ギトンの秘密部屋だぞぉ

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襲い来る悪鬼羅刹の群れ(2)

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さて、『皇帝』第1楽章の“鬼気迫る”パッセージを分析したいと思いますが、
今夜は、説明の都合上、音源を変えてみます↓

こちらは、楽譜が出るので説明に便利‥ ただ、問題のパッセージの迫力はいまいちです。『皇帝』全体の華麗な流れの中にキレイに埋没させちゃってる感じです。
同時に鳴る声部(ピアノなどは、いつも3ないし4つの声部を同時に弾いている)のうち、どれを強調するかで、印象はずいぶん違ってくるものですね。。。
Hamelin plays Beethoven - Piano Concerto No. 5 (1st mvt, Part 1) Audio + Sheet music - YouTube
played by Marc-André Hamelin and the Tasmanian SO, conducted by Eivind Aadland
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番“皇帝”
マルク=アンドレ・アムラン(ピアノ)
タスマニア交響楽団
14:59

まず、第1楽章全体の構成ですが、↓このようになっています。

 P ABAB ACA'C P ABABA

 私たちが注目するのは、↑「A'C」の部分です。


〔P〕0:05 - 1:15 最初に、あのよく知られたピアノの上昇スケールで始まる序奏:ジャーン タララララララ………♪



〔A〕1:16 - 2:11 第1主題(変ホ長調)。ピアノ→オーケストラの順に同じメロディーを演奏し、続いてオーケストラがメロディーを展開します。展開部では、金管が大活躍ですね。
雄壮かつ華麗な‥ まぁ、これが『皇帝』の“よく知られた顔”なわけですなw



〔B〕2:12 - 2:54 これを第2主題とします(変ホ短調変ホ長調)。ストリングス(弦楽器)が、忍び足のようなピアノ(弱音)で短調のテーマを奏で、続いて管楽器が長調に転じて、優雅に(ドルチェ,センプレ・レガート)繰り返します。


〔A〕2:55 - 4:27 第1主題に戻って繰り返し(オーケストラ)。ここまでずっと変ホ長調

〔A〕4:28 - 5:42 再び第1主題ですが、今度はピアノが弱音でヴァリエーション(変奏)を奏でます。

〔B〕5:43 - 8:05 第2主題(ピアノ)。ロ短調に転調しています。さらに、展開部で変ロ長調に転調します。

〔A〕8:06 - 8:56 第1主題。変ロ長調に転調しています。



〔C〕8:57 - 9:39 さあ、このへんから注意して聴いてゆく必要があります。ト長調の副旋律(C)。優しいメロディーが静かに歌います。



〔A'〕
9:40 - 10:08  《オーボエの下降旋律》第1主題(A)の再現部ですが、ハ短調になって、がらっと表情が変っています。ピアノのアルペジオに乗って、オーボエが、不安を掻き立てる下降旋律を奏でます。短調のメロディーが落す暗い翳のもとで、しだいしだいに不安がつのって行きます。
(↑画像のイタリックの数字は、シュナーベル音源の時刻。以下同じ)

   宮沢賢治「おお、怖い、怖い」



〔A'〕
続き 10:09 - 10:30 オーボエの下降旋律に重ねて、ピアノの上行アルペジオが、キーを変えながら不安を盛り上げて行きます。
   じつは、シュナーベルの演奏は、ここで、陰鬱に沸きあがってゆくようなピアノのコード進行を、ことさらに強調して弾いているのです。両手の音譜の間に隠れている和音を拾って、ブロック・コードとしてアクセントをつけて弾いています。
   ほかのピアニストは、ここを、これほどはっきりと強調して弾きません。シュナーベルは、ベートーヴェンの“鬼気迫る”部分に定位した独特の解釈を聴かせてくれます。






〔A'〕
続き 10:31 - 10:44 《衝撃的なブロック・コード》不安の頂点───フォルティッシモ。ピアノもオーケストラも、同じブロック・コードを何度も何度も叩きつけます:ジャーン。ジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ドンドドン。ジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ドンドドン。ジャンジャジャン ドンドドン。ジャンジャジャン ドンドドン



〔A'〕
続き 10:45 - 11:25 《遁走と迫害》ここが最重要です。追いかけるような、また、遁走してゆくような‥ ピアノとストリングスのスケールの掛け合いが続きます。短調のスケールで下降と上昇を繰り返すピアノは、右に左に行き場を求めて逃げ回る“自我”の遁走を‥、これを追いかけて下降するストリングスは、どこまでも追尾してくる“悪鬼羅刹”の足音を表現しているかのようです‥
   短調(マイナー・コード)のピアノに対して、長調(メジャー・コード)を主調とするストリングスは、勝ち誇って嘲笑いながら追いかけてくる圧倒的な数の魔物たちを表すかのようです‥

   宮沢賢治「悪鬼羅刹の鬼気迫る幻想‥」

   シュナーベルの演奏は、ここでも、ピアノの音がストリングスを圧倒してしまわないように‥、“追いかけてくる足音”と“遁走する自我”の恐怖とが、聴衆には対等に聞えるように演奏しているのです。



〔C〕11:26 - 12:21 ここで、やっと、ト長調の優しい副旋律(C)に戻ります。ところどころ、オーケストラがピアニッシモで、不安の余韻を奏でていますが、それもやがて鎮まります。
〔P〕12:22 - 13:02 フォルティッシモで始まる序奏(ジャーン タラララ……)の再現。「鬼気迫る」間奏のパッセージは終了し、明るく壮麗な『皇帝』に復帰します。

〔A〕13:03 -  第1主題。調性も変ホ長調に復帰しています。


ここで、シュナーベルをもういちど通して聴いてみましょう。
問題の箇所は、9:20 - 10:55 です。
- YouTube
Beethoven Piano Concerto No. 5 in E flat Major, op. 73
by Ludwig van Beethoven (1770-1827)
1. Movement "Allegro"
Artur Schnabel, piano
London Symphony Orchestra
Sir Malcolm Sargent, conductor
London, 24.III.1932
19:20
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73
第1楽章 アレグロ
アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)
ロンドン交響楽団
サー・マルコルム・サージャント指揮
1932年3月24日ロンドンにて録音。

太陽が燦々と降りそそぐ静かな海に、灰色の雲がしだいに立ち込めてきて‥

突然の稲光とともに嵐になります。

しかし、いくばくもなくして嵐は去ってゆき、もとの明るい青空が復帰する‥


ざっと、そんな印象でしょうか?



ここまでお付き合いくださいました方は、お疲れさまでした‥
今夜は、またえらくマニアックなレコード鑑賞に付きあわせてしまいましたが、やはり、こんなベートーヴェンの“スタンダード・ナンバー”でも、演奏家によっては、おそろしく突っこんだ解釈をしているものだということ‥そして、それが必ずしもレコード評や“解説”には出てこないものだ、ということも分かりました。

しかし、それ以上に、なによりも私たちを驚かすのは、‥あのゼンマイと竹針でできた手回し蓄音機の時代に、これほど深い発見的聴き方をした音楽ファンがいたという事実です。

逆に言えば、そのような、オーディオ時代の私たちにもけっして退けをとらない超ウンチクの音楽ファンが、音楽について語るときには、私たちもけっして通りいっぺんに聞きながすわけにはいかないな‥ と、これからは、賢治の書いたものにベートーヴェンが出てきたら‥、ラグタイムが出てきたら‥、よほどいろいろと考えてみなければなるまい‥ と思ったのでした。。。



ところで、もうお別れの時間になりました。

今夜の締めは、このサイトではもうおなじみ、ヴィヴァルディのラ・テンペスタ・ディ・マーレ───《海の嵐》で!
A. Vivaldi: Concerto for Flute (La tempesta di mare) - YouTube
Il Giardino Armonico is one of the sets of the most renowned baroque music.In the summer of 2010, this chamber orchestra celebrated the 25th anniversary in the Residence Wurzburg.
アントニオ・ヴィヴァルディ:フルート協奏曲 RV433“海の嵐”
イル・ジャルディーノ・アルモニコ
2010年ライヴ、ドイツ、ヴュルツブルク
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