いよいよ明日、熊本市内では【熊本城マラソン】が開催される予定だ。
参加予定のランナーの数1万数千人。
前回も記載したが、どこのマラソン大会でも【無償ボランティア】の存在がなければ運営できない現実。
その反面で日本国内では労働者不足が懸念材料となっている。
ゼッケンの引き換えは二日間。
熊本城マラソンの開催趣旨では県外からのランナーを主にしているはずだ。
実質、一日しかないのでは?
さて、
俺は昨日熊本城マラソンの事前受付会場でボランティアを午後2時半から八時半までいたわけだ。
六時間の拘束。
冗談交じりでスタッフに一言発した。
「マラソンで六時間走り続けるのも大変だが、不規則にやってくる参加者を六時間待つのも大変だよネ」と
ようするに前回の投稿で発言したように「性善説」にのっとって「ゼッケンの事前送付を行え!」と言いたかったのだ。
また、昨日は夜半からの雨の予報に反して、午前中から雨が降ってきた。
引き換え会場にはテントこそ張ってあるが、雨によって気温は下がり路上に立つ案内係は雨に打たれながらも動けない。
初日に何人の参加者が引き換えを行っただろうか?
その時脳裏に浮かんだ言葉は・・・
熊本地震で打撃を受けている熊本県神社庁の会報での一文だ。
「現代社会は行き過ぎた個人主義」
との警鐘の一文。
そのようすがうかがえるのが、ゼッケン引き換え会場までの動きに現れていないか?
マラソン大会当日は「ノーマイカーディー」と言っているが、
ボランティアの中には、配置場所によっては車で乗り付ける。
また、ゼッケン引き換え会場は市内中心部であるがために、多数の人が押し寄せ駐車場待ちの車が、渋滞に拍車をかけていた。
経済活性化中心で考えると破壊による合理主義とでもいえるであろう。
決論は主催者がランナーを不審に思っているから多くの破壊行為と経済的損失が行われているという点だ。
このようなイベント開催からも「起こるべくして起こった熊本地震による自然界からの警鐘というと科学的根拠がないという人々が多数だろう。
製薬文面にサインをとっている以上、
代走などのランナーの過失による事故は個人負担になるはずだ。
ゆるい制限時間とともに一極中心主義のイベントが問題を拡大させている。
一部の快楽主義者の為に多数の弱者が生まれていることが「マラソン大会」を通して見えてきたのではなかろうか?
二月十七日、俺自身も【ひとよし温泉マラソン(ハーフ)】に参加するし、マイカーでの移動だ。
早朝の高速バスも調べたがスタート時刻に微妙に間に合わない感じである。
個人的にはイベント参加には多少の不便さは覚悟して参加することが今後の継続に繋がると思っている。
便利な世の中だけにネ
いつも最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございます。