ブラックホール撮影成功がすごいわけ



4月10日に「ブラックホールの撮影成功」が発表されたことについて、なぜ大騒ぎするのか説明してほしいという要望を受けていましたので、お答えしておきます。

ブラックホールとは、アインシュタインの一般相対性理論でその存在が予言されている天体です。非常に重力が強く、その天体からは光さえ出てくることができないので、Black Hole(黒い穴)と呼ばれています。宇宙で一番速く進むものが光です。その光さえ出てくることができないということは、要はブラックホールからは何も出てこられません。ブラックホールは決して観測することはできないわけです。

つまり、今回の「撮影成功」ということのすごい点は、「決して見えないものを見た」ということです。矛盾しているように聞こえますが、厳密にいうと直接見たわけではないので、矛盾はしていません。「決して見えないものを、間接的に見た」ということです。

宇宙空間は真っ暗であり、ブラックホールからは光も出ないわけですから、決して直接ブラックホールを見ることはできません。ぼくら凡人ならば「見えないんだから仕方がない」と諦めてしまいますが、「それならば間接的に見てやろう」という心意気とテクニックがすごかったというわけです。

ブラックホールに近づいていっても、近づき過ぎなければ、まだ光が抜け出すことはできます。その光が抜け出せるギリギリの境界線のことを「事象の地平線」と呼んでいます。今回は、この事象の地平線付近を撮影したというわけです。それが写真で光っている部分です。そして、それより内側の黒い部分がブラックホールだということになります。

ブラックホールの重力に物質が引き寄せられると、その周囲を回りながら落ちていくようになります。洗面台に水をためて栓を抜いくと、渦を巻きながら排水口に流れ込んでいく様子と似ています。ブラックホールの重力は極めて強いので、グルグル回っていく物質の速度は光速に近いものすごいスピードになります。そうすると、物質同士がぶつかった時の摩擦で極めて高温になり、プラズマが発生することが予想できました。そのプラズマを撮影してやろうぜと考えたのです。

現在、ほとんどの銀河の中心には巨大ブラックホールが存在することが分かっています。今回撮影したのは、おとめ座にある楕円銀河「M87」の中心にある巨大ブラックホールです。太陽の質量の約65倍といわれていますが、地球からM87までの距離は約5500万光年離れていますから、見かけ上はかなり小さくなります。月面に置いたゴルフボールを地上から見たときの大きさに相当します。これだけ小さいものを見ることは至難の業です。

遠くの星を見るためには電波望遠鏡というものを使います。普通の望遠鏡は光学望遠鏡といって、可視光線(目で見える光)を観測します。可視光線も電磁波の一種ですが、波長の範囲は限られます。電波望遠鏡では、光学望遠鏡では観測できない波長の電磁波を広く観測することができます。

例えば、低温の水素雲は、光学望遠鏡では見ることができません。低温の水素雲は光を出さず、外から来る光も反射しないためでです。しかし低温の水素雲は波長が21cmの電磁波を放つため、電波望遠鏡では検知できるわけです。しばしば「この星の成分は水素とメタンと・・・」などといわれるのは、電磁波の波長からその星がどんな物質で構成されているか分かるためです。

そうやって検知した電波を映像に変換して、ぼくらが見ることができる画像にしています。つまり、電波望遠鏡で撮ったといわれる写真は、人間が肉眼で見る映像とは異なるのです。悪い言い方をすれば、人間が見やすいように、勝手に色を付けているということです。そもそも色という概念そのものが、可視光線でしか通用しないものです。仮に、今回撮影された巨大ブラックホールの近くに行っても、あの写真のように見えるというわけではありません。

ともかく、今回の撮影成功のもう一つのすごい点は、非常に遠くにある、見かけ上はかなり小さいものを検知できたということです。電波望遠鏡の精度はパラボラアンテナの大きさで決まります。アンテナが大きいほど、遠くの電磁波を受信できます。しかし、M87くらいまで遠いところを正確に見るとなると、アンテナの直径を大きくするにも限界があります。そこで今回、世界中の電波望遠鏡をリンクさせて、地球サイズの巨大な仮想望遠鏡をつくり上げて受信したのです。

と簡単に書いてしまっていますが、この規模で撮影することは並大抵なことではありません。まず、世界各地に点在する電波望遠鏡で、同時に電磁波を受信しないといけません。そうでないと、後でデータを合成して画像を作る際に、違った時間のデータを合わせてしまいかねません。ですから、正確な時計が必要になります。今回特別に開発された原子時計は、1億年で1秒もずれない高精度のものでした。

その他にも、アンテナ上空に雲がかかっているか否かで、電磁波の進む速度がわずかに異なりますから、その補正も必要です。アンテナがある各地点の水蒸気量を計測して、電磁波の到達時間の違いを計算しました。

また、一口に「電磁波を受信する」といっても、宇宙からはさまざまな電磁波が飛んできます。その中から、目指す天体から来た電磁波だけを切り分ける作業も大変です。

他にも数々の困難があります。そういう経緯を経て、観測から2年かけて、あの写真ができ上がったわけです。だから、世界中の科学者は大騒ぎしているわけです。いまだ紛争が絶えないこの地球上で、世界中の人たちが協力して一つのことを成し遂げたということは、新しい希望の時代を象徴していると思いたいですね。

でも、一般庶民にとっては、確かに「だから何?」という話でもあります。かなりマニアックな、しかし大規模な、オタクのお祭りといえるかもしれませんね。


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