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新型コロナウイルス感染症との闘い ー 知っておくべき検査の能力と限界

 

 昨年末より中国武漢に始まった新型コロナウイルス感染症は、今や世界中の社会・経済に暗い影を落としている。患者は発熱、咳などの呼吸器症状を呈し、重症では肺炎に至り、圧倒的に武漢を中心とした中国に集中して発生している。中国国家衛生健康委員会の発表によれば、2月10日の時点で患者数42,638人、そのうち死者は1,016人となり、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の世界全体の死者774人をすでに大きく上回っている。感染拡大のペースもSARSよりもかなり速い。

 感染は、武漢滞在者などの移動によって世界各地に飛び火し、中国以外にも拡大する懸念を生じている。世界保健機関WHOも、1月30日に緊急事態宣言を発し世界に警戒を呼びかけた。しかし、インターネット上では、WHOの対応が遅いとの声が相次ぎ、親中派と目されるテドロス事務局長に感染拡大を悪化させた責任があるとして、辞任要求が起こる事態にまで発展している。

 わが国でも、2月10日時点の報道では、161人の感染が確認されている(うち、クルーズ船ダイアモンド・プリンセスの乗客135人)。厚労省は、国内では感染が限定的に確認されても、新型コロナウイルス感染症は、まだ国内では流行の域には達していないとして、国民に冷静な対応を求めている。

 

 

 


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 しかし、すでに薬局の店頭ではマスク品切れの現象が起こっている。マスクで予防を考えるのは自然ではあるが、その医学的有効性は必ずしも確立されていない。ちなみに、米国の疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)のガイドラインでは、咳やくしゃみのある人には、他者への飛沫感染を防ぐためにマスク装着が推奨されている(いわゆる「咳エチケット」)。しかし、飛沫感染予防のためのマスク装着は、ハイリスクの状況以外では、一般に推奨されていない。口と鼻を覆うマスクでは、目からの飛沫感染を防げないからだ。

 従って、CDCの見解に従うとすれば、店頭でのマスク品切れは明らかに社会的な過剰反応である。例年わが国では、インフルエンザにおよそ1000万人が感染し、1万人が関連死(毎日、数十人は死亡)する事実がある。そのようなインフルエンザの怖さに比べれば、わが国ではまだ一人も死亡例のない新型コロナウイルス感染症をいたずらに恐れる必要はない。しかし、「新型」や「未知」のウイルスという語感から生じる不安な心理によって合理的なリスク認識がゆがめられ、人々は過剰に反応してしまうのだ。

 これは、2001年に起こったBSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)による社会的パニックに類似している。当時、イギリスで発生した狂牛病の流行を恐れるあまり、わが国でのヒトの死亡は1例もなかったにもかかわらず、街のスーパーの店頭から牛肉が全くなくなる現象が起こった。当時のニュース映像では、タバコを吸いながら「怖くて牛肉が食べれない」と話す人の姿が流れていた。

 

 

 

 これは全く誤ったリスク認識と言わざるを得ない。例えば、タバコ関連死は年間10万人にも及ぶし、交通事故死も年間数千人に上る。タバコや交通事故のほうがBSEよりはるかに怖いのである。死亡の危険を避けるなら、牛肉を食べるのをやめる前に、まず禁煙して車に乗らない方がよい。しかし、「狂牛病」といった怖い語感や、足の立たなくなった感染牛のニュース映像が、人々の不安な心理をあおった結果、誤ったリスク認識が蔓延してしまったのである。


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 そのような誤りに陥らないためには、信頼できるデータと、科学的に正しい理解が必要である。しかしながら、一連の新型コロナウイルス感染症のメディア報道では、診断のかなめとなる検査についての正しい理解が解説されていないようだ。特に、検疫のため横浜港に係留されているクルーズ船ダイアモンド・プリンセスの3千人を越える乗客に対する全員検査をめぐって論議が起こっている。

 厚労省は、これまでハイリスク集団に対してさみだれ式に検査を行ってきた。しかし、2月10日の時点で、検査を行ったのべ439人のうち135人に感染が判明して、クルーズ船での集団感染が明らかになるにつれて、なぜ全ての乗客に検査を行い、すみやかに感染の実態を詳らかにしないのかという疑問が呈されるようになっている。報道では、3千件を越える検査が行えるかどうかが論点となり、現実の検査態勢はなんとか対応できるはずなのに、直ちに全員検査に方針転換しない厚労省への不信や、はては内閣の責任を問う声さえも出始めている。


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 しかし、検査態勢の整備に係わる管理上の問題や政治的判断の是非を論じる前に、まず、検査のサイエンスを正しく理解する必要がある。一般によくある間違いは、検査の判定結果をそのままうのみにすることだ。すなわち、陽性であれば「感染あり」、陰性であれば「感染なし」と受け取ることである。しかし、現実には100%完全な検査は存在しないため、ある程度のエラーが起こり、4つの可能性:①真陽性(「感染あり」で陽性)、②偽陰性(「感染あり」なのに陰性)、③偽陽性(「感染なし」なのに陽性)、④真陰性(「感染なし」で陰性)、が考えられる。①と④の場合は問題ないが、②と③の場合の判定はエラーとなる。そのため、誤りを示すために「偽」と記される。問題は、陽性が出ても真陽性と偽陽性の区別がつかないことだ。陰性の場合も同様に、真陰性と偽陰性の区別がつかない。どんな検査にもこの限界はつきまとう。

 例えば、仮に100人に検査を行ったとき、①16人、②4人、③8人、④72人に分類されるとしよう。この場合、「感染あり」は20人(①+②=16+4)、一方、「感染なし」は80人(③+④=8+72)である。全体の100人に対する「感染あり」の割合を有病率と呼ぶが、この場合20%(=20÷100)ということになる。しかし、②や③のようなエラーを含むため、検査の結果から有病率を知ることはできない。上記のように4つの可能性を数値で求めるためには、予想される有病率を事前に仮定する必要がある。

 このように、検査では病気の「有無」は分からず、あくまでも病気の「有無の可能性」が分かるだけだ。陽性の24人(①と③の合計)のうち、真陽性の16人の割合は、67%(=16÷24)となる。すなわち、陽性の場合、100%感染ありではなく、あくまでも感染の可能性は67%である。これを陽性適中率と呼ぶ。同様に、陰性の76人(②と④の合計)のうち真陰性72人の割合95%(=72÷76)を陰性適中率という。従って、検査を受ける人の観点からは、陽性適中率、あるいは陰性適中率がどれくらいあるのかが大切となる。

 一方、検査の正確さという点では、「感染あり」の20人(①と②の合計)のうち真陽性16人を検出できる割合80%(=16÷20)と、「感染なし」の80人(③と④の合計)のうち真陰性72人を検出できる割合90%(=72÷80)の二つが重要である。これらはそれぞれ、感度(または真陽性率)、特異度(または真陰性率)と呼ばれ、検査の正確さを示す指標となる。

残念ながら、感度100%、特異度100%の完全な検査が存在せず、通常の臨床検査では感度60~90%、特異度80~95%程度である。


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 それでは、新型コロナウイルス検査の場合を考えてみよう。新型のウイルスのため、検査の正確さを示す感度と特異度の信頼できるデータはまだ報告されていない。用いられるPCR検査は、検体から得られた遺伝子を増幅し、遺伝子レベルでウイルスを特定する方法である。そのため、一般には、感度も特異度もかなり100%に近い値になるのではないかと考えられる。しかし、新型ウイルスの遺伝子の安定性や検査技術の精度管理に不確実性があるため、ここではリスク分析上の通例としてやや低めに見積もり、感度95%、特異度99.9%と仮定してみよう。のどの粘膜から採取された検体が、部位によっては的確にウイルスを捉えない場合もあり得るので、感度が特異度よりも低くなる可能性があると想定する。

 以上のような仮定の下で、症状のある一人にPCR検査を行えば、想定される有病率が1%とかなり低い場合でも、陽性適中率91%、陰性適中率99.95%と算出される。このような90%を越える高い推定値が得られるならば、判定結果の陽性をそのまま「感染あり」、陰性の判定を「感染なし」と断定しても臨床的には妥当である。


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 しかし、クルーズ船ダイアモンド・プリンセスのように、対象集団が3千人以上のような場合は、偽陰性や偽陽性となる人の絶対数が問題となってくる。2月10日の時点で、検査を行ったのべ439人のうち135人が陽性であった。この事実から、名目の有病率は31%(=135÷439)であると算定される。クルーズ船の乗員・乗客の本当の有病率は未知であるため、検査を評価するのに必要な有病率を同レベルの30%としてみよう。全乗客・乗員数3711人から439人は除いて、全員検査の対象は3272人を想定する。

 そこで、この3272人全員にPCR検査を実施すれば、①真陽性933人、②偽陰性49人、③2人(正確には2.29)人、④真陰性2288人になると算定される。すなわち、陽性適中率は99.8%、陰性適中率も97.9%と推計され良好である。しかし、検査対象人数が多いために起こり得る偽陽性や偽陰性の絶対数は、必ずしも無視できないレベルになってしまうのだ。仮に、船内の有病率がさらに悪くて50%(2人ひとりが感染)であれば、推計される偽陽性はほぼ同じの2人(正確には1.64人)であるが、偽陰性は82人となり、もっと悪い結果となる。

 つまり、全員検査を行えば、2人に濡れ衣を着せ、49人から82人ほどの感染者を見落とすことになるのである。誰がそのようなエラーに該当するのは分からない。濡れ衣を着せられた人は、本当は感染していないのに検査陽性を告げられ、結局、感染者扱いされるという困った結果を招く。実際、無症状で陽性が出た場合、検査判定の時点では無症候性感染者(症状が出る前の潜伏期か、あるいは感染しても発症しない人)なのか、あるいは偽陽性なのかは区別できない。したがって、メディアの多くが報じているように、陽性の出た人を、そのまま無症候性感染者と決めつけることはできない。

 一方、本当は感染しているのに見落とされる人が50人やそれ以上のレベルで発生すれば、これも公衆衛生上は困ったことになる。各人の生活圏内にウイルスの拡散を許す結果になりかねないので、陰性結果を得て無事に帰宅できた人にも、注意深い経過観察をお願いしなければならないし、衛生当局も何らかのモニターを続けなければならないことになる。


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 以上のような問題をできるだけ避けるためには、本来、集団スクリーニングは、対象をハイリスク集団に絞って行うべきものである。この原則に従えば、水際作戦としての感染防御の観点からは、全員検査を急いでやるべきではないとの結論になる。その意味で、これまでの厚労省が取ってきた方法は間違っていないと言えよう。 

 かつて80年代の中ごろ、米国でエイズウイルス感染への社会不安が起こった際に、集団スクリーニングが必要かどうか議論になったことがある。米国の公衆衛生当局は、結局、偽陽性者への社会的差別に対する懸念に配慮して、集団スクリーニングを行わない決定を行った。

 そのような公衆衛生上の集団スクリーニング検査をめぐる歴史的教訓が、今回のクルーズ船の検疫問題のメディア報道には、全く活かされていないように見える。医師や公衆衛生の専門家と呼ばれる人からも、全員検査を行うべきとの意見が聞かれるのは、まさに驚きである。米国で、医学検査を確率論的に分析する臨床疫学上の手法が学問的に確立されたのは、80年代であった。その臨床疫学の知見が、30年たっても我が国では十分に実践応用されていないようだ。もし、乗客・乗員の健康上の必要性や倫理面に配慮し、早めの下船を目的として全員検査を政治的決定として行うとしても、偽陰性や偽陽性をめぐる説明と対策を同時に行う必要があろう。


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 また、クルーズ船の乗客だけでなく、中国からの帰国者に「非感染証明」を求めるケースが起こっているとの報道がある。無症状の中国からの帰国者が全国で多数、そのような「非感染証明」を求める場合、集団スクリーニングに共通する問題が起こり得る。先の試算では、1000人あたりおよそ1人の偽陽性がでる。従って、「非感染証明」を行うために、例えば全国で10万人が検査対象となれば、約100人の偽陽性を生じる可能性がある。この人たちは、非感染証明を得るどころか、逆に「感染者」のレッテルを貼られて、無用な差別や偏見にさらされることになりかねない。非感染の証明は、もとよりPCR検査だけではできないのである。よって、衛生当局やメディアは、もっと偽陽性や偽陰性の問題を丁寧にわかりやすく国民に知らせるべきである。


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 一方、PCR検査よりももっと手軽で迅速に行える外来での簡易検査の開発を急ぐべきとの意見もある。確かに簡易検査が普及すれば、臨床の現場での新型コロナウイルス感染症の診断効率は劇的に改善する。しかし一方で、簡易検査では、PCR検査に比べて診断の正確さが低下することを覚悟しなければならない。ちなみに、インフルエンザの簡易検査では、特異度は98%ほどで良好だが、感度は60%ほどに過ぎないとの報告がある。

 仮に開発される新型コロナウイルス簡易検査の診断性能がインフルエンザのそれと同じだとして試算すれば、事前有病率50%の場合、陽性適中率は96.8%と推定される。しかし、陰性適中率は71%とよくない。これは臨床的には問題が残る数値である。

 簡易検査を集団スクリーニングで用いるとなれば更に問題となる。例えば、先ほどのクルーズ船の場合、全員の3,272人に対し、この簡易検査を行うと仮想して同様な試算を行ってみよう。その結果は、事前有病率30%の下では、陽性適中率92.8%であるが、陰性適中率は85.1%とやや悪くなる。さらに絶対数では、偽陽性46人、偽陰性393人となる。このように大量の濡れ衣や見落としが起こるようでは、およそ簡易検査を集団スクリーニングに用いることは不適切だという結論となる。


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 以上のように、公衆衛生上の政策や戦略決定には、検査や治療法などの医療技術を科学的・客観的なデータに基づいて分析・評価し、しかもその論拠を明確にすることが必要である。PCR検査の例でもわかるように、判定結果の正しい解釈がその第一歩となる。そして、そのような科学的知見に基づいて、さらに社会的、倫理的、法的、あるいは経済的、政治的視点などの学際的な視点を総合して、最終的な政策決定を行っていかなければならない。

 新型コロナウイルス感染症の脅威は、まだこれからどうなるのか不確実性が大きいと言える。水際作戦だけでは、既述のように完全に防御できないことは理論的にも明らかである。従ってこれからは、地域の中での防御、特に病院、学校、高齢者施設といった免疫力の低いハイリスクの人々にもっと注意を払い、地域での集団感染の予防に主眼を移した対策が望まれる。

 そのためには、学際的な専門家チームによる一層の情報収集と論理的な分析・評価が必要となる。しかしわが国では、平時からそのような医療の緊急対応に備える米国のCDCのような高度な専門機関やチームが設置されていない。厚労省は、今回のことを教訓に、米国CDCの機能を凝縮し、感染症専門家だけでなく、最新の臨床疫学や技術評価、リスクコミュニケーションに精通した専門家も含む特別チームを平時から配置しておくことを検討してみてはどうだろうか。緊急時には、そうした特別チームから国民に向けて直接に、明確な論拠とわかりやすいリスク情報の発信がなされれば、国民の側の非合理なリスク認識やパニック的な社会的対応も減少するに違いない。

 

 

 

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