芸術家として・・・、絵師として・・・。   

 

2019年12月24日 

 

 先日、NHKで鉛筆画家・木下 晋さんの特集をしていたが、現実をありのままに描く事も、「芸術」の真実である。表面的に美しいものも、そうでないものも、本質的には全てが”美”と言えるのだから・・・。 

 絵本編集者の唐 亜明さんと絵本制作の打合せの途中、木下さんから唐さんにお電話がかかってきていた・・・。絵本の世界も、このような本当の画力と精神力がある美術作家が描くと、いいものだね~。唐さんの目の付け所に感服する・・・。(※ここは皮肉ではなく、本当にそう思っているのです。) 

 

 ところで、私は「アジアの美人画」を画題に描く身である。美しいものを、本当に美しく描く事も、また至難の業である。しかし、それに一生をかけて、挑んでみたい。たとえそこが、一生、届く望みのない高みであったとしても、せいぜいあがきたい。 

 ここ数年は雑事・雑念が多過ぎて、集中しきれずに苦慮したが、来年はそんな本当の画家としての、良い制作の年になれるのだろうか・・・。それとも滅びへの年になるのだろうか・・・・。微かな希望を抱いて、もう少しだけ・・、生きていこう。 

 

2019年12月27日 

 

 しかし不思議な事だ・・・、こんなにも世俗の雑事に心が乱され、多分、年とともに精神も穢れきっているというのに。何故に、こんなに美しい線が引けるのだろうか。私の右手には、画神が宿っているというのだろうか・・・。 

 多分、結構、美しい人物が描けたと思う。良い表情だ、何とも美しいかな~~。頭で考える前に、自然と良い曲線を手が選んで、自ずから線が引かれていく。実に不思議だ、実に不可思議な事だ・・・。 

 

 今日、中国向けの新作絵本制作の「扉」が完成した。次の「第一場面」は、およそ6割の完成だ。ようやくボチボチ気合が乗ってきたよ~。来年は、更に、もっともっと集中力を増して、命の限り、描きつくしたいね~。 ヽ(^o^)丿 

 

2020年1月9日 

 

 しかし常々思うのだが、現在のあり方では、今の芸術・美術の世界が良くならない訳である・・・。「人生は短く、芸術は長し」、・・・芸術の世界は深遠で、その本質を知る事は、誠に困難である。 

 私は小中高校生の頃には、「絵の天才、堺に現る!!」とそれなりに話題ともなり、周囲から期待されたものだが・・・、結局、齢50を超えても、大した芸術家にはなれていない。 

 近年はメディアやインターネットが発達した事もあり、誰もが公に主張できる時代になった。それはそれで埋もれた才能を開花させる、良い機会ともなったのであるが・・・。反面、自分を売り込み、派手に宣伝する事ばかりに長けた人が増え過ぎた。その名声に、実力が全く伴わないのが悲しい。 

 

 私は15歳で日本画を始め、そこから苦節35年余り、試行錯誤を繰り返し、何度も高い壁を越え、少しは「日本画」を知れたかと思ったが、実際の所は、日本画の ”に” の字も分かっていないのではないかと、今になって感じる。 

 芸術の道は深遠で探りがたく、容易に人をその懐に近づけない、恐ろしい魔物である。安易なパフォーマンスやビジネスや自己顕示欲だけでそこに近づくと、手痛いしっぺ返しを受けるかもしれないのである。 

 ただ私は、滅却を承知で、この苦道を歩むしかない。そこだけにしか、自身が進むべき道がないのだから・・・。 

 

2020年1月21日 

 

 現在、NHKの100分 de 名著で「貞観政要」をやっていて、君主=リーダーのあるべき姿、組織・団体のあるべき姿を取り上げています。その番組で、大企業を動かしてきた優れた先達のお話を伺うと、やはり、私の考えるリーダーや組織のあり方は、間違っていなかったのだと再確認できました。上に立つものが、一旦、責任者・担当者を任命したら、たとえ多少納得できない進行であっても、その責任者・担当者を信用して、余程の事がない限り、任せるのが良いあり方だと・・・。また、下の者から諫言があると、上の者は耳を傾けるのが大切だと・・・。 

 

 私は昨年まで、ある団体に属していましたが(私は、その部門の経験・知識が他者より格段に豊富なので、部署リーダー的な役割を担当していました)、そこでは些細な事までにも一々、トップ・他部署の確認・介入があり、自由に企画が遂行できませんでした。また、逆に下の立場の者に任務を任せても、適材適所の人が足りなくて、一々私が手を焼く事になり、上手くこなせない事が多かったのです。また時には、よく動いてくれる人がいるので、安心して任せていたら、自分がリーダーだと勘違いしたのか、勝手に任務以上のリーダーの役割までしだす始末、・・・これには、一人だけに多くを任せておいた私にも、責任はあるのでしょうがね・・・。人手が足りないので仕方ない。 

 

 私は会社や組織での本格的な経験が無い、一匹狼の絵描きなので、団体行動は元々得意ジャンルではなく、組織とはそんなものだと言われれば、そうなのかな~と思っていましたが、やはりそれは、良い組織のあり方ではなかったのだと、確信しました。極めて独裁に近づいていく、又は、一部の人の利害だけで動く恐れのある運営形態だったのです。 

 今後、その矛盾や弊害が表面化してくるでしょうから、とりあえず早いうちに離れたのは正解だったのかも知れません。 

 

2020年1月24日 

 

 私が人を、信頼に足る人物か否かを判断する最終的な基準は、その能力や実績のみならず、最も大切な事は、その時点での様々な面・意味での”弱者”に対する対応の仕方である。社会的弱者、民族的弱者、思想・信仰的弱者、身体的弱者、経済的弱者、その他、その時点でたまたま不利な立場に置かれている弱者 等、様々な弱者・被差別者が世の中には存在する。それが時には他者であったり、己であったりもする。 

 それらの弱者に対して、その人がどのような対応をするのかを、私は常に冷静に観察してみる。最もいけないのは、弱者を軽んじ侮蔑して、強者にのみへつらう者である。・・・そして、その人物が本当に信頼に足る、そして、たとえ一時でも共に歩むにふさわしい人か否かを、じっくり考えるのである。 

 

2020年2月4日 

 

 しかし、今の時代、”絵(純粋美術)”だけで生きていく事が、いかに困難であるか~。齢50を越え、美術高校の時から35年以上、日本画を描いてきて、つくづく思う・・・。 

 東京藝術大学 日本画専攻は当時、1学年、26名いたが、その中で今もまともに絵を続けているのは、多少、年度により増減はあろうが、平均的におよそ、5~6名といったところであろう。バブル期以降は特に厳しい。その5~6名の内、院展作家は1名いるかいないか、日展は藝大にはルートがないので数年に1名位、創画会は学生に人気がなくて数年に1名位、その他は無所属で頑張っている人となる。他美大は詳しく知らないが、多分、多摩美術大学・武蔵野美術大学・京都市立芸術大学・愛知県立芸術大学・女子美術大学・東京造形大学・・・等と、一般的な大学順位表の下位になるにつれ(あくまで一般的に一覧化されている全体評価なので、作家個人個人の能力・実力とは全く関係ないが)、どんどん残存割合は少なくなるのではないだろうか。ただ、藝大生はプライドが高過ぎて、活動レベルを下げたくなくて、つぶしが効かないので、絵をすぐやめてしまう、という説もある。 

 日展は30年余り前から勢いがなくなり、画商離れが著しく、創画会は当初から前衛的で玄人受けはするが一般人の人気がなく、院展もこの15~20年、人気作家が次々に亡くなっていき、勢いも下降している。大きな団体に所属していても、絵だけでは到底、食べていけない時代になった。 

 反面、無所属作家で特色のある人気作家がちらほら活躍する時代にもなった。良いか悪いかは分からないが、インターネットでデビューして人気を獲得している人も、数は少ないがボチボチ登場している。 

 

 日本画を描くのには、かなりの時間・労力と、極めて高価な画材代がかかる。個展等で、その絵が一枚も売れなければ、収入は全く0である。たとえ売れても、その40~80%位は画商・画廊に持っていかれるのが、一般的な販売契約である。(画廊直売で、画料は良くて60%、百貨店販売で画商を通すと、悪くて画料20%という所もある。印刷物である書籍の印税がおよそ8~10%である事を考えると、原画が20%程度で取引されるという実態は、まさに画商の暴利と言えよう。)サラリーマンも大変であろうが、たとえその時期に大きな実績をあげられなくても、常に一定収入に守られるサラリーマンとは大きく違う、実力・実績・結果のみのシビアな世界である。今の時代、なかなか絵が売れる時代ではない。到底、ほとんど大多数の画家が、絵だけで食べてはいけない。 

 このように画家は、”時代性”や”運”に大きく左右される。親が著名画家であったり、大医者や会社の社長・会長等で、よほど親の財力・人脈を活かせる人や、飛びぬけて運が良いか商才に長けた人でない限り、いくら芸術の才能があったり、絵が上手くても、”絵(純粋美術)”だけではやっていけないのが通常なのである。 

 後藤純男先生や東山魁夷先生、平山郁夫先生、加山又造先生 等だけを見て、少し頑張れば、自分もああなれるのだと勘違いしてはいけない。あの方達は、高い画力・気力はもちろん、高度成長・バブルという時代の大きな後押しもあった上に、強運と様々な好要因によってあのような大家になりえた、実に極めて稀有な方々なのである。 

 

 しかし生きていく事が極めて困難である事が分かっていても、私は一生この道を行くだろう。なぜなら、それしか私にはできないし、そこにしか価値を見い出せず、他の世界を知る気もないのであるから、仕方ないのである。一種の病気のようなものであろうか・・・。貧乏にさいなまれ、心も体もボロボロになりながら死んでいくのかも知れないが、それが絵に取りつかれた哀れな私の、ささやかな絵描き人生なのであろう。それでも良い、胸を張って、この黄金に輝く道を歩こうか~。 

 

2020年2月24日 

 

 今の世の中、何ごともビジネスとパフォーマンスに過ぎるのが嘆かわしい・・・。美術の世界もしかり。ただ、やりたくはないのだが、最低限そうしなければ、やっていけない時代であるのも事実であるが・・・、本当は全く重要ではない。 

 芸術の世界は”内なる世界”に向かわなければ、何も本質をとらえられない深い世界である。外にばかり気を取られていては、本当に大切なものに気が付かない。すなわち自分のない、オリジナル性の無い、模倣・つけ刃的な作品になってしまう。その状態で、どんなに偉大な肩書を並べても、所詮は中身は空虚である・・・。 

 美術・芸術は、複雑で独特で深遠な世界である。浅い了見でそこに足を踏み入れても、何も得られないし、間違った方向に進むだけであろう・・・・。 

 

2020年2月25日 

 

 私にとって「絵」とは何か・・・。私は主に” 人物画(美人画)”を描くからだろうか、自身の作品は自身の分身・・” 子ども ”・・、のように感じる。実際の子どもがいないからだろうか、なおさら、作品が愛おしく感じる。 

 私は多分、いわゆる世間が規定する、本当のプロの画家ではないのだろう。作品、・・・特に気に入った人物画を手放すのは、常に寂しいのだ。さらに分身化した、印刷物である「絵本」なら、何とか割り切れるが・・・。 

 

 そんな訳で、その作品を、もし他人に委ねるとしたら、本当に私の絵を心底、理解してくれ、好きになってくれる人でないと、信じられないし託す気にはなれない。自分の子どもを、知らない人に売るようなものであるから・・・。 

 他者の言動・思考にはとやかく言いたくもないが、作品をただの商品(お金儲けや、自己顕示のための道具)として扱える作家の心が知れない・・・。そんな感性の人とは、私は絶対に付き合えない。もしかしたら、それが本当のプロでありビジネスである画家なのだとしたら、私は一生、プロの画家と見られなくてよい。ただ、幼き頃から絵が好きで、一生描き続け、絵と共に死んでいった、愚かな変人絵描きとして生きよう。そのせいで、食べていけなくて、飢えて死のうが、やむを得ない・・・。それが私の生き方なのだ・・・・。 

 

2020年3月2日 

 

 「実るほど頭をたれる稲穂かな」という言葉がありますが、絵描き(画家)も常にそうあらねばならないと思います。現時点において、少しどこそこで評価されたり、どこそこで立派な肩書が付いたりしても、それが真実、画家の最高の名誉でも、本当に歴史的に優れているという証でもないのです。そんな、かりそめの出来事で奢るようでは、必ず作品が進歩しなくなりますし、その奢りは作品に良くない情感として表出すると信じています。 

 私などは、もし藝大時代に上の先生方に上手く合わせていれば、当時、先生方の評価も良かったので、そのまま団体でそれなりの立場にいた可能性も多々ありましたが(歴史に仮定はあり得ませんが)、そのような権威的な出世レールを嫌い、あえて自ら大学を2年間留年し、形式的出世の道を放擲しました。確かに若気の至りで、愚かな奴だと周囲からさげすまれました。その20代前半のたった2年間によって、少なくとも現在の私の社会的評価は20年以上遅れていますが、それで良いのだと、強がっています。(だいたい本質的には、大学などどうでもよいと考えており、どこに行こうが行くまいが、本人がその後、どのような芸術活動を繰り広げられるかが、全ての重要事です。)安易な道を選ぶより、困難な茨の道を行った方が、自身、身も心もボロボロになりながらも、”芸術”の真実にたどり着けるのだと、愚かにも信じているのです・・・・。画材代や取材旅行費が常に足りないのは(それどころか生活費も厳しいが)、実に苦しい所だがやむを得ません~。 

 歴史的に残ってきた作家・作品には、やはり極めて優れた作家・作品があります。そんなものは大した事がないという現代作家に、時々出会いますが、大概、その人の作品は、その自信だけに、それなりに悪くはない場合もありますが、歴史的な作家をけなす程ではありません(とんでもないレベルの場合も多々あり)。”謙虚”に歴史に学び、吸収し、そして、新たな”独自性”のある世界を貪欲に模索しなければいけないと、私は考えています。古来の模倣だけでもいけません。自分だけにしか描けない、オリジナルの世界を探求していかないと、今の時代に絵を描いている意味がありません。昔の作品の焼き直しでは、どんなに上手く描けようと、昔の作品に勝る事はできません。その時代の作家は、その道(表現法)に最も長けています。 

 そんなこんなで何とか今も絵を描いています。一生かかっても決してたどり着けぬ”芸術の高み”ですが、私自身、「実るほど頭をたれる稲穂かな」の精神を忘れぬように、謙虚に、そして貪欲に、自身の絵の路を右往左往、模索していきたいと願っています。 

 

2020年3月3日 

 

 それにしても人間社会では、それほどに”言葉”が大切なのだろうか・・・。「始めに言葉ありき」という通り、確かに言葉とは、動物と人とを分ける最大の特徴の一つだと言えよう。ただ、その言葉の使い方によって、他者から誤解を招いたり、諍いの元になったりするのは悲しい・・・。 

 私などは生来、右脳人間(感性人間)らしく、言語能力(左脳・理性脳)に欠落があるようで、最初から言葉には期待していない。その為に、「絵」を最大の自己表現手法として生きてきたのだ。私の言葉など、大概、お遊びに過ぎず、大した意味を持っていないのだ。その為に、フェイスブック・ツイッター等でも、何のためらいもなく、ブツブツつぶやく事ができる~。 

 ただ、「絵」は別である。本当の真実の自分が投影される。その為に、その制作は常に真剣勝負であり、その作品は、自身の子どもの如く、誠に大切に扱う事になるのだ・・・。 

 本当の私は、言葉の中には無い。自身の「絵」の中だけに存在している。 

 

 

(※たわいもない つぶやきは、これからも まだまだ続くのでしょうか、はたまた、言葉をもてあそんだ天罰を喰らって、いずれ私の命運が尽きるのでしょうか・・・・。)