国会議員の仕事は、国民の意思の一部を表現するという仕事です。

 

ですから、仮に国民の2パーセント以上が竹島を取り戻すためのオプションに戦争を排除するべきではないと思っているなら、国会議員の1人が戦争を許容する発言をするのはむしろ当然で、その国会議員は真っ当に仕事をしたというだけに過ぎません。

 

なぜ2%なのかと申しますと、現在の日本の選挙制度は2%の賛同者がいなければ当選できない仕組みになっているからです。

政党要件としても2%の得票が政党として認められる基準ですし、仮に98%以上の不支持を得ている人が偶然的要素で当選したとしても、持続的に当選するには、2%以上の賛同者がなければ国会議員としての活動で継続的に訴えることが不可能になります。地方自治の現場でも直接請求は50分の1の署名が必要ですから、少数者の意見として取り上げられるのは、2%の賛同が得られるものということになります。

 

逆の言い方をしますと、2%以下の支持しかない意見を取り上げて騒ぐのは、国会議員の暴走行為ですし、内閣に属する国会議員が国民の過半を納得させることのできない発言をしたなら、内閣として、その国会議員を罷免する必要があり、任命責任者にも責が及ぶのは当然ですが。

 

 

さて、これらを踏まえて、丸山穂高議員の発言はどうでしょうか?

 

竹島を取り戻すために戦争という選択肢を排除するべきではないという意見であるなら、国民の2%以上は思っているでしょう。

その意味では、この発言は日本人全体として許容するべきであると考えることもできるかと思います。この考えで言うなら、この程度の発言は議員が自由にするべきだと言えます。

 

ただし、「戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」というのはグレーの領域に入りますし、「戦争で取り返すしかない」なら完全に暴走行為で議員として不適切なブラック(といって、ただちに辞任するべきかは別問題で、その発言により国内や諸外国にどのような不利益があったかという検証作業の上での判断になります。)であると断じることができます。

 

なぜなら国会議員には正確に情報を発信するべきという期待を背負ってもいるからです。

この表現ではなく「竹島を取り返すために戦争という選択肢も検討されるべきだ」というのなら、何ら問題はないでしょう。

国民の2パーセント以上が間違いなくそう思っているでしょうから。

 

しかし、「戦争で取り返すしかない」というのは、一種の思考停止状態を示す言葉です。

日本の国民感情を抜きにして「竹島を10兆円で買い戻す」というような妥協案もあり得ますし、

逆に武力を用いないが韓国が困る形にして取り返すという手段だってありえるでしょう。

 

例えば、日本人が一致団結したうえで、まず、竹島観光促進法を制定します。
竹島観光促進法は、日本政府が竹島観光を希望する日本人および希望する外国人のうち日本政府が許可したものに、無償で竹島近海まで送迎する仕組みと上陸に必要なゴムボートを無償で貸し出す仕組みを含めます。そして、この法により希望する日本人が順次、竹島に上陸していくとします。

 

最初のうちは韓国政府は不法入国者で捕まえるでしょうが、1000万人くらい上陸したら、さすがに韓国も対応できなくなるでしょう。(無論、拘束されている際の、ハンストも必須です。)

 

他には、竹島にできる限り近い場所に竹島展望所を作り、そこにタンカー(全長1500フィート)で300台つなげて、道を作り観光名所にしてしまうというようなとても奇抜な方法をとるのもいいでしょうし、単純に韓国への出国禁止、入国禁止の法令をつくるという手段だってあり得ます。(竹島展望所も巨大なタンカーにつくって、海上を航行できる状態でつくるのです。)

 

そういう検討をすることなく、「戦争で取り返すしかない」というのは、国会議員が正確に情報を発信することなく国民に「戦争で取り返すしかない」と思わせるように仕向ける扇動をしているということになりますから、これは国会議員としては許されない言動とも言えます。国会議員は他の可能性をすべて検討し、否定したうえで断言をするという慎重さを以って発言なされなければ、民主主義を損ないかねないでしょう。

 

今回の発言は、疑問形でしたし、「竹島を取り返すために戦争という選択肢も検討されるべきだ」という説明をするための勇み足という部分が強いものですから、問題にするべきものではありませんが、国会議員が500人いるから0.2%程度の国民が信じていて99%の人から否定されている事実ではないことまでもが、自由に表現できると思って発言を当たり前のように繰り返すようになるという世界も御免だと個人的には思います。

 

0.2%が支持するなら、その意見も尊重するべきだとの意見もありえますが、議員の影響力が考慮されて一定の束縛を受けるのは止むを得ない話で、議員以外の人物が束縛を受けるものではありませんから、草の根で2%以上の人に理解をひろげてから議員に取り上げてもらうという選択肢を排除するものでもありません。

 

0.2%の支持の意見でも議員が取り上げて良いという旨で、選挙制度などを改正することも可能でしょうが、そうなると中国に九州を、ロシアに北海道を割譲しろなどという意見を国会議員が述べても何らペナルティを受けないということになりかねませんから、現在の2%程度の支持を得られる意見で、虚偽が含まれていないものであれば、議員は自由に発言して良いというのが、本日の表題への回答となります。