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【連載】めろん。39

公開日: : 最終更新日:2020/01/14 めろん。, ショート連載, 著作 , ,

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・破天荒 32歳 フリーライター⑧

 スマホのスピーカーから聞こえてくるのは不在アナウンスの女の声。

 何度かけても同じアナウンスが飽きもせず同じ文句を繰り返しているだけだった。

「ダメだ、ほんっと肝心な時に……」

 電話した相手は広志だ。

 興奮したギロチンをなんとか窘め、今日のところは解散した。

 ようやくひとりになったところでたった今入手したばかりの情報を耳に入れようとしたがこの通り繋がらない。

 苛立ちを抱えながらもアナウンスの女に悪態もつけず、スマホをしまった。

 ギロチンは広島にあるという『めろん村』に行く気満々だったが、私は安易にそれに乗っかる気になれなかった。

 危険そうな香りがする……というのは確かにある。だがオカルト関係の取材には多少なりとも危険はつきものだし、今回の件については不確定な要素が多すぎるためむしろ危険度は低いともいえる。

 行ってみたはいいがなにもなかった。が関の山だ。

 だがそれとは違う妙な不安が私にはあった。

 ウェンディゴが伝わったのではないかと言われる山奥の廃村。そこは『めろん村』と呼ばれている。人食いの森――

 あの場では強引なこじつけだと断じたが、本心では強固なつながりを予感していた。根拠がないところに余計不安が倍加する。

 虫の知らせ、とでもいうのか、私には初めての感覚だった。なぜか、この件には深く関わらないほうがいい、と直感が告げている。

 夜の道、バッグに放り込んだばかりのスマホが鳴った。

〈今から広島いってきまーす。帰ったらたっぷり報告するねん☆〉

「……は?」

 メッセージの送信者はギロチンだった。広島に行くつもりだとは言っていたが、今から行くつもりらしい。

「うそ、さっき別れたばっかじゃん!」

 通りすがった通行人が声に驚いて振り返った。構わず電話をするとさっきとは違う女が電話にでれないことを告げる。

〈新幹線なので電話は勘弁~〉

 やけにリアルなトカゲイラストのスタンプと共にメッセージがきた。もう新幹線に乗っているらしい。おそらくギロチンは私と別れたその足で駅に向かったのだ。

 皮肉だが、めろん村に行こうという誘いに乗っていればむしろ今日行こうという思考にはならなかったはずだ。

〈ひとりで行くのは危ないって!〉

〈あれ、心配してくれてんの? もしかして俺までウェンディゴめいたメロン症状になるとか? あははー、ないない。俺だってプロなんだから引き際はわきまえているって〉

 そうじゃない。私の心配はそういうことじゃなく……――

 その先が浮かばない。根拠も所在もない、厭な予感。こんな観念めいた不安をどう言葉にすればわからなかった。

 とにかくやめろ。そこは危ない。

 そう言いたいのにギロチンを納得させられる言葉が浮かばない。

〈じゃあ、また帰ったら連絡するわ〉

 トカゲがウィンクしている。私はスマホを握ったまま立ち尽くしていた。

 普段の道を遠回りしようと思ったのは気まぐれだった。

 ただ、ギロチンの件で靄がかった気持ちを晴らしたかった。電車に頼らずとも、3~40分も歩けば家には着く。自分の中に渦巻く根拠のない不安の正体だったり、めろん村のことだったり、落ち着いて整理したかった。

 そのために冷えた空気が立ち込める夜の道は最適だった。一気に頭が冷える感覚がするからだ。

 東京とはいえ、どこにでも人が溢れているわけではない。夜も更ければあちこちでひと気がなくなる。四六時中賑わっているのは繁華街だけだ。

 ヒールが甲高い足音を立て、住宅街に跳ね返る。偶然だとは思うが、私の視界にある家々は明かりが消えている。それに歩いているのは私だけだった。

 あまりにひと気のない景色の中、ふと頭によぎったのはめろん村だ。

 こんなに近代化しているわけがないし、廃村している可能性が限りなく高い。だが人がいないという点においては酷似しているような気さえした。

 そんなことはどの場所においても、人がいないというだけで同じだ。わかっていながらも、無機質な闇に私の背に怖気が這い上がってくる。

 どうしてもこの理由なき不安感が拭えない。

 めろんとは。ウェンディゴとは。なぜ人を食う。なぜ直らない。公安はなにを隠している? なにを追っているのか。

 考えれば考えるほどにまとまらない。体は冷えるのに頭が冷える気は一向にしなかった。

「……ん」

 苛立ちと諦めが交互に押し寄せてくる中、ふとなにかの声が聞こえてきた。

 振り返り、周りを見回すがそれがどこからしているのか判然としない。

 気のせいか、と立ち去ろうとしたところでやはりそれが聞こえてくる。

 これは……泣き声。それにもうひとつ、声がする。

 耳を澄ませて、音を邪魔しないよう足跡を殺す。集中して聞くと徐々に方角がはっきりとしてきた。

「こっちかな」

 少し歩いてみるとビルとビルに挟まれる形でひっそりとたたずんでいる小さな公園があった。

 声も近づいている。その公園から聞こえているのに間違いはなさそうだった。

「……うええ、帰りたい」

「泣き止んで、ねえ理沙ってば」

 子供の声だった。子供の泣き声と、それを宥める声。その声も子供のものだった。

 公園の入り口までやってくると奥のベンチにふたつの小さな影が見えた。

 どうしてこんな時間に子供が?

 頭によぎったのはネグレクト。つまり児童虐待だ。

 これまで整理してきた思考が一瞬で吹き飛ぶ。事件かもしれないと思った。

「どうしたの?」

 声をかけるとびくん、と影がひとつ跳ねたのが見えた。

「え、あの……家に帰れなくて」

 依然として泣き声は止まないがもうひとつの声はしっかりとした口調だった。

「家に帰れない? なにかあったのかな。よかったらお話聞いてあげようか?」

 ちょっと偉そうかな、と思いつつもそばまで近寄りかがみこんだ。

 公園の小さな灯りでははっきりと顔まで見えないが、どこかの小学校の制服を着ている。

「小学生? どこの学校かな」

 黙り込んでしまった。信用していい大人かどうか見定めているのだろうか。警戒しているということだけは沈黙が告げている。

「お腹空いてない? なにか食べる」

 話のきっかけになればとなにげなく聞いた言葉に反応したのは、ずっと泣き止まなかったほうの子供だった。

「ハンバーグ!」

めろん。40へつづく

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