あのミュージカルが映画になる、それだけで期待していた。映画館で予告編を見て、これは絶対見ようと思った。でも、海外で公開された時の評価が芳しくない。予告編ではちょっと見られるだけだが、もしかして・・・と思った。それで、実際映画館で全編を見ると、何故酷評されるのかよくわかった。
この映画に出てくる猫たちは、言うなら人面猫だ。妙にリアルである。ひげの生え方といい、毛並みといい。本物に似ている。舞台版の言うなら「着ぐるみ」とはえらく違う。その妙にリアルで生々しい分、気持ち悪いのだ。その猫が二足歩行しているのに違和感を覚える。それに、確かに毛皮を着ているのだが、全裸にみえてなにか嫌らしい。勿論、動物は全裸が普通で、服を着せられている犬猫を見ると、これ立派な虐待だと思うのだが。
つまり、この映画の監督・制作者は勘違いしているのだ。舞台は抽象的象徴的なものだが、映画は、と言うより映像作品はリアルなものだ。生の舞台なら、猫の衣装化粧をした役者が、人間と同じように歌い踊ってもなんの違和感もない。例えば、ガンビーキャット、このおばさん猫は昼間はずっと座っていて、夜になるとねずみやゴキブリの躾・指導している。舞台では、コーラスの役者が猫の衣装の上からねずみ・ゴキブリのお面をつけて踊る楽しいナンバーだ。
しかし、この映画でのガンビーキャットは不気味だ。寝そべっている姿がなんとなく卑猥に見える。映画で見るネズミやゴキブリは、猫よりずっと小さい。小さいが、猫と同じく「人面ネズミ」「人面ゴキブリ」である。それを猫が捕食する。見ていて実に気持ち悪い。
また、この「CATS」は一種のショー形式を取っている。言うなら宝塚のショー・レビューに近い。はっきりした物語がなく、歌と踊りが次々出てくる。それが映画と言う形式と相容れない。だから、舞台版よりもはっきりした物語を作り、筋を通した。最後のナンバーは出演者が観客に語りかけると言う形式の歌だが、それが映画ではどうもしっくりこない。
今まで苦言を呈したが、出演者の歌と踊りは素晴らしい。たぶんこの映画の為に、ビクトリアのナンバー「ビューティフル・ゴースト」が加えられたのではないだろうか。このナンバーは僕の持っているロンドン初演版のLPにはない。また、ガス/グロールタイガーのナンバーがロンドン初演版とは違う。ロンドン初演版では、ガスが劇中劇としてグロールタイガーを演じるのだが、それがカットされている。ここは、ガス役者にとっては最大の見せ場なのに惜しい。また、オールドデュートロノミーが女声によって歌われるのはこの映画版が初めてではないか。バスの声で朗々と歌われるに慣れてしまっていると違和感があるが、映画版の役者があまりにうまい為、その違和感が次第になくなっていく。
特に感心したのは、ジェリクルボウルの群舞、それに、スキンブルシャンクスの踊りだ。特にスキンブルシャンクスにタップを踏ませたのが面白い。また、最後、グリザベラがシャンデリアに乗って昇天すると言うのも洒落ている。これは、「オペラ座の怪人」のもじりだ。また、「荒れ地」と言う言葉がちょくちょく出てくるが、これはエリオットに対するオマージュだろう。
字幕の訳もよく考えられている。舞台版の訳詞をそのまま使うような安易な事はしていない。また、「訳詞」ではなく「字幕翻訳」であるから、訳詞よりも正確な訳になっている。スキンブルシャンクスなんか、僕が知っている四季の訳詞よりずっと正確でよく出来ている。
ここまで訳がうまいと吹き替え版はどうなっているか気になってきて、結局字幕吹き替え両方で見た。吹き替えの訳詞は勿論、歌唱も十分満足が出来るものだった。吹き替えのどの役者も、本役に負けてないのだ。
生の舞台と映画に代表される映像作品とは違う。それをちゃんと踏まえないと、このような「怪作」になってしまう。この作品はその意味でりっぱな「反面教師」になっていると言えよう。
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追記:画像は映画館で貰った絵はがき。二回行ったので二枚貰いました\(^o^)/