昨日は、自分の中で信じてしまったことが、自分の中の常識になってしまっているという話をしました。
常識ってヤツは意外と正しいかどうかは怪しいんですよー。
まだ、読んでない方は、上記のブログを読んでみてくださいね。
子供の頃に大人から教わったことを信じてしまったことが自分の中の常識となっている場合が結構あります。
世の中、そういうものだから。
それが当たり前だから。
みたいに教わって、素直に信じてしまったことです。
疑いもせず。
それは子供の頃は、大人が言うことは正しいと思っているからです。
そうやって、根拠もないのに、そのまま信じてしまっていることが結構あるんです。
例えば、私の例で言うと。
私は一人っ子で育ったのですが。
両親にとって流産した後、8年経ってからの子供だったので。
とても大事に育てられました。
そのためか、母親方の叔母がよくこんな事を言ってました。
「お姉さん、そんなに過保護に育てていると、俊一は、一人では何もできないようになっちゃうわよ。」
その言葉を繰り返し聞いていたため。
「あー、僕は何もできない人になっちゃうんだ…」と思い込みました。
なので他の人より、劣っていると信じてしまいました。
一人っ子だから…
甘やかされて育ったから…
僕はダメなんだ…と。
結構、劣等感が強く、自信も無かったです。
潜在意識の奥の方に、それこそ刷り込まれたと思います。
でも、これ、なんの根拠も無いんですよね。
ただ叔母がそう言っていただけです。
それは事実ではないんです。
でも、子供は信じてしまうんです。
大人の言うことは正しいと思うから。
なので、子供の頃に信じてしまったことで苦しんでいる人は多いと思っています。
そして、私は、学校教育にも問題があると思っています。
国語、算数、理科、社会、全てが出来ることが大切と教えられます。
なので、たとえ国語が得意であっても。
算数が出来ないと、国語はいいから、出来ない算数を頑張れと教えられます。
そのため算数が出来ない自分はダメなんだと思ってしまいます。
国語が出来るのにです。
そんなオールマイティに出来る人なんていないですよ。
みんな得意不得意があるのが当たり前。
それが個性なんですから。
なのに、好きな国語を伸ばすのではなく。
嫌いな算数を頑張れと教える。
これによって、出来ないところにフォーカスする癖づけを教育されます。
意識は出来ないところに自然に向くようになる。
出来ないところにフォーカスするから自己イメージは下がります。
で、自信が持てないんです。
そして、中学校、高校になるともっと酷いです。
偏差値による比較がはじまります。
他人と比較する癖づけが刷り込まれます。
常に他人と比較するようなります。
もう自分の軸は無くなりますよ。
自分の存在価値が偏差値という他人との比較で測られる。
上には上が居ますから。
自分は、まだまだダメだと思うようになる。
本当は生きているだけで素晴らしい存在なのに。
そんなこと信じられない!
ってぐらいに自己イメージがボロボロにされる。
まぁ、ワザとそういう教育にしているんですけどね。
なんでも言うことを聞くロボットを作りたいから。
そのように意図された教育システムなんですよね。
なんで?
それは、この3次元の世界を支配しているものに都合が良いようにです。
この話になると話がそれるので、別の機会に書こうと思います。
でも、こんな環境で育ったら、自己イメージなんて下がりますよ。
子供たちが学校に行きたくないという気持ちめちゃ分かります。
個人的には学校なんて行かなくても良いと思っています。
話を元に戻すと。
教育によって自己イメージを下げられたんです。
なのでもし、今の自分に自信がないとしたら。
それは、自分のせいじゃないです。
そういう教育を受けてきたからです。
本当は生きているだけで。
素晴らしい存在なんです!
本当に!
宇宙が必要だから生きているんです。
そして、みんな絶対無二の存在なんです。
自分と全く同じ人間はいないんです。
みんな個性を持った素晴らしい存在なんです!
それを早く思い出してくださいね。
教育に関しては、まだ話したいことがあるので、別の機会に書こうと思います。